第13話 育成
第13話 育成
扉は-あっけなく開き、ユウトは-ためらいがちに、建物の
中へと入っていった。
建物の中は聖十字や壁画で装飾されており、明らかに塾と
しては異質な空間だった。
ユウト「これって・・・・・・」
とのユウトの声は、大理石の床と壁と天井に木霊した。
カンナ『西洋の術式ね。あの十字、逆さ十字になっているわ。
悪魔信仰よ。とはいえ、敬虔さは感じられないから、
冗談で-やってるんでしょうね』
ユウト「す、凄い帰りたいんだけど」
カンナ『もう無理ね』
ユウト「え?」
振り返ると、さっきまで-あったハズの扉が消失していた。
ユウト「う、嘘だろ・・・・・・」
カンナ『やれやれ、とんだ幻術ね。まぁ、解除できない事も
無いけど、そうすれば、私の力を大幅に使う事に-
なって、奴との直接対決が厳しくなるわ。
どうする、ユウト?』
ユウト「え、いや・・・・・・まぁ、顔見知りだし、話して見るよ」
カンナ『じゃあ、進みましょう。急ぎなさい。ここは一種の
異界よ。あまり長く居ると、精神力を削られるわ』
ユウト「わ、分かった」
そして、ユウトは早歩きで先を進んだ。
廊下をずっと歩いていると、そこは西洋の甲冑が両側に
並んでいた。
ユウト「うわ、凄い・・・・・・」
カンナ『これは・・・・・・テンプル聖-騎士団の聖十字。
こっちは普通の聖十字ね』
ユウト「テンプル聖-騎士団?」
カンナ『第一次十字軍にて、聖地奪還に大きく貢献をした
騎士団よ。しかし、彼等の傲慢と
慢心が後の大敗を招く事になる。
さらに、本国のフランシスにて、大規模な債務不履行
が起きそうになり、当時のフランシスの国王、
フィリプス5世は、富を蓄えていたテンプル聖-騎士団に目をつけ、
財産を没収しようとした。
しかし、それに反抗した騎士団員-達は、ことごとくが
捕まり、火あぶりに処されたと言うわ』
ユウト「そ、そうなんだ。詳しいね」
カンナ『この件だけよ。西洋史には全く詳しく無いわ。
偶然、その騎士団員の霊と出会った事が-あったのよ』
ユウト「じゃあ、カンナって、フランシス語、出来るの?」
カンナ『出来るワケ無いでしょ。霊は何となく会話が通じるのよ』
ユウト「それは便利だなぁ・・・・・・。外国語を覚えるの大変だから
なぁ・・・・・・」
カンナ『ともかく、先に進むわよ。ここに居ると、
テンプル聖-騎士団の怨念にあてられるわ』
ユウト「わ、分かった・・・・・・」
そして、ユウトは先を進むのだった。
すると、突然、廊下の先に黒いエレベーターの扉が出現
した。
ユウト「え?い、今、突然、現れたよね、これ」
カンナ『ともかく、乗るわよ。最上階か、最下層よ。
大抵、悪者は-どっちかに居るわ』
ユウト「そんなモノ?」
カンナ『そんなモノよ。早くボタンを押しなさいよ』
ユウト「了解」
そして、ユウトはエレベーターのボタンを押した。
すると、すぐに扉は開いた。
それから、ユウトは-おずおずとエレベーターの中へ
入って行った。
ユウト「何か、ボタンが-いっぱいあるんだけど」
と、ユウトはエレベーターの開閉ボタンを見て言った。
確かに、そこには、百個近くのボタンが存在してた。
カンナ『・・・・・・困ったわね。一番上のを押せば-いいんじゃ
ないの?』
ユウト「ええ?何か、これ、凄く嫌な感じがするんだけど。
絶対、押すとやばいタイプの奴だよ、これ」
カンナ『押せ、つってんのよ』
と、カンナは凄みながら言った。
ユウト「分かったよ・・・・・・」
と答え、ユウトは-しぶしぶ一番上のボタンを押した。
次の瞬間、エレベーターは急上昇していった。
ユウト「ヒィッッッ」
カンナ『しっかりしなさい、この馬鹿ッ!』
ユウト「い、いや、カンナは浮いてるから-いいけどッ!」
と、ユウトは地面に-しゃがみこみながら言うのだった。
そして、気づけば、エレベーターは止まり、扉が開いた。
すると、異様な霊気が外から入り込んできた。
カンナ『さ、出るわよ』
ユウト「め、メチャクチャ、いきたくないんだけど。
