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6話5

 ゆるいあぐらで後ろ手をつき、「……はー……」と溜息をついている。  

 ふんわりした薄茶の頭髪かみを、白いシャツの背に倒して。

「……あ、あのぉ~?」

「やっぱりねー」

 エレーンは顔をゆがめて肩を引いた。「やっぱり」って、何がやっぱり?

 彼は天井をながめたままだ。

 さして広くない一室にいるのだ、むろん声は聞こえたはずだが──。そわそわ向かいを盗み見る。

(こ、困ったな……)

 部屋には誰もあげないようにと、ケネルに戒められている。しかも相手が、よりにもよって。

 背高せいたかノッポの、ひょろ長い手足。

 甲の長い裸足はだしの足。彼は今日も眠たげで、どことなくうわの空。心が半分お留守とでもいうのか。

 ケネルが名指しした当人だった。くれぐれも近寄らぬよう釘を刺して。

 皆がゲルに集まったあの晩、急に懐に引っぱりこんだ、どこか風変わりな青年ウォード。一見、優しげな顔立ちだが、あの蓬髪の首長より危険なのだとケネルは言う。もしも、うかつに近寄れば──

『潰されるぞ』

 ぶるりとエレーンは腕をさすった。脳裏をよぎる、ぐしゃりと潰れた熟れたトマト──。

 なんとか帰ってもらおうと、「あの~」「その~」「もし~?」などの語彙を駆使して呼びかける。

 彼は首を背に倒し、天窓の光を見たままだ。

 白いシャツに街着のズボン。気取りのない大きな素足。ケネルは注意を促すけれど、同年代っぽい感じだからか、いかつい身形の一団の中、彼だけが軽装だからか、危険なようにはあまり見えない。

 ちなみに視界の片隅で、ぴょんぴょこウサギが跳ねているのは、「これー」と彼に押し付けられ、受けとり損ねて以来のことだ。いや、ここは他人の家だし、放置する気はないのだが、かかえあげようとした途端、躍りあがって腕から逃げ出し、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこあの始末。すばしっこくて捕まらない。

 柔らかな毛皮の茶色いウサギは、真昼の部屋の隅っこで、カリカリ壁を引っかいている。ああ、ひと様の住居になんてことを──!? てか、そもそも「これー」って、なんなのだ。いきなりウサギを渡されても、アレを一体どうしろと──

「なにー?」

 はた とエレーンは顔をあげた。無視を決めこんでいたあの彼か!?

 てか、

 返事 () () () ? ノッポくん……

 ガシガシ壁をかじりだしたウサギのシッポから目を戻し、えへへ、ととりあえず笑ってみせる。「あ、いや、何してるのかな~、なんて」

「休んでるー」

「……。そ、そぉ~なんだ~……」

 なんと。予想をはるかに超える答えだ。

 そうして実際、なるほど確かにその通りのようだが、なにを勝手に憩っているのだ。

 戸口の土間を盗み見て、エレーンはやきもき手を握る。「あ、あの、ケネルだったら出かけてて──あっ、でも、す ぐ に 戻 る とは思うけどっ! でも、用があるなら、出直した方が──」

「あんたに用事―」

 え゛、とエレーンは引きつった。

「……あ、あたし?」

 おろおろ己を指さして、丸壁の格子をやたら見まわす。「あの、でも、留守中は誰もあげるなってケネルが。だから、その、悪いんだけど、今日のところは……」

 言葉を濁して暗に退去を促すが、ウォードは天井を見やったままだ。

 痺れを切らして、エレーンは続ける。「ね? だから、せっかく来てくれて悪いんだけど、今日のところは──」

「あんた、あいつに何かしたー?」

 だしぬけにウォードがさえぎった。

「あ、あいつ?」

 ウサギのことか?

「ホーリー」

「……ほ、ほーりぃー?──って、なに」

「馬」

 うま?

「オレより先に、こっちに来たはずなんだけどー」

「あ、えっと。その……」

 馬が? なんで訪ねてくるのだ? てか、馬が勝手に出歩いてるのか?

「張り切って駆けていったけど、なんでか逃げて(・・・)きたからさー」

「……」

 そろり、とエレーンは目をそらした。

 指の先を、そわそわいじくる。なんということ、身に覚えが 大 あ り だ。

 そう、来客つながりで思い出したのは、仕切りを蹴っていた不審者の一件。むしろ、あれを除いたら、今日はずうぅっと一人っきりで、事件も行事も何もない。

 そうか、最後にかましたあの頭突き、なるほど馬なら頷ける。常軌を逸した高さから、大男の襲撃が! とケネルには断定したわけなのだが。

 そりゃ、いくら呼んでも返事はないさ馬ならば。なら、仕切りをぼかすか蹴っていたのも、さしづめ「あけて~」との訴えか。けど、こっちが大声出したから、大あわてで逃げてった、と。てゆーか、馬!

