12 出撃
また夜が近づいていた。日は見えなくとも暮れ切らぬ昼の、薄暗くも完全な夜ではない空。地上は暗いのに空の鈍い縹色は明るくさえ見える。
真っ暗闇よりも変に落ち着かない空の色だ。
セオは窓の外から視線を室内に戻した。
「地下研究所?」
初めて聞いた名前だ、という演技をセオはした。
それがカストに通じたかは分からないが誰もセオの様子を疑った様子はない。
もう何十年も前に打ち捨てられたようなこの廃屋には、久方ぶりにたくさんのゲストが訪れている。カストにルジェラだけでなく、ダッタとゴイツも呼び出されたのだ。
依然としてカストの仲間ベバハルとの連絡はついていない。それどころか、数日前の爆破事件を起こした犯人は捕まった時との噂もある。ゆえに、ベバハルを探そうと若者たちは集まった。
「ベバハルがたぶんいる、テロそしきは、地下をねらってる」
ラフタハの公用語アドス語しか分からないカスト以外は、時々仲間内で何か言う以外黙りこんでいる。セオとロジーと話すのは、トペレンサ語が話せるカストだけだ。
カストは情報を収集し処理する能力に長けていた。最近ラーマーティで活動しているテログループには政府に対する不満があり、そのうちの主な目的となっているのが“地下研究所”だという。
「地下けんきゅうじょ、って言われてるけど、けんきゅうのためのばしょ、だけじゃない」
カストは何度も自分の端末の翻訳機能を使って複雑な言葉を説明した。
いわく、地下研究所とはただ学問のための研究施設だけではないという事だ。セオたちの狙いである新型兵器などの技術開発の場であるのは間違いない。加えて、政治的に重要とされる資料が保存され、有事には政治家たちのシェルターになる場所でもある。
「学者のためじゃなく、せいじかのための場所でもあるんだ」
まるで、戦争で地上が焼きつくされても構わないかのように、地下に様々な蓄えをしているという。
「ろうやにもなってる、っていうはなしも、ある」
政治犯や反政府組織の留置や拷問を行う場にもなっているらしいとカストは言う。地上にあっては都合の悪いものを隠す場所でもあるかもしれない。
「ベバハルは、その地下研究所の牢屋にいるかもしれないってワケか」
何故カストが地下研究所の話をはじめたのか、ロジーにも理解出来た。彼女は今では食事も済み、いくらか血色がよくなった。
カストが少し俯いたので、ロジーの推測が本当になってほしくないと彼が願っているのがよく分かる。
「考えたくもないがな」
それでセオは取り繕うような事を言った。だが、この場合ベバハルが地下に居た方が都合がいいのだろうかとセオは悩む。
予想外の事がたくさんあり、セオたちは本来の目的に近づけないでいたが、彼らの任務は“ラーマーティの地下研究所にある新型兵器の図面を持ち帰る事”だ。
ベバハルを助けるためと言って地下研究所に潜入した方が話が早い気もする。その方がカストたちも協力したい気持ちが高まるだろう。
「とにかく、地下は、かぎになってると思う」
ハーマン人より大きな口をぱかりと開けて、カストは言い切った。
「ふむ……」
考え込む素振りをして、セオは自分の頭の中にあるシナリオを確認する。
一度ロジーを眺めて反応を待つが、彼女はセオの視線に気づいても一瞥をするだけ。さすがに、長い会話は声に出さないと出来はしない。それでセオは彼女には話さないでカストに向き直る。
「いっそ、潜入するか。その地下に」
セオがあっさり言い放った言葉に、ロジーは目を剥いた。
ベバハルの件があるとはいえ、突然他所の土地の者が国の中枢に入り込もうとするなどと、普通では考えられないほど大胆な行為だ。怪しまれるに決まっているとロジーは思った。
「地下にはふつうの人はいけない。政治家とか、国のじゅうようじんぶつ、だけ」
だが、さほど驚いた様子もなくカストは応じる。彼も地下に潜る案を考えた事があるのだろう。あるいはセオとロジーを未だにスパイだと思い込んでいるからだろうか。スパイならそれくらいの大胆な事はやってのけると信じているのかもしれない。
「でも何か方法はあるはずだ」
とにかくセオは、このまま話を進めるつもりだ。
カストは真っ黒な瞳をすがめた。自分の仲間たちの事を窺うように視線を揺らす。
「……じつは、ケーセスのたいしかんに地下のでいりぐちがあって、そこが一番はいりやすい」
その話はセオとロジーも知っている。簡単には入れるはずがないと後回しにしていた場所だ。
「ちょうど、今度たいしかんでパーティやるんだ。いつもより、人がいっぱいになるから、まぎれこめるかも」
普段の政府関係施設など、わずかな数の人の出入りしかないだろう。催し物があって人の出入りが増えるのなら、侵入が成功する確率は上がる。
