一年の計
「こんな特殊公務員なんて仕事に就いた時点で、人並みの盆や正月なんて迎えられる訳がないんだよ」
悟ったように、しかしやや投げやりに、その青年は言い放つ。
「その割には正月を満喫しとるやないか」
皮肉げに、その隣に座った男が告げた。
「いいじゃないか、せめて食事ぐらい季節に合わせても。君は幾つ食べる?」
「いやその何に使ぅたか判別できへん竈で焼いた餅とか遠慮しとくわ」
気を利かせて尋ねてきた漆田を、一息で西園寺は拒絶する。
火が通ればそれでいいのに、と不満そうに漆田がぼやいた。
とりあえず西園寺は、無害なことが確かである持ち込みの冷酒と、本部の食堂から配られた小さなお重の中身だけを摘んでいる。
「君は即物的に見えて、意外と繊細だよね」
「いやそこは越えたらあかん一線やと思うんやけど」
真面目に返すと、青年はけらけらと笑い声を上げた。珍しく酔っているらしい。
やがて餅が膨らみだし、漆田はいそいそと小皿を用意し始める。
「砂糖醤油よーし。海苔よーし。きな粉よーし」
「満喫しとんなぁ……」
呆れたような、感心したような声で言う西園寺をよそに、ぷくりと膨れた餅に箸を伸ばす。
その瞬間。
「ああっ!?」
にょろりと延びた餅の端が、不自然な動きで箸を絡め取った。
「何やそれ!?」
漆田にかけた言葉は、半分以上はからかいであった。が、実際に目の前で起きた事態に、既に酒が入った頭が働かない。
「ま……、まさか、ジョセフィーヌ? ジョセフィーヌなのか!?」
「……いや何やそれ」
誰だ、と訊かないのは、既に人ではないと判断してしまっているせいである。
「あ、うん、小型化の実験で飼育してたクラーケンの名前なんだよ」
うぞうぞと蠢く餅を箸に巻きつけられながら、さらりと漆田が説明する。
「変な名前つけとんなぁ……。で、そのジョセ何とかが何の関係があるん?」
自分のことは棚に上げ、椅子ごと後ずさりながら更に尋ねる。
「実は飼育に失敗して死なせてしまったから、この竈と網で昨日炙って食べたところなんだけど」
「呪われとんのか!」
渾身の勢いでツッこむ。
箸を絡め取っていた餅は、順調に先端が漆田の指先に迫りつつある。網に乗っていた他の餅も、にょろにょろと柔らかく延び始めた。
「ああっ、ちょっと待って、流石に熱い! 熱いから! あああ、きな粉のお皿を叩かない! 粉塵爆発が起きるでしょ!」
「いや起きへんやろ……」
とりあえずじわじわと研究室の扉近くまで避難して、西園寺は手にした器に残った日本酒を飲み干した。




