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1話2

 どれも似たような革の上着で、皆、似たような背格好。

 ぜい肉などとは縁のない、しまった筋肉質な体つき。細身の人でもがっちりしていて、町で見かける人々のような腹の突き出た中年太りや、ひ弱そうな薄い肩など、ここでは一人として見かけない。頬は硬く引きしまり、その眼光はいずれも鋭い。

 人馬のざわめきに囲まれて、エレーンはぶちぶち膝をかかえる。

 ケネルは休憩に入るなり、さっさと木陰に腰を下ろして、腕を組んで目を閉じてしまった。断りも気遣いも一切ない。てか、少しは気を使ったらどうなのだ。こんな可憐な乙女が一人、勝手が分からずまごついているのに。

 樹海の裾に広がって、傭兵たちが談笑していた。

 大柄、細身、機敏そうな者、ひょろりとした者、四角い顔──皆カレリア人より上背があり、腰には短刀をさしている。恐らくその大半がケネルと同世代の二十代から三十代、だが、上は四十代らしき風貌までいる。

 ターバン、黒めがね、むさいひげ面、その顔ぶれは様々だ。ケネルのようなよくある変哲もない髪型の他にも、こざっぱりとした短い髪、ぼさぼさにしたままの蓬髪もいる。そして、総じて言えることは、あんなに長い頭髪は、あいつ(・・・)一人だということだ。

 あの(・・)女男も、そこにいた。

 一応あれは顔見知りだが、顔を合わせても、にこりともしない。やぶ睨みのような三白眼で、じろりと一瞥をくれたきり。

 面倒そうに顔をしかめてジロジロながめているだけで、様子を()くでも労わるでもない。馬群に入り混じっての移動など、こちらの方は不慣れだというのに。てか、普通はこんなの不慣れだが。

 さらさら、ざわざわ、樹海の(こずえ)が鳴っていた。

 空の高みで鳥が羽ばたき、鋭い鳴き声が森をつらぬく。

 日ざしを青く照りかえし、果てなく草海が広がっていた。ゆるやかな起伏と、空との境の遠い山脈、旅につきものの宿屋どころか人家の影さえ見当たらない。

 見渡すかぎり原野だった。

 冷涼でうららかな大自然──。

「……なんで、あたし、こんな所に」

 ぽつねんとエレーンは膝をかかえて、ひとり呆然とたそがれる。

 はっ、として身構えた。

 どぎまぎしながら顔をしかめ、自分の靴先に目を落とす。

(又だ……)

 嫌な視線を、頬に感じる。

 一緒にいるケネルの手前か、面と向かってはやしはしないが──。

 それ(・・)には、とうに気づいていた。

 それでも、これまで気づかぬ振りで、務めて明るく振舞ってきた。余計な波風を立てないように。

 けれど、さすがに居たたまれない。

 もじもじケネルを盗み見る。ケネルは木陰で腕を組み、その瞼を閉じている。すっかり寝入ってしまったか──。

「……あの、ね」

 ケネルに呼びかけた口を閉じ、溜息まじりに目をそらした。だって、なんて言えばいい。

 同行している傭兵たちから、不躾な視線を向けられていた。

 あからさまな好奇のまなざし。露骨にいやらしい値踏みの視線。でも、何をされたわけでもない。

 彼らは遠巻きにしているだけ。ちょっかいを出すでも、からかうでもない。精々これ見よがしに口笛を吹く程度で。

 それはケネルも見ているはずだが、ケネルが気にする素振りはない。男ばかりの集団だから、もしや、よくあることなのか。大体苦情を言おうにも、相手がこのケネルでは──。

 ちら、とうかがい、かかえた膝にうなだれた。

 やっぱり、どうにも気が引ける。いや、言いにくいにも程がある。だって、彼とて若い異性で、聞いてはいないが、年も近い。親子くらい離れていれば、相談するにやぶさかではないが。

 とはいえ、彼らは帯刀している。もしも、物陰に引っぱりこまれ、あんなものを突きつけられたら──。

 ぶるり、とすくみあがって首を振る。そそ……とケネルにすり寄った。

(な、なるべくケネルから離れないようにしよう……)

