第18話 キャリア
第18話 キャリア
警士庁・捜査1課・第5強行犯・捜査11係の
警部補である女性刑事、戸塚 サキ、31歳は、
神宿署へと向かっていた。
警察だけでなく公務員には、キャリアとノン・キャリアという区分が存在する。
それは一種の路線のようなモノであり、一度、その路線に
乗ってしまうと、決して隣の路線には移れない。
ノン・キャリアは決して、キャリアの上には立てない。
そこには厳然と決められた壁が存在した。
そして、戸塚 サキはノン・キャリアの警察官であった。
しかし、サキは-それを苦には思っていなかった。
サキは元々、現場で働く事を志望しており、それはキャリアでは
出来ない事であった。
キャリアの警察官は、最初から警部補以上であり、そして、
実際に働き出す頃には警部となっている。それ故に、キャリアは決して、
現場では働かない。
つまり、この国で警察をまとめているキャリアの警察官達は、
現場を全くと言って良い程、知らないのであった。
なので、サキはキャリアになるための日本-公務員試験Ⅰ種
に受かるだけの頭と実力は持っていたが、あえてⅡ種を受けた
のだった。
とはいえ、仮にサキがⅠ種試験を受けて、キャリアになった
所で、出世は望めなかったであろう。
キャリアにはキャリアの中で、越えられない壁が存在して
おり、そこには年齢というモノがあった。
サキは一年-浪人しており、さらに、一年-留学をしている。
この段階で、最短でキャリアになった者と比べて、2年間を
無駄にしている。この2年の壁はキャリアの中では、決して
覆す事が出来ないのだった。
さらに、サキは帝都大学の出では無く、地方国立大学の出
であった。
これもキャリアの人事には大きく影響する。
Ⅰ種試験の段階でこそ、様々な大学の学生は採用されるが、
実際に出世コースに乗れるのは、帝都大学の出身者だけだった。
そこには、厳然とした学歴社会が存在した。
とはいえ、採用の段階では一見、学歴は関係無いとアピール
している分、腐っていると言える。
つまり、キャリアの世界とは、大学受験からして、一回の
ミスも許されないのであった。
確かに-官僚はミスは許されない仕事であるので、そのような
採用も一理あるとは言えるが、逆に言えば、キャリアとは一度も敗北をした
事がない連中であり、それ故に、想定外の事態に遭遇すると、パニックを
起こしたりする。
たとえば、大災害や戦争が-そうである。
さて、ミスをしない一番の方法は、過去の事例を模倣する事で
あり、新しい試みをしない事である。
なので古い慣習がキャリアの世界には、横行していた。
とはいえ、それは大陸からの侵攻において、何の役にも
立たなかったワケだが。
話を戻すと、サキはノン・キャリアの警察として、警察学校
に入っており、それからの経歴は凄まじかった。
警察が昇進するには試験を受けねばならない。
逆に言えば、試験さえ合格すれば、どれ程-若くても、
警部補まではなれるのだった。
とはいえ、試験は短期間に何度も受けれるモノでは無く、
合格しても学校に入って研修などを受けたりしなくてはなら
なかったりする。
そして、サキは-ほぼ最短コースで警部補となっていた。
つまり、全ての試験を一発で合格したのであった。
これは男女問わずに中々、出来る事では無く、サキの叔父
である警視正は-それを非常に喜んだ。
しかし、サキは失念していた。
最短コースで出世するとは、結局の所、現場の経験を
ほとんど積んでいないという事であり、さらに言えば、
弱冠31歳での女性の警部補とは、周りのたたき上げの
刑事達からして見れば、うとましい存在であったという
事を。
さらに、戦後-相当に減ったとは言え、警察内部は、
セクハラ体質が横行しており、サキにも-その魔手が
迫ったりした。
しかし、サキは毅然と立ち向かい、セクハラを告発
したりした。
とはいえ、その代償として、捜査係の中での立場は
悪くなった。
それを見かねた叔父の捜査1課長の警視正は、現在の係へと
サキを移動させたのだった。
そこは新設された係であり、有り体に言えば、あぶれ者達の
集まりだった。
とはいえ、彼等は非常に優秀であり、組織人としては不適正
であったが、単純な能力だけで言えば、他の係に劣る事は全く
無かった。
サキは初めて職場の同僚に親近感を覚える事が出来ていた。
そして、それ故に、この係として、きちんと事件を解決して
いこうと誓うのだった。
しかし、彼女は知らない。この事件をきっかけに、彼女達は
今までの人知では計れぬ、心と体の狂った犯罪者達と
相対する事となるのを。
サキを含めた警視庁・捜査11係の面々が現場の所轄である
神宿署に到着したのは、昼過ぎだった。
それを、神宿署の刑事達が出迎えた。
そして、神宿署に、今回の《塔京-連続-女子高生-傷害事件》
の特別捜査本部が置かれる事となったのである。
・・・・・・・・・・
サキは捜査会議が始まる前に、資料を何度も読み込んでいた。
サキ(今回の事件で3件目。カラオケ・ボックス内で、
大学生の男と、女子高生が何者かに襲われた。
監視カメラの映像から、二人は情事を始める直前に
襲われた。さらに、同じく映像から、犯人は小柄で