俺の本能が-行ってはいけない、と告げてるんだ」
カンナ『あんたの本能なんて、女の子とエッチな事をしたい
とか、そんなのばっかでしょ』
ユウト「ひどい・・・・・・」
カンナ『ともかく、進んだ、進んだ』
とのカンナの言葉に後押され、仕方なくユウトは
エレベーターから降りるのだった。
すると、周囲の風景が一気に変化し、目の前には、
一人の白いスーツを着た男が現れた。
ユウト「塾長・・・・・・?」
と、ユウトは呟いた。
その男こそ緑鳳会の塾長である神林 クルト、であった。
カンナ『なんか、塾長って言うと、しょぼく聞こえるわね』
とのカンナの言葉に、クルトは笑った。
クルト「やぁ、よく来たね。ユウト君。それに、星詠みの
お嬢さん」
と言って、クルトは微笑みを見せた。
カンナ『私の事を知っているのかしら?』
クルト「ああ、君は有名人だからね。数多い星詠みの中でも、
違う惑星と交信できる者は数少ない。大抵は、この
惑星アースの力を使うだけで精一杯だ」
カンナ『そう。で、私の事を知っている貴方は何者かしら?』
クルト「それを話すと長くなるね・・・・・・」
と言って、クルトは-しばし沈黙した。
すると、ユウトが-おずおずと口を開いた。
ユウト「あ、あの・・・・・・塾長って、カンナの事が見えるんですか?」
クルト「良い質問だ。そういう具体的で-かつ、核心をつく質問
は尋問では有効だ。やはり、君は優秀だね」
ユウト「ど、どうも・・・・・・」
と、ユウトは恐縮した。
一方で、カンナは馬鹿にされた気分がして、むかついていた。
クルト「さて、質問に答えよう。見える。はっきりとね。
むしろ、ユウト君。君が彼女と契約を交した事
こそ、驚きだよ」
ユウト「いやぁ、成り行きで」
すると、カンナが口を開いた。
カンナ『ちょっと、ユウト、和やかに会話してるんじゃ無いわよ。
そいつ、倒しちゃいなさいよ!ぶん殴って』
とのカンナの言葉に、クルトは苦笑した。
ユウト「い、いや、殴ったら警察のお世話に-なっちゃうん
だけど・・・・・・」
カンナ『気合いよッ!』
ユウト「き、気合いって」
との二人のやり取りをクルトはニコニコと見ていた。
カンナ『何よ、さっきからニヤニヤして』
クルト「いやいや、君達は可愛いな、と思ってね」
カンナ『あのねぇ、私、一応、あんたより年上なんですけど』
クルト「おっと、これは失礼いたしました。カンナ様」
と答え、クルトは恭しく頭を下げた。
カンナ『む、むかつく・・・・・・。別に敬語とか使わなくていいから』
クルト「それは-ありがたい。私も敬語は苦手に部類してね」
カンナ『嘘吐き・・・・・・』
クルト「ははっ、ばれたか」
そして、クルトはクックと笑うのだった。
ユウト「塾長、この空間は何ですか?魔術的な何かですか?」
クルト「いやいや、ここは本来は-ただの普通の空間だよ。
ただ、霊感のある人間には特別な見え方がする。
別に物理法則をねじ曲げて居るワケじゃないから
安心してくれ」
ユウト「つまり、一種の幻だと?」
クルト「そうなるね。でも、ある意味、現実でもある。
たとえば、この領域で魔術的に死ねば、現実世界でも
心不全などを起こして死ぬだろう。
この世界は裏の世界。
表の現実世界とは密接に関わっている。
片方が崩れれば、もう片方も崩れる。
そう出来ているのさ」
ユウト「な、なる程・・・・・・。それで塾長、俺に何かしましたか?
俺の記憶を奪ったりとか・・・・・・」
クルト「ああ、したよ。というか、一種の催眠をね。
君は入院して勉強が大幅に遅れていただろう。
特別クラスの講師として、それは看過できない
事なんだよ」
カンナ『・・・・・・最低ね。ヒトを操り人形か何かだと思って
いるの?』
クルト「ああ、それは近いね。ただ、私はね、どちらかと
いうと、獣使い-と呼んで欲しいかな」
ユウト「獣使い・・・・・・」
クルト「そう。まだ、ヒトになりかけの獣を一人前に成長
させるのが、私の仕事さ」
カンナ『何か、ユウト達の事をメチャクチャ馬鹿にして無い?
