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4話6

「……副長」

 カードの手を膝に下ろして、禿頭(とくとう)が決まり悪げに目をそらした。「あ、いや、俺たちは何も──」

「客に構うな」

 腹立たしげにファレスは言い捨て、ぐい、と二の腕を引っつかむ。

 力任せに引っぱりあげられ、エレーンはたたらを踏んで目をみはった。「ちょ、ちょっと何よ──」

 問答無用でファレスは引きずり、つかつか道を引き返す。

 つかんだ腕をぞんざいに振り、元いたシートへと突き飛ばした。

 とっさに手をつき、エレーンは転がる。顔をしかめて振り仰いだ。「なにすんのよ女男っ! せっかくみんなでトランプ──」

「無断でうろつくな、と言ったはずだ」

「しょうがないでしょー! だって、あたし、ずうぅっと一人で」

「うろつくな、と言ったはずだ」

「なによ。又あたしが悪いとか言う気なわけ!?」

「あんたが悪い」

「はああっ!? なに人のせいとかにしてくれちゃってるわけ? 元はといえば、あんたのせいでしょ。あたしのこと、ほったらかしにして、中々戻ってこないから」

「誰のせいだと思っていやがる」

「──はああっ!?」

「姫さんは悪くないっすよ」

 ファレスの背後で声がした。

 日ざしを弾く黒眼鏡(めがね)、そして、潔いあの禿頭。カードで隣だったあの彼だ。

 黒い眼鏡がこちらを見、立ったままのファレスに目を戻す。

「ずいぶん戻りを待ってましたよ。副長の言いつけ大人しく守って。けど、一人じゃ、さすがに持て余すでしょう。だから、まあ今回は、大目に見てもらえませんかね」

「休みは終わりだ。支度をしろ」

 ファレスは苛立ったように顔をしかめた。

「総員に連絡。所持品をまとめて、速やかに集合」

 禿頭はためらうようにこちらを見、だが、息をついて肩を返した。

「──了解。(ただ)ちに知らせます」

 ひょろりと痩せた長身が、木陰で各々休息している群れの端へと歩いていく。ファレスはその場に立ったまま、立ち去る背を見やっている。

「ちょっと! いきなり、なにすんのよ」

 尻もちついたシートから、エレーンはその顔を睨めつけた。

「あんたが乱暴に突き飛ばすから、すりむいちゃったじゃないのよ野蛮じ(ん──)」

 目を向けたと思った途端、ぐい、と胸倉をつかまれた。

「──ちょっと! なにすんの。痛いじゃない!」

 ぎりぎり喉を圧迫され、エレーンは胸苦しさに首を振る。

「いいか、じゃじゃ馬。覚えておけ」

 ファレスは容赦なく締めあげる。

「捨てていかれたくなかったら、俺の指示には必ず従え」

 荒っぽく、シートに手を払う。

 再びエレーンは尻もちをつき、顔をしかめて食ってかかった。「──痛ったあい! なにすんのよ女おと──」

「今度勝手に消えてみろ」

 怒気をはらんだその声が、問答無用で抗議をさえぎる。

「こんなもんじゃ済まねえからな」

 びくり、とエレーンは竦みあがった。

 鋭い視線に気圧されて、へなへなシートにへたりこむ。

 ファレスは構わず身をかがめ、敷いていたシートを畳み始めた。

 追い立てられて身をよじり、エレーンはあわてて立ちあがる。あっけなくシートから追いやられ、抗議をこめて睨みつけた。だが、ファレスの端整な横顔に、気遣うような色はない。

 冷たいその顔を凝視して、エレーンは軽く唇を噛んだ。すりむいた手の平が、ひりひり痛む。うっすら血までにじんでいる。

「……さ、最低っ」

 萎えた気持ちを奮い起こして、わななく唇を強く噛んだ。

「ほんと、あんたって最低よねっ!」

 たぶん、そうだと思っていたが、やっぱり、この男が大嫌いだ!

