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淡路

 はなは、自分がどこから来たのかを言えなかった。

 あっちの方だ、と北東の方角を指差すばかりだ。

「あ。これは、どさくさに紛れて、うちの故郷に行ってまう作戦……?」

 はっとしてゆきが呟く。

「阿呆。そんなん、()うた時点で、バレバレやろ」

「それに、多分、はなちゃんはそこまで悪巧みできないと思うよ」

 だが、即座に国家公務員たちから否定されて、唇を尖らせる。

 ともあれ、一行は車に乗りこんだ。大阪市内の移動は公共機関の利用が便利だが、目的地がはっきりとしない場合は、車で動く方が効率がいい。今朝方、気配を消して潜んでいたゆきたちを追跡し始めた時から西園寺はこれに乗っている。


 はなの先導に従い、中津を過ぎた辺りで淀川を渡る。

 しばらく進むと、辺りはのどかな住宅街に変わった。

 あの喧騒に満ちた高層ビル街から、車で十数分進んだだけとは思えない。

「もうすぐ」

 はなが、助手席の肩に手をかけて、食い入るように前方を見つめている。

「えらい近いな。間違いないん?」

「おわったら帰ってこい、っていわれてた。帰れる」

 重々しく少女は頷いた。

「しかしなー……。そこそこの広さと高さが必要で、騒音と機械の重さがある、って話やったな?」

 西園寺が、眉を寄せながら漆田に話を振る。

「多分ね」

「騒音対策だけでも、住宅地は無理な気がするんやけど」

「工場とかはない?」

 よく擬態される建物だ。

「あるやろうけど、そんなに規模でかないしな。中小のやつや」

「面積がどれくらい要るかは、術師の腕と開発数によるだろうけど……」

「あのね、広くて暗くて、だんだんになってるの!」

 自宅の話をしているのが判るのだろう。得意げに口を挟むはなの言葉に、大人たちは更に首を捻った。



「広くて……」

「暗くて……」

「だんだん……」

 やがて車を降り、はなに先導された男たちは、目の前の建物を呆然と見上げた。

 不自然な取り合わせの彼らを、周囲を通り過ぎる人々が不審そうに見つめていく。

 ここは、淡路駅前の商店街。映画館の前だった。


「一年くらい前に廃業しよったんやって」

 フットワークも軽く、近所の店に聞きこみに行った西園寺が戻ってくる。こういう時に警察手帳は強い。

「広さも高さも防音も問題ない。いつまでも灯りが点いてる、なんて不審がられることもない。電気の使用上限は高い。人が集まる建物だから、そこそこの重さは考えられてる。いやあ、いいところ見つけたもんだね」

 映画館から十数メートル離れて待っていた漆田が、感心したように呟く。

「で、どうする。忍びこむんか?」

「周りに監視システムはつけてるだろうから、私たちが来たのはもう知られてると思っていい。そもそも、はなちゃんがここに来たことは判ってる筈だ。こそこそする必要はないよ」

 漆田は、不敵に笑んで、暗い正面玄関を示した。

「堂々と行こうじゃないか」


 『廃業した映画館』の正面玄関が無施錠な訳はなく、結局彼らは裏に回った。



 従業員出入口の内側は、闇だ。かろうじて、扉の上にある緑色の非常口表示だけがぼんやりと周囲を照らしている。

「ゆき」

「はいな」

 一言のやり取りが終わると、頭上に青白い狐火が揺らめいた。

創造主(メイカー)が、どこにいるか判るかい?」

 穏やかに漆田が問いかける。頷いて、はなは先に立った。


 階段を登って、ロビーを抜ける。廃業して間もないせいか、敷かれたカーペットなどは劣化しているようには見えない。が、そこここにコンテナやダンボールが積まれ、乱雑な印象を受ける。空気もやや、埃っぽい。

「こないなとこ、よぅ住めんなぁ」

 不快そうに、ゆきが呟く。

「自分かて空家に不法侵入やろが。威張れることか」

 最後からついてくる西園寺が憎まれ口を叩いた。


 はなが示したのは、上映室の一つだ。重い扉を押し開き、トンネルのような通路を進む。ぼんやりと明るいのは、間接照明だ。

 そして、客席だった場所を臨む。

 階段状の床がある程度広くなった場所に、直径が一メートルほど、高さが三メートルほどの透明な円柱が立っている。スクリーン前、踊り場、階段を登りきったところの三箇所だ。