その言い方って?』
クルト「いやいや、若いとは-そういう事だよ。私も-そうだった。
というか、私の場合は、大学を卒業するまでは相当に
頭が悪かったね。女遊びもしたし、マージャンにも
興じた。
でも、結局は-どんな快楽も私を満たせなかった。
ああ、でも、あるゲームは気に入っていた。
というか、今でも気に入っている。
ユウト君、君はモンスター・コレクションという
ゲームを知っているかい?」
ユウト「ま、まぁ。国民的なゲームですよね。アニメ化もして
もう、20年くらいに-なるんですか?初代から」
クルト「そうそう。あの頃、私は大学の一年生でね、おっと
年が-ばれてしまうね」
カンナ『いいから、早く話なさいよッ!』
と、カンナは怒鳴った。
クルト「ええと、それでモンスター・コレクションだ。
このゲームはモンスターを育成して、戦わせる
RPGだけど、真の醍醐味は対戦にある。
人と対戦するなら、真剣に考えねば-ならない。
どのモンスターを、どの技を選択するか、
そして、どの能力を強化するか、とね。
それが楽しくて仕方ないんだ」
カンナ『それで?』
クルト「まぁ、あまり言葉では上手く伝えられないな。
私は現代文は苦手でね。
それで、モンスター・コレクションを一時期は
廃人のように-やったモノだよ。
あれは携帯ゲーム機だからね、カセットと
携帯ゲームを合わせて、十個ずつ揃えたり
したね。ああ、もちろん、同じ奴をだよ」
カンナ『それが-どう関係あるのよ』
と、カンナは呆れた風に言った。
クルト「まぁ、それで最初の内はだ。適当に育てても
勝てるんだ。でも、少し大会に出たりすると、
今までの-やり方じゃ、とても敵わなくなる。
モンスターをちゃんと卵から選別して、
それで計算された訓練をさせないと、
絶対に勝てないんだよ。
これはね、私にとって大きな教訓となったよ」
カンナ『・・・・・・やっと言いたい事が分かったわ』
と、カンナは苦虫を潰したかに言った。
クルト「そう。それは人間にも当てはまる。
もし、帝都大学の試験に合格する人材を作り
たいなら、それなりの選別と訓練が必要に-
なる。
優秀な両親の下に産まれ、優秀な遺伝子を受け継ぎ、
そして、正しい訓練を受けさせる事で、ようやくヒト
として完成するのさ。
私達は-その最後のステップを受け持つのさ」
と言って、クルトはフフッと笑った。
カンナ『なる程ね。でも、優秀な両親とかっては-どうやって
選別するのかしら?』
クルト「これに関しては、高い授業料を払えるかどうか、
で選別している。やはり、金持ちになるには頭が
良くないとね。馬鹿が金持ちになるには宝くじを
買うくらいだ。でも、そんな偶然の金持ちは、
子供の教育に金をかけないだろう?
もっと、世俗的な事に金を費やし、終いには
破産する」
カンナ『反吐が出るような正論ね』
クルト「いやいや、それでも、この選別法が完全とは
思って無いよ。だからこそ、特待生の制度を
導入して、高い実力を持つ者には、塾代を-
請求しない。そこのユウト君も-その一人だ。
彼は去年の年末の選抜試験で素晴らしい成績を
収めたから、半年間、塾代は無料だ」
と言って、クルトは言葉を区切った。
クルト「でも・・・・・・だからこそ、その素晴らしい原石の
輝きが失われるのは-忍びない。
だからこそ、遅れた時間を取り戻させて-あげた
のさ。あれは私にも負担がかかるから、あまり
やりたくは無いんだけどね。
でも、おかげで勉強の内容は、頭に入っている
ハズだよ。感謝してくれたまえ」
との言葉に、カンナとユウトは絶句した。
ユウト「そんな理由で、俺を洗脳したんですか?
というか、そんな事が出来るんですか?」
クルト「条件はあるが出来るよ。特に君とは長い付き合いだからね。
簡単にかかってくれた」
カンナ『気づかなかった自分が情けないわ』
クルト「まぁまぁ、カンナちゃんも、ユウト君とは知り合って
まだ日が経ってないんだろう?
なら、仕方ないさ」
すると、ユウトが口を開いた。
ユウト「塾長。俺、悲しいです」
クルト「ほう、どうしてだい?」
ユウト「だって、それって、塾長が俺の事を信用してくれて
なかったって事じゃないですか?」
とのユウトの言葉にクルトは少し、考え込んだ。
クルト「なる程。確かに、そういう考えも-あるか。
確かに、確かに・・・・・・その通りだよ。
で?それが-どうしたんだい?」
と、クルトは悪びれもせずに言うのだった。
ユウト「俺は俺です。俺の意志をねじ曲げるような真似は
今後しないで下さい」
と、ユウトは-はっきりと言うのだった。
それを見て、カンナは嬉しそうに頷くのだった。
・・・・・・・・・・




