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4話3

 素知らぬ顔を決めこんだ男たちの人垣に、促されるがままエレーンは歩いた。歩くしかなかった。足を止めても、すぐに後ろから追い立てられる。

 強ばった足をよろめかせ、わずかな隙間に目を凝らす。

(ケネル、どこ……)

 わななく唇を軽く噛みしめ、エレーンは絶望に目をつぶる。ケネルが近くにいるはずがなかった。馬を降りて別れてから、大分歩いてしまっている。何気なく捜した蓬髪の首長も、結局捜せはしなかった。ここには顔見知りとて、ろくにいないが、誰か見咎めてくれないだろうか。この際あのチョビひげでもいい。誰か、誰か──誰か

 ──助けて。

 ぐっと腕をつかまれた。

 そのまま手荒く引っ張りこまれ、とっさによろめき、たたらを踏む。

 力任せの勢いのままに、頬が激しくぶつかった。だが、夏陽を浴びた靴先は明るく、野草が鬱蒼と茂っている。まだ森に着いていない。なのに、なぜ、彼らは急に──

 急変にあわてて顔をあげれば、すぐ目の前に革製の生地、いかつい上着の肩辺り。そして、特徴的な一房の──

 ああん? と五人が舌打ちして足を止めた。

 うとましげに顔をしかめて、肩を揺すって振りかえる。

 威嚇まじりのその顔が、ぎくり、とあからさまに硬直した。

「……え?」

「あっ──いえ、あの──」

「一体どこから──いえ、いつから、そこに──」

「なんの用だ」

 しどもど五人は目配せした。

 向かいに立った相手から、ばつ悪そうに目をそらす。「い、いえ、その──」

「用があるんじゃねえのかよ」

 肩先を覆うしなやかな感触──。

 ぶつけた頬にそれを感じて、エレーンは捕らえた相手を仰ぐ。

 腕を荒っぽくつかんでいたのは、整った顔立ちの薄茶の長髪。眼光鋭くファレスが五人をすがめ見ている。

 場が凍りついていた。

 気まずげな五人を睥睨したまま、ファレスの横顔は一瞥もくれない。

 重い沈黙に耐えかねたように、男の一人が頭を掻いて、とりなすように笑いかけた。「す、すいません、副長──さっきのは別に。ちょっと、ふざけていただけで」

「遊びで人を呼びつけたってか」

「い、いえ、そんな! 滅相もない!」

 あわてて五人は否定の手を振る。

 下手をうった男の脇を、隣の一人が舌打ちで突ついた。媚びた笑いをファレスに向ける。「い、いえね、副長とはぐれたって、この客が言うもんだから、捜しに行こうとしていたところで──」