「それは願ってもない事だが、そういった場での催し物は警備の目もあるし、招待状だって必要になるんじゃないのか?」
いくらカストやダッタの協力があっても、大使館入口で不審がられては入れてもらえなくなる。
セオの言葉に、カストはすぐに返事をしない。居心地が悪そうにもぞもぞすると、首を動かして仲間の一人を振り向いた。その仲間は、感情の窺えないような硬い顔つきをしている。カストは頭を正面に戻す。
「……たぶん、いける。ルジェラ、ケーセスたいしの娘、だし」
また居心地悪そうになるカスト。
「え」
セオとロジーの視線を集めたルジェラは、鬱陶しそうに顔を背け、手にしたジュースをストローですすった。
「ルジェラの生まれはレヴドだよ」
そのハーマン人の若い娘は、化粧の濃い、わざと破れた服を着るファッションをして、反抗的な目付きをしている。
「ね、ルジェラ」
カストが努めて明るい声を出していたのが、セオにも分かった。ルジェラは自分の家が好きではないらしいとカストの態度から察する。
「アタシの友達とか言えば、なんとか入れるかもね」
他所を向いたまま、ルジェラははっきりとしたトペレンサ語を話した。
「お前……トペレンサ語使えるのかよ」
ルジェラに着替えを借りて同じ部屋に居た時も、ロジーはルジェラがトペレンサ語を話さないので、アドス語しか使えないのだと信じきっていた。
あの時は大して話す事もなかったからよかったが、今のような話し合いの場であればトペレンサ語の使えるルジェラも参加すべきではないのか。
ロジーの言葉に、ルジェラは余計に顔を逸らしてしまう。まるでロジーとは話す事など何もないと思っているかのように素っ気ない。
「てか、大使の娘って、けっこうなお嬢サマじゃねーかよ。大使の娘がこんなとこでなにやってんだ」
高い地位と高い富に守り育てられた娘であればもっと穏やかな性格や服装をしていそうだが、実際は穴の開いたシャツと短いパンツ姿のお嬢様だ。
「アンタには関係ないでしょ」
口答えだって手慣れたもの。町の不良と交流がある時点でルジェラの性格が“おしとやか”じゃないのは分かっているが、ロジーは顔をひきつらせる。
「こいつ……まだあたしの恐ろしさが分かってねえようだな……」
苛立ったロジーはカストたちと一番はじめに会った時にした、威嚇の表情になる。
「あほかやめろ。子供みたいに……」
指の骨を鳴らしそうになったロジーを、セオが肩をつかんで制止した。
「……とにかく、そのパーティは潜入には好都合だな」
セオが話を元に戻すと、ロジーは自分をつかむ腕を振り払う。セオは沸点の低い相棒の横顔を盗み見る。まだ納得のいかない顔だが、ロジーの苛立ちはおさまっているのが見てとれた。
苦笑したようにカストが小さな息を吐く。最後にもう一度だけルジェラに視線をくれ、彼女が何の反論もしないのでカストは決定した。
「じゃあ、決まりだね。ケーセスたいしかんのパーティに、もぐりこもう」
大使館でのパーティは二日後だ。それまでにありとあらゆる支度をしなければならない。
「……だからって、めかしこむ必要あんのかあ?」
ロジーは心底不機嫌そうな顔だ。下手をするとカツアゲをするチンピラの顔に近い。
ラーマーティのケーセス大使館で開かれるパーティは当然政治的なものだ。関係者の大半は政治家かそれに類する者。そうでなければ実業家や経済界で力を持つ者。とにかく、国を動かすような立場にある者ばかり。パーティ会場は招待客の仕事場になるのだ。
ビジネスの場であれば服装はきちんとしたものでなければならない。加えて名目上は華やかなパーティだ。大使館に飛び込む者は誰であれ、盛装をしなければならない。
「えーっと、ドレスコード、があるんですよ、おじょうさん」
カストは端末でトペレンサ語で正しい表現を探し、仕方がないとでもいうように笑った。
セオとロジーは二人だけでも話し合いをし、パーティに参加する事を決めた。ハーマン人の招待客も多いため、少し変装をすれば手配中のセオたちでも入場は可能だと判断された。手配は未だにセオたちの人相がはっきりと表示されるほどのものではないという事実も、彼らの味方をした。
ロジーが問題にしたのは普段の服装では行けない、というところだ。
「ちっ、めんどくせえ……」
彼女にしてみれば、ルジェラが選んだ今の服だって充分おしゃれ着だ。ひらひらした裾のトップスなんて普段のロジーは着ない。
「だいじょうぶ、ぜんぶルジェラが、やってくれるから」
カストはどこか楽しそうだ。
「おめかしは、セオもね」
他人事のようにロジーの文句に呆れていたセオは名指しされて顔を上げる。
