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不可知犯罪捜査官 西園寺四郎  作者: 水浅葱ゆきねこ
狐よ踊れ

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24/32

堺筋本町

 会議を終えて病院に戻ると、漆田は所在なげにロビーに座っていた。

「西園寺くん、遅い。私は昼食抜きで仕事してたんだからね」

 むくれた顔で見上げられる。

「悪い。で、どうやった」

 拙速に結果を求める男に溜め息をつく。

「君の睨んだ通りだよ。大阪府警の捜査は打ち切りだ。そろそろ上から連絡がきてる頃だね。続きは何か食べながらでもいいだろう?」

 珍しく懇願するような声に、西園寺は苦笑した。




 鉄板の上に、油を撒く。油引きを使うところも多いが、ここはプラスチックの容器から垂らすタイプだ。異物が入らないし、鉄板からの熱が移らないから酸化しづらい。

 コテで大まかに油を広げると、アルミの小ぶりのボウルの中身を手際よく掻き混ぜる。

 微塵切りのキャベツ、ネギ、どろりとしたタネ。卵のオレンジ色をした黄身が破れ、それらに絡められていく。

 ざっくりと混ぜた生地を熱された鉄板の上にぼとりと落とす。その瞬間、じゅわ、と微かな音と香ばしい香りが立ち上った。

 それを適当に二つの円形にまとめると、別皿の豚バラ肉を上面に並べた。

「もうちょい待ちぃ」

 目の前で、感心したような顔をしている漆田に言い渡す。

 とにかく早くできるもの、と、注文して出されたモロキュウをつつきながら、男は頷いた。

 流石に白衣はトランクにしまわれている。

 西園寺が東京からの客人を連れてきたのは、ちょっと気取ったお好み焼き屋だ。個室になっていて、自分で焼くことができるから、密談には向いている。

 まあ、この二人のどちらでも、盗み聞きを防ぐことはできるのだが。

「で?」

 促されて、漆田は箸を置いた。

「結果を言えば、あれは人じゃない。服を脱がしていたら判っただろうけど、臍がなかった。胃の作りも、固形物を消化できない感じだ。見た目よりも筋肉が強くて、並の刃物じゃ通らない。おそらく、生後一、二ヶ月」

 ふうん、と、西園寺は返す。

「なんだい、いきなりやる気がなくなったみたいに」

「実際なくなっとるからな。死んだんが人間やないんやったら、他殺やろうが事故死やろうが、こっちの法には引っかからん。ワシらの仕事やあらへん」

 西園寺は、よ、と両手に持ったコテでお好み焼きをひっくり返した。薄い狐色になった表面で、じゅうじゅうと油が小さな泡を弾けさせている。

「もういい?」

「まだや。あと二回ひっくり返す」

 無慈悲な言葉に、唇を尖らせる。

「まあ、でも来てくれて助かったわ。おおきに」

 薄く笑ってそう告げる西園寺に、漆田はにこりと笑みを返した。


「君の仕事じゃなくても、私の仕事なんだ。アレの回収命令が出てる。手伝ってくれるよね?」


「……は?」




「ホムンクルスって、知ってる?」

 漆田の投げかけた言葉に、眉を寄せた。

「ワシの守備範囲外やな」

「そうだね。ざっくり言うと、人の手で作り出された人間だ。人工授精とかクローンとか、そんな可愛らしい手段じゃない。神が創り出したものを人の手で再現しようとする、錬金術(アルケミズム)の術だよ」

「ぱっと見ぃ、人間やったけどな」

 あの廃屋で見つかった死体がそうなのだろう、と察して呟く。

「うん、割と良くできてた。で、問題なのは、無許可でそんなことされたら困るってことなんだよ」

「許可制なんかい」

「何代も続く術師なら、記録は残ってるし、こっちに対しても協力的だ。問題は、ぽっと出のはぐれでね。こっちの存在を知らないならともかく、知っていても甘く見ていて、好き放題やってる奴もいる」

 困ったものだ、と、体制側の錬金術師(アルケミスト)はぼやく。

「それで、無許可の術師をとっ捕まえるんか?」

「他のホムンクルスの回収もだ。一体で済む訳がない。あの死体の死因は、失血死だった。体内に、殆ど血液が残ってない」

「失血死? 現場には血痕の一つもあらへんかったで」

 死体には、死斑が殆ど出ていなかった。

 死斑とは、心臓が停止し、体内を循環しなくなった血液が、重力に従って体の下部に溜まり、あざのようになって体表に現れる現象だ。その量で、死後経過した時間や、死体が動かされたかどうかを判断する。

 死因が大量失血ならば、殺害後に死体を移動させたのか。西園寺はそう思ったのだが。

先刻(さっき)言っただろう。死体は、固形物は消化できなさそうだった、って」

「……まさか」

 嫌な予感に、眉を寄せる。


「あれだけの体積の血液を、目立つほどの穴も空けずに吸い上げきるだけの肺活量は、大したものだと思わないか?」



 焼きあがったお好み焼きに、ソースを塗る。上からマヨネーズを一匙落とした。

 次いで、細かく削られた鰹節と、青海苔をぱらりとかける。

 鉄板の火は切っているのに、熱気で鰹節がゆらゆらと踊った。

「おお……」

「お待ちどうさん」

 感嘆の声を上げる漆田に促す。

 無言で半分ほどを食べたところで、今度は漆田が水を向けてきた。

「それで、そっちの会議はどうだった?」

「ああ。あの空家には、ちょくちょく人が出入りしとったらしい。金髪の若い男と女の目撃例がある。明け方に戻ってきて夕方に出ていきよるらしい。ただ、近所づきあいが薄くなっとるから、注意しとる(もん)もおらんかった」