「誰の部下(した)だ」

 釈明半ばで、ファレスは冷ややかに問い質す。

 五人が目をみはって乗り出した。

「──ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 困惑顔で互いを見やり、もそもそ口々に言い募る。

「大ごとにするような事じゃないでしょう」「そうすよ。ちょっと、からかっただけっすよ」「ですから、その、かしらの方には──」

「いい度胸してるじゃねえかよ」

 じろり、とファレスが鋭い三白眼で睨めつけた。

「てめえら、俺をおちょくるつもりか? 他人ひと縄張り(シマ)荒らしておいて、てめえはシカトきめこもうってか」

「な、なにも俺らは、副長の顔をつぶす気は──」

「客はこっちの(・・・・)管轄だ。知らねえはずがねえだろが」

 ぴしゃりと逃げ道をふさがれて、とっさに五人が言葉につまった。

 決まり悪げに目をそらし、ぎこちなく笑って振りかえる。

「か、勘弁してくださいよ~……」

 平身低頭、ごまかし笑いで頭を掻いた。

「だから、ほんの遊びっすよ」

「そ、そうすよ。副長をおちょくろうだなんて、誰もそんな、たいそれたことは──」

 昼休みに入った草原が、低いざわめきで満ちていた。

 弁当を手にした傭兵たちが、ざわざわ遠巻きにして行きすぎる。この険悪なやりとりに気づかぬはずはないのだが、足を止める者はない。誰もがこちらを見て見ぬ振りだ。

 必死でとりなす五人の顔を、じろり、とファレスが見渡した。

「俺に喧嘩を売っておいて、ただと済むとは思ってねえよな」

「──そ、それはもう」

 追従笑いで身をよじり、一人が尻の隠しから そそくさ何かを取り出した。

 握っていたのは煙草の紙箱。軽くゆすって一本つき出す。「一先(ひとま)ず、どうすか、副長も」

「おう、悪りィな。気ィ使わせてよ」

 ファレスが仏頂面で手を伸ばした。

 むんずと箱ごと、そして、ザックを引ったくる。

 あ……の顔で男は固まり、ザックの肩掛けをとっさにつかんだ。

「なんだ」

「──い、いえ」

 男は渋々引き下がり、ザックに追いすがった手を放す。

 ファレスは無造作にザックを漁り、中から札入れを取り出した。

 そこから紙幣を二枚抜き、札入れをザックに突っ込んで、持ち主の男へほうって寄越す。

「休みが終わるぞ」

 紙幣と煙草を上着の隠しに突っ込んで、ファレスはぞんざいに手を振った。

「さっさと飯を食いにいけ」

 五人がもの言いたげに目配せした。

 だが、不満をぶつけることはせず、肩をすくめてきびすを返した。

 興醒めしたような五人の背中が、不承不承離れて行く。足を向けたその先は、仲間が広がる樹海の木陰。休憩時間のざわめきに、姿がみるみる紛れていく──

 はた、とエレーンは我に返った。

「ちょ、ちょっとちょっとお! 女男」

 目をみはってファレスを仰ぎ、あたふた樹海に指をさす。

「なんで逃がしちゃうのよ簡単にぃ。もっとビシッと言ってやってよ。てか、やっつけちゃってよ、あんな奴ぅ! あたしがどれだけ怖い目にあったと──」

 じろり、とファレスが整った顔で睨めつけた。

「うろちょろするな」

 エレーンは目を丸くして、己の顔を指でさす。「はああ? あたしィ? なによ、あたしが悪いっていうのー?」

「あんたが悪い」

 間髪容れずに、ファレスは断じた。

 しなやかな長髪をひるがえし、にこりともせずに歩き出す。

「はあ!? なんでよ! 向こうでしょうが悪いのは! あたしは何にもしてないもん。ただちょっと、ぶつかって──」

「ぶつかった?」

 その言葉を聞き咎め、ファレスが木陰に向かう足を止めた。

 立ち止まった肩越しに、いぶかしげに顔を見る。

「あんたから触りに行ったってのか」

 エレーンは驚いて目をみはった。

「──べ、別に、触りに行ったわけじゃ! ちょっとよそ見をしていたら、あの人たちにぶつかって──」

「なに考えてんだ!」

 ファレスが吐き捨てるように一喝した。

 辟易としたように、柳眉をしかめて歩き出し、苦々しげな舌打ちでごちる。

「てめえを何だと(・・・)思っていやがる」

 エレーンは面食らって言葉につまった。

 なんのことやら訳が分からず、あっけにとられて思わずつぶやく。「"なに"って、何それ。どういう意味よ」

「さっさと来い」

「でも! あたしは何も悪くな──」

 振り向きざま、ファレスが鋭く睨めつけた。

 ぎくり、とエレーンは立ちすくむ。

 ファレスはわずらわしげに顔をしかめ、ついてくるよう顎の先で促した。

 そっけなく長髪をひるがえし、休憩の人ごみを歩いていく。

 ぐぬぬ、とエレーンは歯噛みした。苛ついた視線にあてられて、思わずひるんでしまったが、ずいぶん理不尽な言い草だ。咎があるのは向こうの方で、断じて断じて自分ではない。それなのに──

 一方的に責められて、むかついた気分が収まらない。

 せめて悪態をついて踏み出した。

「な、なによ横暴っ! 偉そうに」

 今のは奴にも聞こえたろうに、ファレスはこちらを振り向きもしない。いや、奴には神経などないのだろう。なにせ、あの女男は、こちらが用足しに行く時まで、平気でついてくるような無神経な輩だ。

 今の事にしたってそうだ。自分ひとの災難にかこつけて、カツアゲするなど神経を疑う。美形のくせに性格は最悪。態度なんか極めて粗暴だ。いや、それについては、あの五人もいい勝負か──今の出来事を思い出し、改めて腹を立てながら、エレーンはぶちぶち不平を鳴らす。

「なあによ、あいつら。急にぺこぺこしちゃってさあー」

 あのファレスを見た途端。

 五人はいずれも、あのファレスより年上だ。なのに、あんなに媚びるから、ファレスがますます付けあがるのだ。でも、いつも、あんなふうに、傲岸不遜にふるまっていたら、その内、誰も寄りつかなくなって──

 ふと、エレーンは顔をあげた。

 誰も(・・)寄りつかなく(・・・・・・)──?

 そういえば、と思い出す。

 ファレスはいつも、一人きりだ。誰かと談笑しているのを見たことがない。きさくに話す者もなければ、無駄口をきく者もない。むろんファレス本人は、内気なわけでも無口でもない。ケネルと話しているのを見ても、日常の受け答えに支障はない。なのに、どうして──

 今まで何気なく見逃していたが、改めて考えれば、奇異に思える。だって、ならばファレスには、ただの一人も親しい者がいないというのか? そんなことがありえるだろうか。六、七十人からの仲間が集まる、こんな大集団に属しているのに。

 皆より「副長」が上位だから、周囲が気後れするのだろうか。だが、それならケネルも「隊長」だが、そんなふうには全く見えない。

 そういえば、この傭兵団で、ファレスは異彩を放っている。ひとりファレスだけが雰囲気が違う。あの稀有な長髪とも相まって、その存在が一際目立つ。ファレスだけが浮いている(・・・・・)。そして、誰も近寄らない。

 だが、嫌われている、というのとは違う。あの特殊な雰囲気を、どう言ったらいいのだろう。

 緊張を伴う「強ばり」のようなものが、ファレスの周りには常にある。ファレスが誰かに目を向けた途端、たちまち相手が萎縮する。ファレスが誰かに話しかけると、相手は途端におどおどし、いつもこそこそファレスを遠巻きにしている気がする。けれど、それって、もしかして──

 前を歩く長髪の背を、困惑してエレーンは見た。

 確かにファレスは、自ら他人を寄せ付けない、そんな雰囲気をかもしている。あの冷淡そうな仏頂面も、声をかけにくい一因だろう。けれど、それ以前にファレスはもしや、

 皆に恐れられて(・・・・・)いる?

 

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