第一章 まりちゃん
ほたて日記
第一章 まりちゃん
ぼくの名前は「ほたて」。
まりちゃんが、大学を卒業して3年目の春に生まれた。
もちろん名づけてくれたのは、まりちゃんだ。
まりちゃんは、昔からいきものがだいすきで、まりちゃんの「じっか」というところでは、ゴンという大きな黒い犬を飼っていたらしい。
一度ゴンの写真を見たことがあるけど、本当にまりちゃんとくらしていたのか疑わしいくらい真っ黒だった。
まりちゃんの好きな色は白色だからだ。
ほなみさんのところで生まれたぼくは、少しだけママのおっぱいを飲んで、そしてまりちゃんの住む小さなアパートにやってきた。らしい。
ぼくはそのころのことをぜんぜんおぼえていない。
おぼえているのは、まりちゃんが、
「しろくてふわふわでかわいい。」
と言ってくれたことだけ。
その日から、まりちゃんといっしょにくらしている。
いっしょにねて、いっしょにごはんを食べて、またいっしょにねて。
まりちゃんは、細くてやわらかいゆびでぼくのおでこをなでてくれる。そして、おねだりしたぼくにちょっとだけかつおぶしをくれる。
「ちょっとだけだよ。」と言って。
ぼくは、その「ちょっと」の言い方がとてもすきだ。
ぼくとまりちゃんは、とってもなかよしだった。けんかなんてしない、いつでもやさしくだきしめて、そしてぼくをあいしてくれた。
ぼくは、まりちゃんがだいすきだ。
まりちゃんのこえ、におい、足音。
ごはんの上にシーチキンをのせて、30秒くらいでたべちゃうところ。
おふろあがりに、ベランダで梅酒を一杯のむところ。
部屋をまっくらにして映画をみて泣くところ。
コーヒーに1つだけ角砂糖をぽとんっと入れるところ。
外から帰ってきて「ただいま」と言ってだきしめてくれるところ。
ぼくの名前を呼んで、ほほえんでくれるところ。
少しだけ涙を流して「ほたて・・」と言ってねてしまうところ。
ぼくとまりちゃんがいっしょにくらしてから1年くらいして、まりちゃんの部屋に男の人がよく来るようになった。
その人は、まりちゃんが作ったチャーハンを「うまい、うまい」と言って10秒くらいでたべた。
コーヒーには3つも角砂糖を入れて、ミルクも入れてのんだ。お酒のにおいはしなかったけど、たばこのにおいがした。
いつもカメラを持っていて、よくまりちゃんとぼくの写真をとってくれた。
そして、「ほたてはしろくてふわふわでかわいいなぁ。」と言って、あごをぼくのおでこにのせてぐりぐりしてきた。ひげがあたってチクチクして痛かったけど。
でも、まりちゃんと同じことを言ってくれた。