表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

谷町四丁目

 大阪府警察本部は、大阪城のお膝元にある。

 周辺には官公庁が多く居を構え、オフィスビルが立ち並び、人の居住するマンションなどは比較的少ない傾向にあった。

 その中にも、数少ないながらもぽつぽつと一軒家が混じっていたりする。

 事件は、その中の一軒で発覚した。



 現場が近づくにつれて、犬の吠え声が大きくなってくる。

 西園寺四郎は、街路を走ってきた足を止めた。

 手帳を見せて名乗ると、警備の警察官が敬礼し、通してくれる。

「おう、西園寺」

 奥から声をかけられた。

「遅れてすんません。少年課に断り入れてきたんで」

「それで走ってきたんか。若いのぅ」

 背中をばん、と叩いてくるのは、捜査一課の先輩、浅沼だ。

 はあ、と答えると、吠え声が更に高まる。

 門の奥からこちらを見た作業服の鑑識官が、眉を寄せた。

「相変わらず犬に嫌われてるな」

 面白そうに、そうからかわれる。

 実際は、嫌われているのではない。畏れられているのだ。

 西園寺がいると、警察犬が仕事にならない、と、鑑識での彼の評判は最悪である。

「で、仏さんは?」

「奥や」

 木造の門を抜けて、家屋に向かう。玄関の引き戸は木製の桟に型板ガラスが嵌めこまれている。ちょうど鍵のすぐ横のガラスが、一部割れていた。

「空き家になって、五年くらいらしい。ここの破片は見つかってへん。割りと前から出入りしとったんかもな」

 少子高齢化が進み、昔ながらの古い木造住宅からは人がいなくなっている。この辺りなら、マンションなどに建て替えもできるだろうが。

 放置された空き家は、ホームレスが住み着いたり、若者の溜まり場になったり、よからぬ目的に使われたりと、行政としては問題になりつつある。

 だが。

「殺人事件までは起こして欲しぃないですね」

「全くや。しかも、府警本部とこんな目と鼻の先で」

 浅沼が、顔をしかめる。

 五十近い男の表情は、それだけでひどく迫力を増した。

「気張るで」

「はい!」


 死体は、奥の方の部屋で発見された。

 明け方に争うような物音が響いて、不審に思った近隣住民が、朝になってから様子を見に来たのだ。

「そん時に通報してくれたらええのに」

 ぶつぶつと、浅沼はぼやく。

 被害者は、二十代と見られる男。

 グレイのスーツという、目立たない格好だ。ネクタイを締めてはいないが、この季節、クールビズの一環で珍しくはない。

「土足ですね」

 死体は革靴を履いたままだ。

 廃屋とは言え、畳の上なのに、と思う西園寺は結構年寄りくさい。

「外傷はなし。死斑が見られへんが、死後硬直は結構しとるんよ」

「時間は剖検待ちかね」

 刑事と鑑識官が数人、話している。

 部屋の隅にはカップ麺の容器などが、幾つもコンビニの袋に入っていた。

「水道やらガスやらは止められてるやろうから、コンビニで湯ぅ入れてきとったんやろ。後で近隣に聞き込みな」

 西園寺の足元に、常人には感知できない獣が姿を見せた。鼻の頭に皺を寄せ、死体を警戒している。

 警察犬が明らかな悲鳴を上げた。

「なんや、今日はいつもより酷いな」

 呆れ顔で外を伺う浅沼から離れ、西園寺は廊下の端に屈みこんだ。

 一摘みの、金色の短い毛束を手に取る。

 ヒトの、毛髪ではない。




「せやから、誰かよこしてくれ」

 一人になった僅かな時間に、西園寺は人目を避けて電話をかけていた。

「次郎の反応が、人の死体の時とは違っとった。何かあるかもしれん。あと、現場で、獣の毛も出とる。家ん中のあちこちに」

『それだけでは人員は()けられませんよ』

 電話の先は、警視庁捜査零課。

 人ならざるモノたちが絡む犯罪を扱う部署だ。

 だが、職員の対応は冷たい。

 この課は、慢性的な人手不足だ。

 捜査官は普段配属されている部署での業務に勤しんでおり、任務がある時のみ零課として動く。

 その任務も、迷宮入りとなった事件の中から更に厳選されるものが多い。

 そうやって選別しなければ、〈不可知犯罪〉を判別できないのだ。

 西園寺は、更に言い募る。

「ワシが担当になってもええんやな?」

 電話の相手が、息を詰めた。

 実は、捜査官は地元の事件には関われない。

 これが、一番大きな特色だ。

 単純に、捜査官はその能力を秘匿しており、配属先に知られては困ること、そして地元の術者との軋轢は避けたいことなどがその理由だ。

 そして、現在判っているだけの情報では、死者は不審死でしかない。

 見たところ目立った外傷もなく、死因を特定するには、司法解剖を待つことになる。

 それまでは、事故、自殺、他殺、ひょっとすると病死までを考慮に入れている。

 捜査一課が関わるのは、他殺の場合だ。

 その場合は、必然的に西園寺はこの事件に関わらざるを得ない。

『……判りました。資料を見ましょう。判断して貰います』

 警察内部の資料くらい、あそこは容易く手に入れられる。

 少し気持ちを楽にして、西園寺は電話を切った。



 捜査本部が立つかどうかは、死因が確定してからになる。

 どのみち、身元が判るようなものを持っていなかったこともあり、刑事たちは周辺で被害者の目撃情報を探っていた。

 西園寺と組んでいた浅沼の携帯が鳴る。

 無造作に話していた男の顔が、曇っていった。

「どうかしたんですか」

 眉を寄せて通話を終えた浅沼に、尋ねる。

「いや、剖検はちょっと遅れる。東京から医者が来るさかい、それに任せるらしいで」

「東京から?」

 本部が動いたのだろうか。脅威的な早さだが。

「で、お前に出迎えと案内頼むってよ」

「判りました。新大阪です?」

 西園寺は、捜査一課ではまだ若手だ。雑用は慣れている。

 東京からだと、どれほど早くてもあと三時間はかかる筈だ。

 西園寺はそう判断したのだが、浅沼は首を振り、右手の人差し指を頭上に向けた。



「……ホンマ無茶しよるな……」

 大阪府警察本部の、屋上。

 ヘリポートに着陸しようとする警視庁のヘリを眺めて、西園寺四郎はぼやいた。

 扉が開き、身軽に飛び降りた男は、プロペラから巻き起こる風に白衣を翻弄されながら、片手を上げた。


「やあ、西園寺くん」


 それは、捜査零課専属の技師。

 一年の殆どを、本部の地下室から外へ出ない男。

 [奇妙(マッド)錬金術師(アルケミスト)]と人の呼ぶ。


「……漆田」


 お互い、呼びかけが聞こえた訳ではないのだろうが、漆田はいつものようにへらりと笑った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