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6話2

「ほーら! ほーらっ! みなさいよーっ!」

 エレーンはぎゃんぎゃん、涙目でケネルに詰め寄った。

「一体どーしてくれんのよ! ケネルがあたしのこと放ったらかすから、こんなことにっ!」

「まずは落ち着け」

 悲鳴を聞いて駆けつけたケネルは、溜息まじりに見おろした。「順序立てて説明しろ」

「だっ、だっ、だから、さっきから言ってるでしょー」

 口を「へ」の字にひん曲げて、むぎゅうぅっ、とエレーンは膝の手を握る。

 びしっと戸口を指さした。「で、で、でたのよ不審者がっ!」

「不審者」

「そう! こおぉ~んなすんごい大男がそこにっ!」

「大男」

 じとり、と疑わしげにケネルは見、戸口から外へ身を乗りだす。

 視線をめぐらせ、仕切りを戻し、呆れた顔で腕を組んだ。「どこにもいないようだがな」

「──そっ、そんなはずないもん」

「悪い夢でも見たんじゃないのか?」

「違うもん! 違うもん! 絶対いたもんっ!」

 ぶんぶん首を横に振り、エレーンはクッションにしがみつく。「んもおぉぉー! ケネルちゃんと見てくれたあ~? どっかに隠れているとかさあ!」

「隠れるって、どこに」

 こんな見渡すかぎり原っぱの。

 ケネルはやれやれと歩み寄る。「周囲は常に(あらた)めている。外にはファレスもいるはずだし。どうせ、あんたの勘違いだろう」

「だっかっらっ! 違うんだってば確かにいたのっ! そんで仕切りをバンバン蹴って」

 え? とエレーンは動きを止めた。

(……な、なんで)

 戸惑い、どぎまぎ硬直する。

 肩先に、ケネルの手。

 続いて背を折り、かがみこむ気配──。

 後ずさって振り仰いだ。

 つかの間ケネルは手を止めて、だが、その手は構わず肩先をかすめる。

 肩を過ぎ、胸元を過ぎ、脇腹あたりを通過して、そして

「……なにすんの」

 ぽかんとエレーンはケネルを見上げた。

 膝から取りあげた鎮痛剤の、箱書きをケネルは検めている。

「ちょっとお。今から飲むとこなんだけど」

「飲まなくていい」

 ケネルはぞんざいに一蹴し、シャツの隠しに薬を突っこむ。「こいつは、あんたには強すぎる(・・・・)ようだ」  

「けど、あたし、それがないと」

「問題ない」

「あるでしょ絶対」

 むう、とエレーンは口の先をとがらせる。

「なにそれ。ケネルってば他人事だと思って。だって、薬やめたら、また痛くぅ~」

「薬はある。俺が作った(・・・)

 え──と顔をゆがめて硬直した。なんだ、この不吉な響きは……。

 ケネルは構わず、又か、と戸口に目を向けた。

「あんたは本当に食わないな」

 あらかた残した朝食の膳が、ひっそり床に置かれている。

「あれじゃ手つかずも同然だ。それじゃ体がもたないぞ」

「朝からあんなに食べられないもん。大体、最近、食欲ないし」

 エレーンはぶちぶち指をいじくる。はた、と顔を振りあげた。

「どっか行くの? ケネル」

 ケネルがつかつか南壁へ歩き、革の上着を取りあげたのだ。つまり、それは外出の準備。

「で、でも、今日の移動は取り止めって」

「用がある」

 む……とエレーンは停止した。

「うんっ。わかった! すぐ支度するね?」

 にっこり笑い、鼻歌でポシェットを引ったくる。「あ、まってまって? すぐだから。あたしも寝巻き(これ)着替えちゃうから!」

「誰があんたを連れて行くと言った」

「だったら、一人で残れっていうの? それって、ちょっと、ひどくない? あたしほったらかしで出かけるとか。だったらケネルも、今日は一緒に──」

「俺がいても、役には立たない。あいにく医者ではないんでな」

 むう……とエレーンは顔をゆがめる。どうして、こいつはこうなのか。

「でもお~。また、ぐあい悪くなるかも」

「ファレスはいる」

 う゛っ、と引きつる。あくまで天敵をあてがう気か?

「くれぐれも勝手に外に出るなよ」

 ケネルは話を切り上げて、そっけなく肩をひるがえす。「今日は一日、大人しく寝ていろ。誰がきても、部屋には上げるな。いいな」

「──だけどぉ~」

「わかったな」

 戸口で靴を履く横顔は、どことなく不機嫌そうだ。このままゴネれば、特大のカミナリは間違いなし。

 お出かけポシェットを抱きしめて、エレーンはぶちぶちやさぐれる。「もー。なんでそんなに意地悪すんのよー。ま~た、なんか怒ってんでしょー」

 靴を履き終え、身を起こし、ケネルが足を踏みとどめた。

「俺の時には──」

 振り向きもせずに、ぼそりとつぶやき、戸口の仕切りを片手で払う。

「……へ?」

 ぽかん、とエレーンは口をあけた。

 ぽりぽり頬を掻き、首をかしげる。今、奇妙な言葉を聞いたような? 

 そう "俺の時には──"

『 陣地がどうとか言うくせに 』 


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