 一行が足を踏み入れたのは、踊り場に繋がる入り口だった。正面に、その一つが異様を晒している。

 台座は膝くらいまでの高さの、ややこしそうな機械となっていて、一掴みほどはありそうなチューブが数本、そこから延びて床をのたくっていた。

 客席には、ダンボール箱が積まれていたり、分厚い書籍が積まれていたり、布の塊が積まれていたりする。

「……自分の部屋とええ勝負やな」

「やめてよ」

 研究室が乱雑である自覚はあるのか、漆田は眉を寄せる。

「しかし、どこにおるんや?」

 室内は全体的に暗く、機械の音が低く響いていて、気配が掴みにくい。

 西園寺は辞令を受けていない。漆田の指示がないなら、緊急時以外の犬神の使役は避けたいところだった。

「はなちゃん、判る?」

 その漆田の問いかけに、少女は頷き、ぱっと小走りに足を踏み出した。慣れたようにチューブやコードを飛び越えていく。

「ただいまっ!」

 そして飛びついたのは、椅子に積まれた布の塊である。

「うわ!?」

 一瞬、驚愕の声が上がって、布が身じろぎする。

 もぞもぞと動くと、その中から人の顔が現れた。

「ああ……87番、帰ってきたのか」

 欠伸を噛み殺して立ち上がったのは、年齢不詳の人間だった。ぼさぼさに乱れた髪はどうやら一つに纏めた三つ編みに編まれているらしい。白衣の下は、量販品のシャツに膝丈のキュロットスカート。

