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不可知犯罪捜査官 西園寺四郎  作者: 水浅葱ゆきねこ
柘榴石の涙

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■沢 02

「啓祐くんて、どんな子やったん?」

 問いかけには、きょとんとした視線が返ってくる。

「どう……って、普通だけど」

 その言葉に、苦笑した。

「普通にも色々あるやん? 普通におとなしいとか、普通にやんちゃやとか、普通に頭がいいとか、普通に運動が得意やとか、普通に面倒見がいいとか悪いとか」

 優佳は、西園寺の言葉の途中からくすくすと笑い始める。

「うーん。普通に元気で、明るくて、運動が得意かな。頭も悪くはないですよ。でも、うちの学校は生徒が少ないから、平均点とかあまり意味がないって先生が」

 過疎地の中学校だ。幾つかの集落から学生が集まっているのだろうが、それでも何百人もいる訳ではない。

「面倒見はいいと思います。小学校の頃も、小さい子の世話とかしてました。それに、お寺さんのところの子も、よく遊んであげてて」

「ああ、幼稚園の?」

 昨日聞いたばかりのことを思い出し、相槌を打つ。だが、香奈は首を振った。

「そっちじゃなくて。お寺の、お嬢さん。実夏さんの子供です」

「……子供?」

 家の様子を思い返す。玩具が散らかっていた様子も、子供の声も聞こえなかった。実夏も、その後あっさりと自分を寺まで送り、話をしている。一時間やそこら不在にしても大丈夫なのか。

「幼稚園に預けてたりとか?」

「そっちはまだです。今年三歳、って言ってたかな。実夏さん、去年の春に、旦那さんが亡くなったからこっちに戻ってきたんですよ」

「うん」

「で、今年の頭ぐらいに、法事があるって、大阪に二人で行かれたんです。その時、しばらく旦那さんのおうちで子供を預かるからって一人で帰ってきてました」

「預かるて?」

 少女は、軽く頷く。

「旦那さんは一人息子さんで、亡くなって凄く寂しいみたいです。お子さん、お孫さんですね、それも一人だけで、全然会えなかったからしばらくはって」

「ふぅん……」

 今年の春なら、失踪者が出る少し前だ。

 だが、義理の親が預かっている、というのが本当なら、今回の事件とは関わりがないだろう。

「啓祐のおじさんも寂しいんだろうな……」

 ぽつり、と香奈が呟いた。

「坂本さんも、寂しいんやろ?」

 にやり、と笑いながら告げる。香奈が目を見開いた。

「え、や、別にそんな、うるさいのがいなくなってせいせいしたって言うか」

 わたわたと言い始めた少女に対し、自分の唇に人差し指を当てる。

「自分で思ってへんような悪いこと、()うたらあかん。ホンマになってまうで」

「……すいません」

 しょぼんとして、呟く。

「こっちもからかいすぎたな。すまん」

「やっぱりからかってたんだ」

 ちょっと無理をしているように、香奈は笑う。

「啓祐くんは、この村から出たがってたて聞いたけど。嫌やったんかな」

「嫌い、って訳じゃないと思います。好きなところは沢山あるって。ただ、都会はもっと便利でもっと贅沢ができて、もっと何でもできるんだ、って言ってました」

「全部が全部そういう訳でもないけどな」

 結局、子供の考えだ。小さく笑う。

「そうでもないですよ。私たち、実夏さんから、大阪の話とか聞いてて。ビルが大きくて、夜中でもお店が開いていて、何でもすぐに買えて、電車なんて一分おきに来るとか」

「一分はないわ」

 ラッシュ時なら、ニ、三分程度で来るが。

昨夜(ゆうべ)村ん中歩いたけど、星が凄い見えてたな。あんなん、大阪で見たことないで」

 木々の合間から見えた、眩しさすら覚えるほどの星空を思い返す。

 だが、香奈は小さく手を振った。

「村の中なんて、大したことないですよ。もっと凄いのが見えるところもあるんです」

「へぇ?」

「啓祐に、教えて貰ったの。自転車でも通れないところをずっと上がっていって。内緒だから、って言ってた……」

 言葉が、小さく消える。

 蝉の声は、今日も耳を覆わんばかりだ。




 その後しばらくして、香奈は帰っていった。

 車で送ろうかとも言ったが、自転車だから大丈夫だと返して、勢いよく坂を下っていく。

「……元気やなぁ」

 そろそろ冷房が恋しい男であった。

 昼近くになって、二匹の愛犬を呼び戻すが、しかし何も収穫はないようだ。

 西園寺に与えられた時間は、四日間。

 本部での報告を考慮すると、明日の午後までにこちらを発たなければ、三日後の通常勤務に戻れない。

「ハードワーク過ぎるやろ」

 小さく文句を呟きながら、ステアリングを握る。

 とは言え、事件性があるかないかすら判らない時点で、手がかりが掴めなくてもとやかく言われることはない。

 単純な失踪事件である可能性の方が高いのだ。

 その場合、ちょっと旅行に来たようなものだと思えばいいのだろう。

 無理矢理に自分を納得させ、西園寺は一旦駐在所へと向かった。



 駐在所の前の道路で、所在なげに立っていた少女が、大きく手を振る。

 西園寺は徐行し、窓を開けた。

「刑事さん、おっそーい!」

「どないしたん。こんなとこで」

 それはつい数時間前に別れたばかりの、坂本香奈だった。

「お母さんが、お昼ご飯食べていってって」

 その距離の近さに、おぅ……、と小さく呻く。

「いや、悪いさかい」

「えー、でも、もう作り始めてるもん。のびちゃったら困るし」

 早く早く、と急かす少女に、溜め息を落とした。



「香奈がご迷惑をおかけしたみたいですみませんね」

 少女が縁側からかけた声に応じ、奥から母親が姿を見せた。

 やや太り気味の、四十ほどの年齢の女性だ。素っ気ないTシャツとデニムの上に、赤いエプロンをつけている。

「いえ、そんなことは。お昼までお誘いいただいてしもて、すんません」

 片手を頭に当てて会釈すると、楽しげに母親は笑った。

「まあまあそんなこと。みんなで食べる方が美味しいですからね。座ってくださいな。香奈、手伝って」

「はぁい」

 軽い足取りで奥へと二人は入っていく。開け放された和室に、上がりこんだ。一枚板でつくられた卓が、飴色の光沢で存在を主張している。

 扇風機が、ゆっくりと首を振っていた。

 乾いた畳の匂いが、立ち上る。

 駐在所や、実夏の住む離れなどを除けば、この村の家は大抵広い。

「……落ちつかへんなぁ」

 煙草を取り出しかけて、胸ポケットに戻した。

 西園寺が大阪で住んでいるのは、2DKのマンション。実家は和洋折衷の一戸建てだ。

 このような純然たる和風建築は、身内ではそれこそ本家の屋敷ぐらいしかない。

 落ちつく理由は、全くなかった。




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