 うむ、と密かに、断固としてうなずく。そんな事態になったらば、非力な乙女になす術はない。だいたい自衛をしようにも、治安の良いカレリアで、刃物を持ち歩く者などない。

 ふと、地面から目をあげた。

 視界の端に影がさし、革靴の先が割りこんだのだ。

 怪訝に見やって相手を認め、うっ、と顔が思わず引きつる。この、額でわけた長髪は──

「──なっ、なによなによなによっ!」

 拳を握って後ずさり、にらんだ背中で、樹幹みきに張りつく。

 あの男が立っていた。

 ディールとの開戦と同時に、数百の兵を爆死させ、平然としていた冷血漢。すらりとした細身の長髪、女性と見紛う、おそろしく端正な顔だちの、傭兵団の副長ファレス。

 樹海の木陰でめいめい休む、部隊を見やった目を返し、じろり、と天敵が振り向いた。「──おい」

「や、や、やる気っ!?」

 ああ、いつもいつも思うことだが、なんでこの女男(こいつ)、にこりともしない!? 顔が超きれいなだけに、居るだけでやたら迫力がある──!

 今日も不愛想な女男が、柳眉をしかめて身じろいだ。

「そろそろ出ねえと、日が暮れるぞ」

「どこだ」

 反射的に言い返す直前、声がおもむろに後ろで応じた。

「北の脇道から三本目」

 淀みのないファレスの返事に、ケネルが幹から背を起こす。

 つまり、ファレスが話しかけた相手は、ケネルの方だったらしい。──て、ここにいるのに、こっちは無視か!?

 ケネルが膝に手をおいて、大儀そうに立ちあがった。

 顎でファレスがさした方へと、樹海に沿って歩いていく。てか、今の今まで寝てなかったか……?

 平然としたその顔を、エレーンはあぜんとシートで見送る。

 ──さてはタヌキ寝入りか!? このタヌキ!

「て、え?──あ、ちょ、ちょっと!」

 はた、とだしぬけに我に返った。

 脱ぎかけのブーツをとんとん履いて、(すそ)を払って立ちあがる。

 つんのめりそうになりながら、あたふたケネルを追いかけた。

「ど、ど、どしたの急に。どこ行く気っ?」

 ケネルは構わず歩いていく。応えもしなければ、見向きもしない。ぶらぶら歩いているようなのに、その実、足取りは結構速い。

 息切れ寸前でわたわたしつつ、はっし、とケネルの上着をつかむ。

 ケネルが溜息まじりに振り向いた。

「なんで、そんなに俺に引っつく」

「……むぅ」

 鈍感。

 上着をつかんだ手を払い、ケネルはいかにもうるさげな顔。「放してくれ。歩きにくい」

「だっ──」

 だったら、手下をどうにかせんかい!?

 ──て、ビシッと言えたらいいのにな~……

 恨みがましい上目使いで、エレーンは口を尖らせた。

「……だっ、だってえ」

 ほんの三秒足を止め、ケネルがすげなく肩を返した。

 さっさと歩き出した革ジャンを、あわててエレーンも追いかける。うかうかしてると置いていかれる!?

 駆け足に近い早足で、あくせく後をついて行くと、行く手に馬が現れた。

 黒光りした大型馬だ。木陰で草を()んでいる。額の白斑に見覚えがあった。青鹿毛と呼ばれるケネルのあの馬──。

 遅まきながら、そうか、と気づいた。女男がこっちを無視して、さっきケネルに言っていたのは──。

 ケネルを追う肩越しに、あぜんとして振り向くと、つややかな長髪をひるがえし、別の方向へ向かっている。他の人にも連絡しに行くらしい。

 そのやたら目立つ長髪と、さっさと歩くケネルの背中を、交互に見やってエレーンはまたたく。

(……。なにこいつら。なんで、あれだけで、わかるのよ~)

 さっきの「どこだ」「~三本目」のやりとりだけで、馬の置き場所と分かったらしい。


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