 ファレスは手際よく荷物をまとめ、ザックを担いで歩き出す。

「行くぞ」

 むくむく反抗心が湧き起こり、エレーンはふてくさって、そっぽを向く。「偉そうに」

 腕が、乱暴につかまれた。

 ぐい、と手荒く引き寄せて、ファレスは冷ややかに睨めつける。

「行くぞ。聞こえたか」

 眼光の鋭さに思わずひるみ、エレーンは小さくうなずいた。

「……わ、わかったわよ」

 ファレスが腕をつき戻し、肩を返して歩き出す。

 エレーンは顔をゆがめて凝視した。

「なっ、なっ、なによ……」

 すりむいた手を握りしめ、指先の震えをなんとか押さえる。

 ぷい、と連れから、そっぽを向いた。

 それでも足をぶん投げて、長髪の背について行く。癪にさわるが、駄々をこねても仕方がない。あの男がどんなに嫌でも、別の道を行く選択肢はないのだ。

 だが、腹立ちはやはり治まらない。

「ほんとは感動してたのに」

 せめて、その背を睨みつけた。

「あんただけだもん、あたしのお見舞い来てくれたの。けど、もうやめたから!」

 結構はっきり言ってやったが、ファレスはやはり取り合わない。

「ねえ聞いてるー? 見直したけど、やっぱ、よすから! あんたのこと許さないから!」

「勝手にしろ」

「なっ、なっ、なによなによその言い草!? いいわけ? それでも! だ、大体ねー! ありえないでしょ、あんなのは! いきなり爆弾で吹っ飛ばすとか、どういう神経して──」

 じろり、とファレスが肩越しに睨んだ。

「──なっ、なによ……」

 ぎくりとひるんで後ずさる。

 わたわた顔をゆがめていると、ファレスが軽く顎を振った。

「くっ喋ってねえで、早く来い」

 すげなくひるがえった長髪に、頬を引きつらせて地団太を踏む。

「……なっ、なっ、なによお……!」

 すでに大勢の傭兵たちが、馬を木陰から引き出していた。

 ファレスが出した今の指示から、まだいくらも経ってないのに。

 集合する時間など聞いた覚えはなかったが、皆、見当はつけていたらしい。元より彼らは日頃から、解散、集合、後片付け、とどんな動作も常に手早い。

「あーもう! どーしてくれんのよー」

 抗議はするも相手にされず、エレーンはしつこく文句を垂れる。

「すりむいたじゃないのよ、あんたのせいでぇ」

 やはり、その背は振りかえらない。

「あたしの話ちゃんと聞いてるー? ほらあ、見なさいよ、この右の手ぇ。あんたのせいだからね、あんたのっ!」

 鬱陶しげに柳眉をひそめて、ファレスが肩越しに一瞥をくれた。

「ホイホイついて行くからだ。ガキでもあんたより分別がある」

「──あ、あたしは別にホイホイなんて!」

 エレーンはまなじり吊りあげる。「だって、ほら。当分一緒に行くんだし。なるべく、みんなと仲良くしないと」

「馬鹿か、あんたは」

 面食らって立ち止まった。

 ぞんざいな一蹴に二の句が継げず、一拍遅れて、むっとする。「……し、信じらんない。なによ、いきなり馬鹿よばわりとか」 

「自覚がねえようだから言っておく」

 辟易としたように嘆息し、ファレスが大儀そうに振り向いた。

「奴らがあんたを、どんな目で(・・・・・)見ていると思う」

 とっさにエレーンは口ごもった。「──ど、どんなって」

 ファレスは横顔で冷ややかに見ている。

 何も言わずに肩を返した。

 はあ!? とエレーンはその背を見かえす。

(そこまで言っといて 無 視 ってどーよ!?)

