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4話5

 つるりと髪のない丸い頭。その下に黒いメガネ。いぶし銀のピアスをしている。

 ここの人たちの大半は、町でもよく見る短髪か、身形に構わぬ蓬髪なので、ここまで潔い髪型というのは──髪のすべてを剃りあげた、こんな禿頭とくとうは珍しい。いや、潔いというよりむしろ、常にこれを維持するとなると、逆にたいそうな手間ではないか?

 黒メガネの禿頭は、高い上背を少し屈めて、いぶかしげに首をかしげる。「何かご用? お姫さん」

「お、お姫さん?」

 飛びのいた先でへたり込み、エレーンはぽかんと相手を見あげた。「って、あたしのこと?」

「紅一点でしょ? あんた、ここの」

 言わずもがなの口ぶりであしらい、禿頭は親指で群れをさす。

 ぶらり、と肩で振り向いた。

「で、俺らになんか用?」

「──あっ──えっと、その──用ってほどのことでも、ないんだけど」

 てか、二人かと思ったら、

 三人なのかー!?

 そうは思ったがおくびにも出さず、あくまで愛想笑いで身をよじり、エレーンはもそもそポケットを探る。

「あ、あれ……?」

 手応えのなさに首をかしげ、ばたばた我が身を総点検。

 え゛と顔を引きつらせ、全ポケットを探しまくった。

 今の今まで持っていたのに、一体どこへいったのだ。確かにかばんから出してきた。そして、ポシェットから持ってきた。そこまでは間違いない。なのに、なんで、どこにもないのだ? 持ってきたはずの

 ──小道具が。

 すっ、と視界に手が伸びた。

「これか?」

 指の長い手の平だ。その上に乗っているのは、見覚えのあるトランプの紙箱? 

 てか、なぜに後ろから(・・・・)手が伸びる……? いや、そういやそもそも、この感触──座りこんだ(もも)の下に、木幹とは思えぬ奇妙な弾力。さっきしがみついた手の平にも、どこかで馴染んだぬくもりがあったし。あれを何かにたとえるならば、そう、人の頭か何かのような……

 ぎゃっ、とただちに飛びのいた。

「──ごっ、ごめんなさいっ!」

 幹にもたれて見あげていたのは、短い頭髪の若い男。声をかけるのをためらっていた、手前にいたあの男だ。つまり、あの膝に座っていたらしい。あまつさえ、とっさにぶん投げたトランプまで──てか、

 無反応?

 乙女が膝に乗ったというのに、まったく微塵も反応なし!?

(どーゆーことよ……)と内心でつっこみ、エレーンは腑に落ちない思いで立ち尽くす。

 短髪は立て膝に腕を置き、黙ってこちらをながめている。いきなり膝に座られた今の無礼を怒っているのか? あの、むっつりとした無表情は。いや、とうに"むっつり"など通り越した、凪いだような静かな面持ち。もしや、何かを

 悟ってる?

 手の上の紙箱を、軽く振って、短髪が促す。

 はた、とようやくエレーンは気づいて、あわあわ手を出し、受けとった。「あ、ありがと……」

 てか、あくまで寡黙かこの男……。

「そりゃ驚くっしょ。いきなり真後ろに立たれてりゃ」

 ぶっきらぼうな声がした。

 "悟り男"の向こう側、かなそうな横顔の、脱色したようなぼさぼさ頭だ。

 白っ茶けた枯れ草色の、目にかかるほどの長い前髪。干乾びたような髪は意外と長く、うなじで一つにくくっている。やはり先と同様に、巨木の木陰でもたれつつ、面倒そうに横目で見ている。

 口の先をとがらせ気味の、ふてぶてしい顔つきを、意外な思いでエレーンは見やった。どこかキツそうな印象の彼だが、今の非難がましい口振りは、もしや余所者(よそもの)をかばってくれた──?

 脱色頭が、じろり、と見た。「で、なに。なんか用」

「……。え……あっとぉ……」

 つっけんどんに問い質され、エレーンはむなしく空笑った。ああいう口調は元々か……。

 もたれた幹で顔だけ向けて、脱色頭はじっとり見ている。悟り男も禿頭も、こちらの応えを待っている。

「あ、あのっ! 決して、怪しい者じゃ──!」

 不審げな視線を一身に集めて、エレーンはあたふたうろたえる。「お、女男が戻ってこなくて、なんかずっと、あたし一人で──だから、そのっ!」

「──トランプねえ」

 別方向から声がした。

 溜息まじりの、今の三人より野太い声、二人が座った巨木の向かい──樹海の苔むした大木の脇から、ぬっ、とひげ面が顔を出す。

(──い゛っ!?)

