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4話4

 半分以上昼食を残して、ケネルからもらった鎮痛剤を飲んだ。

 薬屋でよく見る、いわゆる定番の錠剤だ。

 のどかで穏やかな昼の休憩。

 同行している傭兵たちは、樹海の木陰に広がって、思い思いにくつろいでいる。木陰で連れと喫煙する者、森の風道でたむろす者、仲間とばか笑いしてる者、体を伸ばして寝転がった者。

 木陰に広げた防水シートに、靴下になった足を投げ、何気なく身をよじる。

 そっとエレーンは嘆息した。まったく、つくづく不公平だ。あんなふうに寝転がれれば、けっこう体も楽なのに。

 同じ姿勢で馬に揺られて、あちこち節々が()っていた。だが、寝転がると叱られるので、やむなくシートに後ろ手をつき、ぼうっと空をながめている。ちなみに、叱るのは、あの(・・)ファレスだ。投げ出した足のかたわらには、食事を終えた折り詰めが、食べ残したままで置いてある。捨てると、奴が怒るからだ。

 食べ残しを捨てようとすると、ファレスが見咎め、取りあげる。そして、きれいに平らげる。自分の折り詰め(ぶん)からにした後に。むろん「嫌だ」と断った。そうだ。誰がそんなこと。誰が間接キスなんか──!

 ファレスは弁当を掻っ込みながら、いかにもうんざりと顔をしかめた。

『何を勘違いしていやがる。もったいねえだろうが、食えるのによ』

 そして、じろりと()めつけた。

 "食い物を粗末にするんじゃねえ"

 膝を立てて両腕でかかえ、エレーンはげんなり嘆息する。「……まったくもー、なんだかな~。あんなきれいな顔なのに」

 見た目と中身がまるで違う。

 ちょっと他では見ないほど眉目秀麗な美形のくせに、ひとたび口を開けばアレだ。柄は悪いわ、性格は悪いわ、その上、食い意地が張ってるわ。まったくあんなに毎度毎度、よくも完食できるものだ。あんなぺったんこのお腹のくせに。いや、腹周りのことだけじゃない。吊り目の三白眼だが美形だし、髪だってツヤツヤのサラサラで──絶対努力なんかしてないくせに! まったく世の中不公平だ。男が無駄にキレイでどうする! てか、少しは女子こっちに回したらどうだ!

 むなしい溜息で、横を見た。

 木陰に敷いたシートの上で、食べかけの折り詰め弁当が、ちらちら木漏れ日を浴びている。ずいぶん前に席を外して、ファレスはまだ戻らない。

 急用でも思い出したか、食べていた弁当を脇に置き、いきなり立ちあがったかと思ったら、せかせか森へと歩いていった。ケネルといいファレスといい、まったくせわしない連中だ。こんな食事の時にまで、一体どこへ行ったというのか。

 がらんといたシートの向こうで、傭兵たちがざわめいていた。それぞれすでに食事を終えて、木陰に広がって寛いでいる。街着姿の男が数人、大きな袋を引きずって、シートを渡り歩いている。皆に弁当を配っていた調達班の面々だ。

 食後、彼らはいつもああして、弁当の空き箱を回収にくる。向こうが済めば、こっちの番。ここは一番端だから、彼らにすれば最後のシートだ。

 馬を降りて休憩に入ると、ファレスは必ず延々と歩いて、傭兵たちの大群が途切れる端の端まで連れていく。そして、一番端のグループから、少し離してシートを敷く。だから、いつもここだけが、ぽつんと一つだけ離れ小島。そんなふうに避難するほど繊細そうには見えないが。まあ、休憩する時くらいは、大人数の騒がしさから解放されたいのかもしれないが。

 ともあれ群れの端なので、この先には何もない。すでに見飽きた雄大な自然が、ただ延々と広がるばかりで

「……え?」

 ぼんやり眺めた目を戻し、はた、とエレーンは二度見した。

 木漏れ日さしこむ樹海の木陰、三本先の巨木の裏だ。野草やつたや苔むした木々とは異なる質感。樹木のそれとは異なる輪郭──幹にもたれた革製の(・・・)肩。つまり、そこに

 ……人が、いる?