 言うなら最後まで言いなさいよねー、とぶちぶち一人ごちながら、長髪の背について歩く。

「もー。せっかく、うまくいってたのにさ」

 これみよがしに皮肉るが、やはり、ファレスは耳も貸さない。

 何を言っても相手にされず、エレーンは口を尖らせた。ファレスは勝手だ。身勝手だ。いつもこんな調子だから、今の五人と首長らを除いた他の多くの同行者とは、未だに口もきいていない有り様なのだ。

 ちょっとでも誰かと一緒にいると、ファレスがことごとく追い払ってしまう。ケネルに意地悪するよう言われてでもいるのか? そりゃ、柄の悪い連中に、絡まれた時には助かった。でも、今のは問題ない。ただ、平和に遊んでいただけだ。大体それだって元はといえば

「自分が帰ってこなかったくせにさー……」

 爪先の小石を蹴りやった。

 理不尽さが胸に込みあげ、ふてくさって、そっぽを向く。「なによ、横暴―」

 出立の用意を始めた彼らで、緑の草原は賑わっている。原野一面に人馬が広がり、低く、広くざわめいて──ふと、そこ(・・)で目を止めた。

「あっちに乗せてもらうから!」

 ぷい、と殊更に顎を振り、ポシェットをつかんで駆け出した。

 ファレスが振り向いた気配がしたが、エレーンは構わず道をそれる。

「ケネルにも言っといて!」

 もう、一時も一緒にいたくなかった。こんな腹立たしい野蛮人とは。

 馬を引き、思い思いにたむろす一団、そのざわめきの先に、彼はいた。馬にもたれて喫煙しながら、まわりの数人と話している。革の上着のたくましい肩、顔を覆う無精ひげ、山賊のような黒い蓬髪。

「アド~! あたし、そっちに乗りた~いっ!」

 声に蓬髪が振りかえり、苦笑いして煙草を捨てた。顔をしかめて紫煙を吐き、ごつい靴裏でそれを踏み消す。

 来い、というように手を広げた。

 到着するのももどかしく、エレーンは笑顔で懐に飛びつく。

 よっ、と両脇を持ちあげて、苦笑わらってアドルファスが馬の背に乗せた。

 ファレスはそこで足を止め、眉をひそめてこちらを見ている。怒鳴りこんでくるかと思ったが、無言で目を据えているだけだ。

 蓬髪の首長に一瞥をくれ、道の先へと歩き出す。傲慢無礼なファレスでも、首長に難癖つけるのは、さすがに憚られるものらしい。

 ざまあみなさい、と舌を出し、エレーンは笑って首長に振り向く。「こないだは、ごめんねアド。せっかく来てくれたのに、あたし、いつの間にか寝ちゃってて」

「どうだ。熱は下がったか?」

「うんっ! 下がった下がった! もうばっちり!」

 ひょんなことから仲良しができた。

 山賊みたいな蓬髪の首長、一隊を預かるアドルファスだ。背中を斬りつけた張本人でもある。でも、そのわだかまりは、今はない。

 あれは、もう済んだこと。きっちり、この手で終わらせた。彼は誠心誠意謝ってくれたし、こちらの味方とまで言ってくれた。そう、傭兵団ここでできた初めての

 味方──。

 ふと、エレーンは振り向いた。

 味方といえば、とあの(・・)顔を探す。四面楚歌の嵐の中で、一人で盾になってくれた。もっとも、態度はそっけないが。

 ざわめきに呑まれた人馬の群れ。その先の森に姿があった。

 木陰にもたれて喫煙している。少しだけ顔をしかめて、あのファレスと話している。アドルファスの馬で移動する旨、報告を受けているのだろう。

 ふと、戸惑いが胸をよぎった。ケネルは誤解しなかったろうか。

 とっさにこっちに駆けてきたのは、ケネルを避けた訳ではないのだ。原因はあの乱暴者、報告している長髪の方だ。ケネルのそばにいつもいるから、奴を避ければ必然的に、こうならざるを得ないわけで──

 ふと、物思いから顔をあげた。

 あっけにとられ、たじろいで見まわす。

(な、なに? どしたの急に)

 周囲にたむろす傭兵たちが、首長とこちらを見比べていた。いずれも怪訝そうな面持ちで。首長と親しいのが、そんなに意外か? 