 どーゆー意味よっ!

 失礼な馬だ。

 あぐらの足をゆるく崩して、ウォードに腰をあげる気配はない。「帰って欲しい」との仄めかしは、十分伝わったと思うのだが。

(けど、この人はだめってケネルがぁ~!)

 エレーンは爪を噛んで戸口を見、そわそわ、たまりかねて声をかける。「あ、あのね。悪いんだけど、本当にだめで──」

 ゆるいあぐらの足を解き、ぬっとウォードが乗り出した。

 ぎょっとエレーンはすくみあがる。構わずウォードは膝を立てる。

 ごろり、と床に寝転がった。

 もう片方の足を動かし、立て膝の上に足を組む。完成。──て、つまりは無視か? ノッポくん……

「──あ、あの~? だからね、」

「エレーンさー」

「っ──な、なに?」

 もー。又かい。調子が狂う。

「あんた、お姫さまみたいだねー」

「──えっ?」

 ぱちくりエレーンは瞬いた。

 ぱあっと頬を輝かせ、身を乗り出して、己を指さす。

「おっ、お姫さま? あたしが?」

 わかってるじゃないのよノッポくん。なんか、やたら唐突ではあるが。

 にまにま両手で頬を包み、えへえへ、くねくね身をよじる。「や、やーん。そっかなー。それほどでもぉー。やだもー、あたし、そんなふうに見えちゃうぅー?」

「白くて、ふわふわー」

 再びぱちくり、エレーンは瞬く。"白くて" "ふわふわー"とな?

 小首をかしげて我が身を点検。"お姫さま" で "白くて" "ふわふわー"……?

 はたと気づいて、うなだれた。

(……なんだ)

 寝 巻 き のことか。

 そういや、今日は着替えてない。寝床で過ごす予定でいたから。

 なるほど、だから「お姫さま」か。確かに、それもむべなるかな。

 フリルとレースをふんだんに使った、ドレス風の純白の寝巻き。商都でも屈指の服地店"フローラ"の高級品だ。ちなみに入手にあたっては、店の前を三日ほどうろつき、勇気と貯金を振り絞り、ぎくしゃく敷居を潜ったわけだが。

 しがないメイドの給金で、精一杯用意した嫁入り道具(・・・・・)。旅には不向きとわかっている。これは然るべき場で、然るべき時に身に付けるものだ。でも、一番に荷物に入れてきた。

 最後になるかもしれないから。

 あの彼と会うことのできる最後の機会かもしれないから。敵地で囚われたダドリーと──。

 暗澹とした気分を振り払い、上目使いでうかがった。

「──そ、それで、あのぉ~」

 足指の長い爪先を、ウォードはぷらぷらさせている。日光浴でもするかのように。

 あくびをしながら、のんびりと。

(もぉー! ま~た無視なわけぇ?)

 げんなりエレーンは嘆息し、内心密かにやさぐれる。でも、退去願わねば。

 トラビア到着の成否の鍵をケネルが握っているからには、これ以上機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。そう、なんだか知らないが機嫌が悪い。ケネルがなんでか怒ってる。何をした覚えもないのだが──

「今度はなにー?」

 え? と気づいて振り向いた。

「──あっと、だからー」

 しどもど "ケネル"から頭を戻す。てか今ごろ? てか、

(なんて気ままな人なんだー!?)

 なにか、ずいぶん変わった人だ。

 ネジの切れかけたオモチャのような、実にでたらめなタイミング。

 なぜに、こうも反応がずれる。話のが決定的に合わない。わざと嫌がらせしている(やってる)風でもないのに。もっとも時々、聞いていない節はあるが。

「む、むう~。──あのね、だからね、さっき言ってた用事っていうのは──」

 戸口の土間で、ひっくり返った布の靴。

 ひょろ長い爪先に、つるんと意外にもきれいなくるぶし。節くれ立ったなめらかな手の甲。まるきり街着の白いシャツ。ケネル達のように重装備(・・・)ではない。

 指の長い大きな裸足を、組んだ足先で、ぶらつかせている。

「も、もしかして、まだ、怒ってるとか……?」

 しどもど彼を盗み見て、思い切って切り出した。「でも、こないだのことなら、話はもうついたはずで──」

 むっくり、ウォードが起きあがった。

 エレーンはあたふた、即行、逃げ腰。急に動くな!? ノッポくん!?

 ひょろ長い足を折り曲げて、ウォードはあぐらをかき直す。

 背を丸めるようにして、ぬっと顔を突き出した。

「あんた、なんで緑色―?」


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