陽炎
…気がつくと、俺は広い空間に立っていた。
何もない、白い世界。
唯一あるとしたら…俺と、陽炎のみ。
陽矢「…こんな場所にわざわざ呼び寄せるなんて、どういうつもりだ」
陽炎「…ここなら、誰にも邪魔されないで…僕が『造られた使命』を果たすことが出来る」
陽矢「…」
俺は怪訝な顔をして、腕を組んで陽炎と向かい合っていた。
対して陽炎は笑顔で、両腕を下ろし俺と向かい合っていた。
陽炎「記憶を取り戻したなら、分るね」
陽矢「…俺が陰陽寺ヨウヤ。行方不明になっていた夜月の弟」
陽炎「そう。記憶を取り戻すまで、君は僕のことを君自身だと勘違いしていた。
…ううん、そう思わざるを得なかった」
陽矢「…なあ、陽炎。さっきお前は俺のことを『オリジナル』って言ったが…」
陽炎「そう急かさないでよ。じゃあ、この際だからはっきり言うけれど…
僕は、天邪鬼様に造られた君…陰陽寺ヨウヤを基にした『レプリカ』だよ」
陽矢「レプリカ…?」
陽炎「つまり、僕は君の偽者。…それで、僕が造られた目的だったね。僕が造られたのは…
君を僕の中に取り込む。闇から作られた人形」
陽矢「俺を、取り込む…!?」
陽炎「そうさ。天邪鬼様…ううん、妖魔・九尾は、君の存在を目障りと思っている。だけど、同時に君の持つ霊力はこちらのものにしてしまえば…そう考えた。
その為に、僕は………。…君を、取り込まなきゃならない…。霊力を利用するだけの制御装置、操り人形として…」
陽矢「…。お前のどこが人形なんだ?」
陽炎「…人形だよ」
陽矢「なんかさ…話聞いてると、今までお前があんな態度とってた理由が何となく理解できるんだよな」
陽炎「…何のこと」
陽矢「だって、お前笑ってるくせに、スゲー悲しそうだ」
陽炎「悲しそう…?…何を言ってるのか…僕は人形だよ。君の存在を消すだけの」
陽矢「人形っていうけど…お前には、『心』があるだろ」
陽炎「…心」
陽矢「ヨウヤとしての記憶が元になっているとはいえ、その心はお前だけのものだ。誰にも操れない」
陽炎「……甘いよ…陽矢。…僕は君を本気で──殺す」
長いようで短い会話は一方的に切られた。
陽炎は今まで見せなかった無表情な…いや、悲しみを無理矢理押さえつけてる顔で、両手に「黎明」と「黄昏」を構えている。
陽矢「…俺は、悲しいな。やっとお前のこと分かったのに…そんなこと」
俺は真の姿になった十六夜を、構えた。
もう、お互い手加減なんてしない。そんな覚悟を決めた。
──なんでだよ…ッ!?」
俺の腕には…次第に消え始めている陽炎。
陽矢「なんで…なんでワザと攻撃を受けたんだよ!?それに…なんで消えかけてるんだよ!?」
陽炎「…あはは…、…やっぱり…僕には出来なかったよ」
陽矢「なんで…なんでだよ…」
陽炎「言っただろう…僕は、君のレプリカ…。操り人形…。失敗した者は…あの方に殺される…、だったら…陽矢に倒されたほうが良かった…」
陽矢「だからって…こんなこと…!」
陽炎「ごめんよ、陽矢…辛いことさせちゃって…。でも…『陽矢、君なら大丈夫』…」
陽矢「…。…南焔村に向かう途中で、俺の能力操って…俺に言ってただろ。
それに…俺に『もうすぐ、世界が闇に包まれる時が…如何なる神でも抗えぬ世界が来てしまう。唯一の希望は、君だけなんだ』『どうか、もう一度彼に…父様に会うんだ。どんなに辛いことがあっても、君は乗り越えて…常闇を打ち払って』。…そういったのも、お前だろ」
陽炎「うん…。…そうだな…今思うと、あの頃からだったかも…君を、取り込みたくないって思うようになったのは。
…本当、良かった…。君を、取り込まなくて…陽矢に、倒してもらえて…」
陽矢「…陽炎…」
陽炎「…これは、僕からの頼みなんだけど…。
この二本、僕の代わりに陰陽寺家に返して…、それと…皆に、伝えて…『ごめんなさい」って…』
陽矢「…! 陽炎!」
陽炎『もう…時間だね。…大丈夫、僕が消えても…君は、ここに閉じ込められないからね…。
…ありがとう…、僕に、「心」を教えてくれて…──楽しかったよ』
陽矢「陽炎っ!陽炎――――ッ!!」
陽炎が完全に消えた時、俺は戻ってきた。
「闇日蝕」が始まった世界に。
夜月「大丈夫か!…どうした!?」
陽矢「…っ…くそっ…!」
涙が止まらない。陽炎が消えた。俺を消さない為に。
最期の最後は、楽しそうで…嬉しそうな笑顔を浮かべながら。
陽矢「…っざけんな…!そんな消え方…許さねぇよ…!」
俺の手には…陽炎が消えた残骸ともいうべき…『勿忘草』が残っていた。
「…やれやれ、たかが人形一体に何を熱くなっているんだか」
『たかが人形一体』。その言葉は今の俺を怒らせるには十分だった。
奴…天邪鬼を。
陽矢「人形じゃない…陽炎は人形なんかじゃない…!アイツは『心』があった!俺を消さないとして…アンタの命令に背いてまで自分を犠牲にして消えたんだぞ!?」
天邪鬼「馬鹿な奴だった、ということだ。はっきりいえばアレは失敗作だ」
陽矢「テメェ…!!」
暦「陽矢落ち着け!アイツの思うツボだ!」
陽矢「けど…!」
──グォオオオオオ!!
突然聞こえてきた、何か強大なものの咆哮。
天邪鬼「ついに目覚められた…我らが常闇の君主、大妖怪・八岐大蛇様が!
あの巫女の小娘を生贄とし食せば、完全に復活される!」
暦「巫女…まさか…オイ!朝美に何をする気だ!?」
陽矢「…!」
天邪鬼「さぁてな。…さらばだ、人間ども」
俺達を嘲笑いながら、奴はその場を去ろうとする。
暦「なっ…待ちやがれェ!!」
夜「暦様!」
夜桜「無茶だ暦!」
天邪鬼「フン、小賢しい」
暦「うわぁあっ!!」
軽くあしらわれただけに見えたが…暦は地面に叩きつけられた。
そして…奴は暗闇の中に消えていった。
陽矢「…くっそ…!」
何も出来なかった。
折角、陽炎に助けられたのに…何も、出来なかった。
「…諦めるな。諦めればその一瞬で負ける」
陽矢「…?」
夜月「この声…まさか…」
「私がかつて、身を隠す前にそう教えた筈だ」
足音の方を見ると…。確かにあの声を聞いたことはある。
だが…。
陽矢「…虚無僧?」
目の前にいるのは、この旅で何度か目にした虚無僧だ。
夜桜「…あー、それじゃ気付けないと思いますよ。…『吉平先輩』」
陽矢「…え?…!」
虚無僧の被り物を外した素顔。…間違いなかった。
「今まで心配をかけたな、皆」
夜月「…父、上…」
父様だった。
俺と夜月の、父親。
吉平「…陽炎のこと、辛かったろう。陽矢」
陽矢「…」
昔見た笑顔が、目の前にいる父様の笑顔と、重なった。