 だが、変なのは、それだけじゃない。何か、いつもと様子が違う。そう、さほど感じない。あんなに憂鬱だった嫌な視線を。冷やかしもしなければ、口笛も吹かない。そのくせ視線がかち合うと、決まり悪げに目をそらす。なぜ、急にそんなふうに……

(──もしかして)

 はっと原因に思い当って、後ろに乗りこんできた蓬髪を、戸惑いまじりに盗み見る。

「なんでえ。どうした」

 首を振る馬をなだめつつ、アドルファスが苦笑いで見おろした。

「あっ、ううん! なんでもない」

 あわてて、エレーンは首を振る。

 そろりそろりと身を寄せて、たくましい肩に恐る恐るもたれた。「アドと友達で、ほんとに良かった」

「──なんでえ、いきなり」

 いかめしい顔が相好を崩し、ごつい手が頭をなでくる。子供にするように、ぐりぐりと。

 エレーンは微笑って顔をすりつけ、手放しの安堵を噛みしめる。

 頭に手の平が置かれていた。

 重く大きな、ごつい手の平。誰かの父親の大きな手──。

 味方と言ってもらえただけで、どれほど心強かったかしれないが、こんな連鎖の波及があるとは。しかも、こんなに実質的(・・・)な。

 ぴたり、と冷やかしが消えていた。あんなにしつこかった冷やかしが。

 あれほど無礼だった傭兵たちが、あからさまに態度を改めている。確かに上役と懇意では、さすがにそうそう手出しはできまい。

 あのファレスとの喧嘩別れが、予期せぬ効果を生んでいた。首長との仲の良さを図らずも周囲に知らしめ、意図せぬ方向へ導いたのだ。

 肩から力が抜けていき、エレーンは首長にもたれかかる。

(……これで、もう大丈夫)

 損なうことは、誰にもできない。あのファレスでさえ引き下がった、群れの上位者の面目を。

 この旅一番の心配事が、あっさり払拭されていた。

 心の底から安堵していた。皆からじろじろ見られたり、冷やかされたりしたけれど、やっと軌道に乗り始めた、それをひしひしと実感している。首長が味方なら百人力。もう、おびやかされる事はない。嫌な思いをすることはない。トラビアは遥か大陸の西で、どうなることかと危ぶんだが、これでなんとか

 乗り切れる。

 

 馬群は南下を開始した。

 馬たちの蹴立てる轟音が、たちまち全身を包みこむ。

 必死で首長にしがみつき、エレーンは顔をゆがめていた。こうして同乗しているならば、彼と色々お喋りしたいが、体ががくがく揺さぶられ、話をするのもままならない。

 豪放磊落な見た目の通り、首長の馬さばきは、いささか荒い。

 騒々しい人いきれ。

 大地を蹴りつけるひづめの轟音。夏の焼けた太陽が、頭上に絶えまなく降りそそぐ。

 上下の激しい揺れの中、エレーンは向かい風に顔をしかめる。今までの道中では、何も気にせず話していたのに。ケネルの馬に乗っている時は。

 目が、まわる。

 なんだか、頭がくらくらする。馬群が大地を蹴散らしている。格段に数を増した馬たちが。馬群の轟音に包まれて、エレーンはそっと振りかえる。

 目が、知らぬ間に姿を探した。

 胸が騒ぎ、気が急いた。強く虚空に凝らした意識が、かすかな異変を探り当てる。ぴん、と張りつめた糸のように、一方向に引っぱられる感じ。

 さしてさまようこともなく、あの姿を視界に捉えた。

 伴走している長髪と、何か話しているようだ。手綱をさばき、前を追い抜き、流れるように前へと出て行く。分厚い馬群の向こう側に、あの黒髪が遠ざかる──。

 ふと、ケネルが振りかえり、驚いた顔で目をみはった。

「おい! 危ねえ! 乗り出すな!」

 耳元で怒鳴り声。強く胴が引っ抱えられる。

 手綱が強く引き絞られ、馬のいななきが(とどろ)いた。

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