カスト自身は事情があってパーティには行けない――父親に知れると面倒だからでもあるが、バックアップにまわる必要がある――ため気楽そうだ。あるいはパーティ潜入する事になっても気負わないのだろうか。
とにもかくにも、彼らは全員仕事の準備に取りかかった。
慌ただしくするうちに、パーティ当日が訪れた。相も変わらず、ベバハルは音信不で目撃情報もない。
セオたちはカストの進めで隠れ家を一度変えた。ダッタの名義で安アパートを借り、一時的な作戦本部にした。廃屋で雑魚寝にも文句はないセオだったが、より快適な新たな住みかでしばらく暮らした。
その安アパートで、彼らは最終確認をした。
ルジェラが何度も出入りした事のある大使館の内部構造を説明し、セオとロジーがその奥にまで入り込む事になっている。
セオたちは出来る限り地下入口に近づき、最終的には地下研究所まで潜り込むつもりだ。もし上手く地下まで行けなくとも、その入口くらいは見つけないといけない。
ルジェラが事前に着替えや必要な荷物を用意して隠しておく事になっている。盛装のままでは地下での潜入捜査が出来ないからだ。潜入中は端末で外部に居るカストたちと連絡を取り合う予定だ。
カストたちの協力がなければパーティに潜入など出来なかった。いろいろと思うところはあれど、セオはこれでよかったのだと思う事にした。何よりも優先すべきは自分の任務――そして仲間の命だ。
時刻は夕方。
着替え終わったセオはアパートの外にいる。まだ日が沈みきっていない空の下で、ダッタと共にロジーたちの到着を待っているのだ。
セオの盛装は黒いタキシードだ。白いウィングカラーシャツ以外は蝶ネクタイまで黒で揃えた。やや上背がありすぎるが、小綺麗にした精悍な顔つきの男は礼服もよく似合っている。紳士的で育ちがよさそうに見え、今やセン=テ=ラング=セオが粗野な軍人には思えない。
ちなみにダッタもセオと同じ黒いタキシードだが、上着の下に濃い灰のベストを着、藍色の蝶ネクタイをしている。彼も普段のだらしない服装とは異なるため見違える。
そんなダッタは待ちきれなくなったのか、アドス語で何かつぶやいてセオの前から姿を消した。一服か用を足しに行ったのだろう。
セオが一人になってしばらくして、ルジェラがアパートから出てくる。
「お待たせー」
セオを見るなりすっかりトペレンサ語を使うようになったルジェラ。どうやら彼女はトペレンサ語を話せるからといって面倒な事に巻き込まれたくなかったらしい。すべてカストに任せて自分は傍観者に徹するつもりだったとか。
ハーマン人のルジェラは淡いピンクのドレスを着ている。レースがふんだんに使われたデザインで、裾の隙間から覗く靴は白い。どこか繊細そうで愛らしく、若い娘によく合うドレスだ。
「あれ? ダッタは?」
「さあ……すぐ戻ると思うが」
話すうちに、ルジェラはセオをじろじろ眺めはじめる。
不思議な事に、きっちりとした上着や襟のある服を着る男というのは色気を増すように出来ているらしく、セオはルジェラの目に魅力的に映った。ルジェラはうっそりと目を細める。
「セオって、けっこうイケてるのね。タキシード似合うじゃない」
ルジェラはどんどんとセオとの距離を縮める。彼女の口紅でつやめいた唇が弧を描く。まるで何かを待っているような目付きのルジェラに、セオは思いついた。
「……そのドレス、よく似合ってる」
「ありがと」
セオの予想は外れていたが、それでもルジェラはにっこりと笑った。
女性が着飾ったら普段との違いを褒める事。それは男女感の関係性を友好的に保つには必要な決まり事だ。たとえ相手が友人だったとしても、似合うくらいの事は言ってもよい。
「荷物、持つよ」
よく見るとルジェラが大きな鞄を持っていたのでセオは声をかける。潜入作戦に使う道具だろうとセオは思ったのだ。
「セオやっさし~~い! ありがと。ダッタとは大違い!」
するとルジェラは感激したかのように高い声を出した。彼女は荷物を渡してセオにくっつく。
「これくらい普通だろう」
「でも、ダッタなんてほんと優しくないんだからね~」
感動のあまり抱きつく、なんて事は友人同士ならあり得るだろうがセオとルジェラは正しく友人同士ではない。それなのにルジェラはセオにぴったりと寄り添っている。
セオが距離感の近さに怪訝に思いながらルジェラを眺めていると、彼女は何かを見つけたように動きを止める。
「あ」
ルジェラの思わずあげた声につられ、セオも彼女の視線を追う。その先にあったものに、セオは目を奪われて動けなくなる。
「ロジー」
その姿を目にした途端、セオは思考出来なくなった。