 年齢不詳といっても、おそらくは二十代後半から三十代だろうか。だが、その服装が、彼女の存在をとても軽く見せていた。

「……漆田が錬金術師(アルケミスト)の特別なタイプやって訳やなかってんな……」

 少々落胆した口調で、西園寺が呟く。

「私たちは現実主義者(リアリスト)なんだよ」

「それ()うとるんかもしれんけど、絶対(ちゃ)うわ」

 応酬する二人に気づいて、創造主(メイカー)がびくりと身を震わせる。

「だ、誰!?」

「……ここに来たんが知られてるて?」

 更に言葉の端を取り上げる西園寺に肩を竦め、漆田は数歩前に出た。

「私だよ」


「ウルタ……!」

 息を飲んで、創造主(メイカー)は青年を凝視する。

「知り合いやったんか」

「この業界、色々狭くてね」

 呑気に国家公務員たちが言葉を交わす。

 その間に気を取り直したか、創造主(メイカー)は胸を張って腕組みし、侵入者たちを睥睨した。

「ここに何をしに来たの。機械錬金術師(メカフェチ)が」

「仕事だよ。生物錬金術師(バイオフェチ)さん」

「仲悪いんか、自分ら」

 背後で黒衣の男が呟くのを無視し、口を開く。

「ここに来たのは、警視庁捜査零課の調査員としてだ。ここの設備と、成果品とを押収する」


「なんですって……!」

 顔色を変えて、創造主(メイカー)は叫んだ。

「やりすぎだよ。ホムンクルスを作るくらいなら大目に見たけど、それが戦闘集団になるなら、話は別だ。国家を脅かす」

 鋭く、息を吸う。

「それは……、だって、仕方がないじゃない。研究には先立つものが必要だし、スポンサーの意向には応えないと」

「そういうことは、きちんと納税してから言ってくれないか」

「国家の犬が!」

 憎々しげに言い放つ。別方向に被弾した男が不機嫌な顔になった。

「国家の犬、結構。研究費はたっぷり頂けるしね」

 しかし、言われた当人は余裕の表情で返す。

「え、そうなの? 具体的にどれくらい?」

「世知辛いな!」

 興味津々に問い返した女性に、思わずツッこむ。

「私の仕事におとなしく協力して、許可の申請もするなら、補助金も出るよ。研究内容によるけど」

「詳しくお願い」

 漆田は、その色ガラスの嵌った眼鏡の奥で、にっこりと笑った。


「んー……。スポンサー契約を解除するほどのメリットはないわね……」

「私には、機材を建物ごと壊滅させて、君を逮捕収監処分するだけの権限があるんだけどね?」

「ちょっと何よそれ? 迫害なの? 横暴よ!」

「迫害には私たちは慣れてるだろ? 大丈夫、君は応用を効かせられる術師だ」

「逮捕収監処分のどこに応用を効かせられるのよ!」

「だからー。ここにちょっと判子押してくれたら、面倒なことは全部私たちがやっておくからさ。ささっと」

「誰がそんな言葉に乗るのよ……」

「ちなみに、君のスポンサーには近いうちガサ入れが入ることになるからね」

「は? 何でそんな……」

「私の連れが、今どこに行ってると思うんだ? 彼はあれでもプロなんだよ」

「まさか……、あの魔窟から契約書一枚を探し出せる訳がないわ」

「自分で()うてて虚しぃならへんの、それ」

 呆れ顔で、最上段の扉から入ってきた西園寺が言葉を挟む。

「お疲れ様。あった?」

「こないな禍々しい仕様、次郎が一嗅ぎで見つけよったわ」

「ねぇ貴方、非番の時にちょっとアルバイトしない?」

「国家公務員を勧誘せんといてくれる?」


「……百鬼夜行や……」

 遠く客席の片隅で、はなと一緒にそれを眺めていたゆきが、疲れた顔で呟いた。




 結局、創造主(メイカー)は、漆田の要求を全て飲んだ。

 製作したホムンクルスを押収されるのは、データが取れない、と最後まで抵抗していたが。

「そもそもが不法な実験データなんだ。君があくまで手元に残すのなら、こっちもやることをやるよ」

 漆田の最終通告に、渋々折れた形だ。

 はなを始めとした生き残ったホムンクルスは、契約相手を捜査零課に変更されている。



「強行軍やったな……」

 まる二日分の疲れがどっと出た気分で、西園寺はぼやいた。

 ここは新大阪駅の中にある喫茶店。人々でごった返す中、新幹線の出発時刻までの時間を潰している。

「世話になったね、西園寺くん。ありがとう」

 疲れなど微塵も見せずに、漆田はにこやかに声をかける。

「まあ、ワシが持ちこんだ事件(ヤマ)みたいなもんやさかいな……」

 諦めて、男は肩を竦めた。

「……漆田はん」

 しばらくの間静かだったゆきが、口を開く。

「何だい?」

「うちも、一緒に連れてって貰えまへんか?」

「ゆき!?」

 西園寺が驚いて名前を呼ぶ。

 だが、漆田は予期していたのか、動じない。

「どうして?」

「はなと、離れたないんです。うち、人やないし、あんま役に立たへんかもしれんけど、できることはしますさかい」

「正気か、ゆき! 自分、公務員資格取れへんのやぞ? ぶっちゃけ薄給やで! 狐は色ボケしたらどうしょうもないて聞くけど」

「そこなんだ」

 呆れた視線を漆田から向けられる。

「考えてますがな、西園寺はん。公務員やない、ゆうことは、副業もできる、ゆうことやろ。うち、東京でもう一旗上げてきますわ!」

「そうか、いつものゆきやな。安心した」

「もう置いていっちゃおうか、はなちゃん」

 白けた視線を向けつつ、会話を振る。

「ゆき、一緒にいくの?」

 だが、はなの方は、ゆきの申し出に顔を明るくしている。

「仕様がないね。こき使うよ」

 苦笑して、漆田は念を押した。

「……おおきに」

 声が震えるのを隠すように、ゆきは頭を下げた。

「しゃあないな。ゆき、ワシが有益なアドバイスをしたる」

「アドバイス?」

 この男にそんなに親切にされるとは思わず、問い返す。

 西園寺は珍しく真面目な顔で頷いた。

「ええか。東京の飯屋を甘く見るんやないで。適当に入っても、まあハズレがない、なんてこと絶対ないからな。覚悟して行けや」

「嘘ですやろ?」

 目を見開いて、ゆきは問いただす。

「そんな街、大阪くらいなもんなんや……」

 生暖かい目で、諭す。

 ゆきが愕然とした表情で呻いた。

「色々と失礼な言われ方じゃないかなぁ」

 そう抗議する青年は、しかし、実質ほぼ引きこもりの生活なのだったが。


狐よ踊れ:完

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