 あぜんとして目を凝らした。

 二十代半ばの若い男だ。巨木の根っこに腰をおろして、ひとり樹幹にもたれている。どちらかといえば体格は小柄で、髪は短く刈っている。すっきりとした顔立ちで、面長の顔にはヒゲもない。それと──

 切れ長の目が、こちらを捉えた。

 ぎくり、とエレーンは硬直した。思わず見入ってしまったが、もしや見てたのがバレたのか。いや、今のはバレたろう確実に。

 ふい、と男が目をそらした。

 何事もなかったように、正面の樹海を眺めている。

「……へ?」

 しどもどしていたエレーンは、ぽかんと口をあけ、またたいた。

 びくついた逃げ腰から、ギクシャク体勢を立て直し、顔を引きつらせて首をかしげる。目が合ったと思ったが、それなら気のせいということか? 

 膝をかかえて座りなおし、ちら、と男を盗み見た。

 見つけてしまった彼のことが、何か無性に気にかかる。だって、あんな所で何しているのだ? 休憩といえばそうなのだろうが、あんな目立たない隅っこに、話し相手もなく一人きりで。まるで隠れているように。

「……暇、かな。あの人」

 そわそわシートから腰を浮かせて、エレーンは巨木をチラ見する。

 防水シートに手をついて、ずりずり尻で端まで移動。ちょうど暇を持て余していたのだ。ぼうっと一人でいる者どうし、少し話すくらいはいいだろう。ファレスもどこかへ行ったきり、いつまで経っても戻ってこないし──

「……おんな、おとこ?」

 う゛っ、とエレーンは顔をゆがめた。

『戻るまで、ここを離れるな』

 言いつけを思い出して、とっさにひるむ。威嚇するような鋭い双眸(そうぼう)──。そう「どこへも行くな」ときっちり釘を刺されている。なにせ迷子になったばかりだ。

 むう……と上目づかいでそわそわ(うな)り、「でも」と口を尖らせる。人に命じておきながら、自分の方はどうなのだ。ひとをいつまでもほったらかしで、連絡一つよこさない。そんな奴の言いつけを、律儀に守る必要があるのか?

 いいや。ない。断じてない。

 あってたまるか、と口を尖らせ、脱いだ靴を取りあげる。

 右の靴、左の靴……と気もそぞろで足を突っ込み、体をよじってポシェットをとる。片手でごそごそ中を探り、あの小道具をひっつかむ。

 男はまだ、そこにいる。枝振りのよい巨木の木陰で、ひとり樹海をながめている。とんとん地面に爪先を打ちつけ、目を離さずに立ちあがり──そういえば、うかつに話しかけて大丈夫だろうか。もしも、又、さっきみたいに、あの男が急変したら……。

 あの光景が頭を掠めた。

 急にたちまち取り囲まれ、拉致されかけた、今しがたの出来事が。

 強ばった背筋に怖気(おぞけ)が走り、ぶるりとエレーンは身震いする。

 ちら、と巨木の男を見、「……でも」と足元を凝視した。

 けれど、あの人は違う気がする。さっきの粗野な連中とは。

 彼もさすがに傭兵だから大雑把ではあるけれど、こざっぱりと整った身なりが、きちんとした性格を思わせた。物静かなあの風情は、木陰で読書でもしているのが似合い。それに──と彼を盗み見る。

(……だって、あの人)

 ケネルに似ている。

 どこか寡黙そうな雰囲気が。

 確かに、さっきの五人組は野卑な無法者だった。だが、五人と同じ集団の者が、必ずしも同じとは限らない。むしろ、成員一人残らず、同じ部類である方がおかしい。五人と同世代の首長たちも、現にあんなに良識があった。ケネルもファレスももちろん違う。

 巨木の下のあの彼は「ケネル寄り」の部類に思えた。大雑把に組分けするなら「ケネル属性」というところ。それなら、きっと大丈夫。「ケネル」が相手なら平気なのだ。万一、何かあったとしても、一対一なら、どうにかなる。雲行きが怪しくなれば、すぐに逃げてくれぱいい。