 エレーンは引きつり顔で飛びすさった。

 太鼓腹をひねって見ていたのは、ひげ面の中年親父。なんの気配もなかったのに。

 もはや、もうなすすべもなく、エレーンはぎこちなくあいまいな笑み。話に入ってきたところをみると、もしや、そこまでが一組か?

 ちなみに、年代に開きがあるが──同世代っぽい先の二人と、それより上と思しき禿頭、そして、中年の太鼓腹──てより、太鼓腹はどう見ても、皆より一回り上っぽいが、そこはいいのか? 一つの仲良しグループのくくりで?

「──まあ、いっか」

 突っ立って見ていた禿頭が、元いたシートを振り向いた。

「副長もいないみたいだし」

 肩をすくめて、横を通過、ぶらぶら歩いて腰を下ろす。

 ふと、あぐらで目を上げた。

「座ったら?」

 そう促した顎の先、悟り男の膝との間に、一人分の空きがある。

 悟り男が身をよじり、雑誌をとって、無言で敷いた。

「あ、ありがとっ……」

 エレーンは引きつり笑いで礼を言い、そそくさ雑誌に座りこむ。想定外の事態だが、迷惑をかけた悟り男に、そこまでされては座るしかあるまい。

 えへへ、と左右に愛想を振りまく。「お、お邪魔しま~す……」

「なら、いっちょ、やりますか」

 向かいの大木の太鼓腹が、のっそり大儀そうに腰をあげた。て、参加するのか? トランプ遊びに?

 太鼓腹は振りかえり、肩越しに軽く目配せする。

 ぬっ、とあごが、大木の向こうに出現した。

 続いて、縦長の顎ひげの顔。

 のっそり、当然のごとくに現れたのは、上背のある大男。

 二人はぶらぶら歩み寄り、禿頭の横にどっかり座る。

(な、な、なんで、こんな大所帯に……?)

 エレーンは絶句で見届けた。初めに声をかけた時には短髪一人だったのに、なんだ、この芋づる式は……。

 一人のつもりが二人いて、二人かと思えば三人で、三人と思えば四人いて、これで終わりと思いきや、太鼓腹の向こうに

 もう一人、いた。



「──ご苦労さん」

 隅に寄せた空き箱に、禿頭の黒メガネが手を伸ばし、二、三まとめて片手でつかんだ。

 かたわらで口をあけた大きな袋に、無造作な仕草で、それを突っこむ。

 袋を持って立っているのは町着姿の二人組、弁当の空き箱を回収していた調達班の人たちだ。カード遊びの車座を見、困惑したような顔をしている。いや、初めから様子は変だった。

 樹海の木陰に広がるシートを、ぶらぶら回収して歩いていた彼らは、この車座を見つけた途端、あぜんとその場で凍りついた。更には、輪に()じったこちらを見つけ、ぎょっとあからさまに引きつった。そして、元いたシートを振りかえり、まじまじ絶句で振り向いた。(ここにいたのか……)という顔で。そりゃあ、向こうのシートが無人で、回収に支障はあったろうが、そんなに不思議な出来事か?

 ちなみに、調達班の人たちというのは、わりと横柄な感じなのだが、ここの彼らに対しては、いやにペコペコしていたような──?

 手元の扇に、エレーンは、うーむ、と顔をゆがめ、半袖の腕をぼりぼり掻く。

 ふと、カードから目をあげて、い゛? と頬をひくつかせた。

(……ぬう。きさま、なんのつもりだっ)

 向かいに座ったおっちゃんが──太鼓腹の中年親父が、さっきからちょくちょく人目を盗んで 変 顔 キメてくるのはなぜなのだ?