年齢は不詳、カラオケ・ボックスの店員の服を着て
いた。外見的な特徴は-とぼしいけど、店員の服を
手に入れてるワケで、そこから犯人を絞り込めそうね)
そして、サキは-ため息を吐いた。
この職業についてから、サキは-ため息だらけだった。
サキ(しかし、この犯人も、よく-こうも被害者を選べるわね。
1件目は実の父親とカー・セックスをしていたと思われる
女子高生を父親ともども襲った。父親は頭を殴られて-
意識不明、女子高生は腹部にナイフを刺され、意識こそ
取り戻したモノの、未だショックで-しゃべる状態にない。
どうやったかは不明だけど、犯人は車の窓ガラスを割って、
中に入って、二人を襲った)
サキ(2件目は、妻帯者の男と不倫にあった女子高生が、
その男の家で、ナイフで刺された状態で発見された。
通報したのは-その妻帯者の男で、タバコを買って、
戻って来た時に、発見したとの事。男は外でタバコを
数十分、吸ってから帰って来ている。さらに、タバコを
買ったコンビニは、片道10分の所にある。しかも、
コンビニでマンガ雑誌を数十分-立ち読みしたそうだ。
つまり、1時間以上、家を空けていた事となる。
そして、その間に、女子高生は何者かに刺された事と
なる)
サキ(初めは、その男が犯人かとも疑ったが、コンビニの
監視カメラには男の姿が映っており、さらに刺し傷の
状態から、確かに、男がコンビニに行っている間に
犯行が起きた事が推測される。女子高生の傷は-かなり
深く、あと数分、救急車が来るのが遅れたら、
助からなかった程だった)
サキ(そして、今回の3件目。全ての被害者の女性は、
女子高生であり、性行為の前後に刺されている。
さらに、その女子高生達は、いわゆる-お嬢様学校の
生徒であり、しかも、それぞれ違う学校に通っていた)
そして、サキは再び、ため息を吐いた。
サキ「はぁ・・・・・・。それにしても、何なのかしらね、これは。
こう言っちゃなんだけど、お嬢様のイメージが崩れるわ」
「むしろ、犯人にとって-それが狙いなのかも知れませんね」
との壮年の男の声が掛けられた。
横を見れば、そこには神宿署の刑事が立っていた。
サキ「あなたは、矢島-巡査部長」
とのサキの言葉に対し、矢島は二カッと笑った。
矢島「これは若き警部補殿に、早くも名前を覚えて頂き、
光栄ですな」
サキ「・・・・・・人の名前を覚えるのは、捜査の基本では?」
矢島「はは、それも-そうですな。これは失敬」
と、悪びれなく言うのだった。
サキ「それで、先程、《犯人にとって-それが狙い》と
おっしゃいましたよね。それは、どういう意味
でしょう?」
矢島「いや、そのままの意味ですよ。私は、多くの性犯罪者を
見てきました。奴等は清らかに見えるモノを汚す事を-
喜んだりする。たとえば、レイプ犯。通常、無理矢理に
犯すだけなのですが、まぁ、これも汚す事に部類される
のかも知れませんが、最近、別種のレイプ犯が増えてきて
いましてね」
サキ「別種?」
矢島「ええ。奴等は女性に快楽を与える。そして、向こうから
性行為をねだらせる。それで、そのシーンを全て録画して
おくんですよ」
サキ「・・・・・・警察に言えば、録画したのをばらまくぞ、と脅す
んですか?卑劣な」
矢島「いや、それも-ありますよ。ですが、本当の意味は-そこには無い。
奴等は録画したビデオをモザイクをかけて、誰か分から
なくして、ネットにアップするんですよ。
それで、女性の心に刻むんですよ。
自分が-いかに淫らな人間かを」
との矢島の言葉に、サキは顔をしかめた。
しかし、冷静さを装い、口を開いた。
サキ「それが、今回の件と-どう関係が、あるんですか?」
矢島「さぁ?ですが、被害者は全て、性行為を営んでいる時に
襲われています。しかも、それは不倫であったり、近親
であったり、まぁ、3件目は単なるナンパか・・・・・・、
ともかく、普通に付き合ったカップルでは無いって
事で共通してませんかね?」
サキ「なる程。でも、性犯罪と関係あるとは思えません」
矢島「そうですかね?私は今回の一連の事件は、犯人の遊びを
感じますね。今回の犯人は異常ですよ」
サキ「犯罪者は総じて、異常かと思いますが」
矢島「確かに、そうとも言えますが、世の中には本当に狂った存在が
確かに居るんですよ。その狂気に片足を踏み入れねば、真に
刑事とは言えないでしょうな」
サキ「・・・・・・心しておきます」
とのサキの殊勝な言葉に、矢島は少し、驚きを見せた。
矢島「・・・・・・失礼しました。少し、貴方を試すような真似を
してしまいました。性犯罪などの話をすると、カーッと
怒り出す女刑事も居るんですよ。
そういう感情的な奴とは正直、仕事を共にしたくないの
です。特に、私達の仕事は人命が懸かっているワケです
から。その点、貴方は素晴らしい。
私は基本的に本庁の人間は嫌いですが、貴方となら
協力できそうだ。どうぞ、よろしく」
そう言って、矢島は手を差し出した。
サキ「こちらこそ」
そう素っ気なく答え、サキは矢島と握手を交すのだった。
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