「……うん。なるべく、親睦を深めておかないと」

 ぶつぶつ己に言い聞かせ、意を決して足を踏み出す。

 そろり、そろり、と足を運んで、件の巨木をそろそろ目指す。それにしても意外だった。この先に人がいようとは。気配なんか、なかったのに。そう、食事を終えてしまうほど、長らくここに座っているが、まるで気づきもしなかった。

 目的の巨木のひとつ手前、二本目の樹まで近づくが、男は幹にもたれたまま、向かいの樹海に目をやったままだ。眠っているわけではなさそうなのに、まだ、こちらに気づかない。

 とりあえず、ここで踏み止まり、二本目の樹の裏に隠れた。あまりそばに寄りすぎても、万一、豹変した時が怖い。それにしても鈍いな意外と。すぐ隣に人がいれば、普通に気づきそうなものなのに。

 忍びの者であるかのごとくにピタリと樹裏に両手で張りつき、首だけそろそろ突き出した。へらへらぎこちなく笑みを作って、隣の巨木を覗きこむ。「……あ、……あのぉ~……?」

「なんだよ、ダナン」

 ぎょっ、と縮みあがって氷結した。

 短髪の向こうで(・・・・)、声がした。つまり、

(ふ、ふたり……)

 愕然と、エレーンはたじろいだ。一人かと思ったら、もう一人いた。ちなみに、手前の短髪は、ダナン、という名前らしい。

 いぶかるような呼びかけに、「別に」というようなことを"ダナン"は応え、その向こうで気配が動いた。うごめいたのは、脱色したような、ぼさぼさの頭髪あたま。短髪の向こうにちらりと見えた、口の先を尖らせたかなそうな横顔。

(……ど、どうする?)

 この番狂わせに、うろたえた。相手が一人と二人では、いささか都合と勝手が違う。

 二人は木陰で足を投げ、ぼそり、ぼそり、と話している。こちらを見ようともしないから、まだ気づいていないらしい。先の同時発声で、なけなしの呼びかけが掻き消された模様。ならば、選択肢は二つに一つ。尻尾まいて逃げ帰るか、それとも、彼らに

 もう一度、声をかけてみる?

 むう……とエレーンはうつむいて、親指の爪をガシガシ噛む。

(ま、まあいいか、一人が二人になったくらいは。奥の一人がちょっとヤンチャな感じっぽいけど、二人とも同い年くらい(こっちとタメ)だし……できたら、なんとか友達に……うーん、けどなー……やっぱ、相手が二人じゃな~……)

 ひとり悶々と頭をかかえる。

 予定が狂って混乱し、隠れた樹裏をエレーンはうろつく。諦めきれずに、行きつ戻りつ、うろうろそわそわ、うろうろそわそわ──。

 なんとか気づいてくれないものかと物欲しげにひょいひょい覗くが、二人はまるでこちらを見ない。

 むう、と顎に拳を押しあて、大真面目に思案した。

(……。やっぱ、やめとく?)

 想定外の事態が発生した以上、ここは無難に取り止めるべきか。どれほど穏やかに見えたとしても、相手は歴とした傭兵なのだ。一人というなら、辛うじて逃げられるかもしれないが、二人がかりで来られたら──。自分からのこのこ出向いておいて、さっきの悪夢の再来では、間抜けすぎて目も当てられない。

(──うー。惜しい!)

 肩を落として嘆息した。

(一人だったら行ったのに……)

 すっかり気後れしてしまい、すごすごシートに引きあげる。敗北感にまみれつつ重たい足をひきずって

「なにやってんの?」

「──きゃあっ!」

 諸手(もろて)をあげて、飛びのいた。

 乱打する胸を掻きいだき、エレーンはまじまじ向かいを見る。まず視界に飛びこんだのは、特徴のある丸い禿頭とくとう──。

 背をかがめて覗きこむ、黒いメガネがそこにいた。


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