 総勢五人と円陣を組み、持参のカードで勝負を挑む。

 だが、挑んだ相手が悪かった。

 そう気づくのに、さして時間はかからなかった。というのも、

(……えー。ちょっとお~……)

 一同に視線をめぐらせて、エレーンは顔を引きつらせる。そう、それというのも、車座で集った面々は、誰ひとり表情が読めないからだ。

 悟り男は淡々としてるし、太鼓腹と大男も常にぬぼ~ととぼけてて、どれだけ回を重ねても、なんの反応も示さない。隣の禿頭にいたっては、そもそもあの黒いメガネで、どんな表情を浮かべているのか、まったくもってさっぱりだ。辛うじて突破口になりそうなのは、はす向かいの脱色頭か。己のカード()に異変があると、むに、と口を尖らせる。

 ちゃりん、と小銭が、車座の中央に積みあがる。

 遊びというのに、実に静かだ。誰も笑わず、わめかない。もっとも、これは ポ ー カ ー というゲームではあるが。

「……う゛……ううっ!」

 エレーンは顔をゆがめて頭をかかえる。なんということ、世間は広い。ポーカー遊びは得意のはずが、何事にも上がいる──。

(あっ!──またっ!)

 うつろな沈黙の間隙をつき、向かいにいる太鼓腹が、又も変顔キメてきた。

 あやされているような気もするが、あれにはなんぞ意味でもあるのか? 

 周囲はたぶん気づいているのに、誰も彼もが反応しない。いや、太鼓腹の隣の大男だけは(ゲームの進行とは無関係なところで)うひゃうひゃ笑いをこらえているが、ぴん、と小指がおったってるのが、個人的にはむしろ気になる──

「ほい、あがり」

 ほえっ? と声を振り向くと、隣に座った禿頭が、手持ちのカードをほうり投げ、中央の賭け金を集めていた。

 むぎゅう……とカードを握りしめ、エレーンはふるふる打ち震える。ならば、今の変顔は、動揺を誘い、ゲームに集中させまいという、姑息な陰謀だったのか。てか、

 ──こいつら全員グルだったのかー!? 

 とはいえ、

 負けは不思議と回収できた。

 しばらくすると隣のハゲが、やがて太鼓腹と大男が、決まってポカをやらかすからだ。

 そう、世の中はしょせん、差し引きゼロ。姑息に悪事を働いても、いつかどこかで帳尻が合う。

 ボロ負けした隣のハゲに又も窮地を救われて、ほっとエレーンは息をつく。ああ、神様って、やっぱりいる。そうだ。これ以上負けてなるものか。ただでさえ懐が寂しいのに。

 斜向かいの脱色頭が、どうでも良さげに、ちら、と見た。「なに。そのいじましい賭け方」

「……む、むぅ。仕方がないでしょ。お小遣いピンチなんだからっ」

「姫さんって、領家の奥方じゃなかったっけ?」

「あそこじゃ、お金持たしてくんないもんっ!」

 ハゲの声にトゲトゲ返答、かがんでワシワシ小銭を回収。

 それにしても、と五人を見る。今更ながら、実に不思議だ。かなり近くに歩いてくるまで、まるで気づきもしなかった。五人もの人がいたというのに。

 というか、そもそも、どうして群れから離れて、こんな隅っこに座っているのだ? 孤独を好むたちなのか?──あ、いや、一人ならまだしも五人だし。なんというのか、人目を避けて(・・・・・・)いるかのように──

 はた、とエレーンは息を呑んだ。

 相変わらず無表情な面々から、どぎまぎ密かに目をそらす。

 ちら、と一同を盗み見た。

(そ、そっか。そういうことか。なんて不憫な……)

 そういう(・・・・)事情があったから、だから相手にしてくれたのか。たぶん──いや、きっと、そうだ。彼らは仲間に

 嫌われている(・・・・・・)

 だからこんな端っこの、仲間はずれ的なポジションで、ひっそり隠れるように座っていたのか。

(……あれ? だけど、それだと──)

 たった今、結論したそばから、エレーンは密かに首をひねる。

 だが、そうなると腑に落ちない。さっき空き箱を回収にきた、調達班の二人の態度が。

 嫌われているというわりには、対応がどこか、よそと比べて丁寧だった。彼らをぞんざいにあしらってなどいないし、むしろ彼らに遠慮さえしていたような──?

 ふと、地面の木漏れ日に目をやった。

 横座りの靴に影が落ち、急に日ざしが遮られたのだ。

 パキ──と枯れ木を踏みしだく音。

 怪訝に音を振り向いた刹那(せつな)、「おい!」と険しい声がした。


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