 世知辛い世の中や、と、刑事はぼやく。

「金髪の男女ねぇ」

「どっちも、一人の時しか見られてない。二人一緒にいたことはなかった。……まあ、目撃情報がないだけかもしれんけど」

「歯にモノが挟まってるような言い方だね」

 漆田が右手をくるん、と回転させる。

「何か心当たりがあるんだろう?」

「コテで人を指すのやめぃ。……獣っぽい毛ぇが、家ん中に落ちとった。一部屋だけやのぅて、家全体に。せやのに、糞の痕跡はどこにもない。野生の獣やないんやろうな、って」

「ペットかい?」

「そんなオチやったら、わざわざ本部に連絡するか」

 西園寺が眉を寄せる。

「だろうね。その毛で普通のDNA鑑定をしようとしたら、対象を検出できなかった」

 あっさりと漆田が同意する。

「……この状況で、辞令なし、通常装備で事件に当たれってか?」

「人を派遣できなくてね。ほら、今、祭りの時期だから」

「あー……」

 半ば諦めた心持ちで呻く。

「西園寺くんは、お祭りは?」

「うちは祖父(じぃ)さんの代で大阪に出てきたからな。本家がやっとるやろ」

 生まれも育ちも大阪だが、血筋の違いはどうにもならない。

 そういう世界に、彼は生きている。




 夕焼けが空を滲ませる頃、二人は死体発見現場に立っていた。

「まあ、ワシも、昼間ちょっと次郎を走らせてみたんやけど」

 ぐるりと周辺を見回して、西園寺が口を開く。

 朝には封鎖されていた門は、今は痕跡もない。

 『殺人事件』でなければ、現場を保存する必要はないからだ。

生命(いのち)が一つ消えた時点で、そこには(けが)れが溢れ返る。そん時、他に何かがおったら、浴びせられた穢れの跡をつけるんは、カラーボールより簡単や。実際、何かが西に向かって行った跡がある。けど」

「けど?」

「途中で、ぷっつりと消えよった」

 苦々しい顔の男をよそに、漆田はふむ、と呟く。

「君の犬神を撒くモノがいるとはね」

「持ち上げんなや。キモい」

 肩を竦め、西園寺は歩き出した。

「ワシも今まで手ぇ離されへんかったしな。ちょっと行ってみようや」


 さほど高くもないビルや、街区を一ブロックほど使った公園。

 それらに囲まれた辺りで、痕跡はふっつりと途切れてしまっていた。

 銀色の犬神は、四方へ走り出しては尻尾を落として戻ってくる。

「この辺で、穢れを落とすこととかできないかな?」

 錬金術師(アルケミスト)が軽く呟く。

(みそぎ)するんやったら、北に川があるけど、ちっと遠いな。今まで向かってた方向と(ちゃ)うし」

 そもそも、川は深い。船着き場はあるが、全身を浸からせるのは危険だ。

 しゃがみこみ、うなだれる犬神を撫でてやる。

 微笑ましげに漆田が見ているのは無視した。

「うちの流儀なら、教会とかいう手もあるけど」

「教会? 神社……か。せや!」

 鋭く身を起こして、黒衣の男は大股で歩き出す。

 大通りを横断し、他よりも間口が広い建物に近づく。

 歩道から少し引っこんだところから、コンクリート製の階段が奥へと続いていた。歩道に立つ高さからは、その先は見通せない。

「ここは?」

「神社や。若宮商工稲荷」

 隣の建物は大阪商工会議所。商売繁盛を祈願して、稲荷神社が企業の敷地内に建てられることは珍しくない。まして、商工会議所ならば。

 歩道から、一歩踏みこもうとして。


 空気が、ばちん、と、爆ぜた。



『立ち入るではないわ、穢らわしい』

 ゆらり、と、まだ熱気を孕んだ空気が揺れる。

 目を丸くする漆田を、自嘲気味に西園寺は振り向いた。

「な。こないな嫌われっぷりやったら、存在を覚えてへんのも無理ないやろ」

『暴言は聞かなかったことにしてやる。貴様と貴様の薄汚い使役の踏むを許された地は、この場所にはないのだ。とっとと立ち去れ、下衆が!』

「煽るなぁ……」

 姿の見えない声の主が罵声を放つのに、漆田は呆れて呟く。

「入らへんさかい、話だけ訊かせてぇや。今朝方、ここに、それこそえらい穢れた奴が()ぇへんかったか?」

 その問いには、沈黙が帰ってくる。

「……次郎五郎。九十郎」

 主の呼びかけに応え、両脇に白銀と漆黒の犬神が顕現した。

「存分に、遊ばせたってもええんやで?」

「うわあえげつない」

 ぱちぱちと後ろで小さく拍手する男は再度無視する。

『……その、探しておるやつをどうするつもりか』

「保護する」

 ためらいなく、西園寺は返した。

「そいつは、えらいヤバいことに関わってしもたらしい。警視庁捜査零課が、総本山と結んだ契約、あんたが知らん訳もないやろ。今は、ちぃと個人的な好き嫌いは()けといてぇや」

 ふぅ、と、小さく空気が揺れる。

『……確かに、明け方に穢れを祓ってやったものがいる。眷属の(よしみ)でな』

「誰や」


『京よりやって来た、余所者と娘よ。ゆきだ』


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