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4話2

 ゆるくひらいた手の平に、ケネルが左手を滑りこませる。

 思った以上に大きな手。思った以上に乾いていて、そして案外あたたかい。

 ──て、いやまて。

 あれ? とエレーンは眉根をよせ、あぜんとケネルの顔を見た。これって、まさか、もしかして

 ……急にしたく(・・・)なったのか?

 ケネルはぶんぶん上下に振って、それの具合を確かめている。トキメキの程度というより、むしろ 強 度 らしきものを。

 やがて、納得したらしく、よし、とおもむろにうなずいた。

「行くぞ」

 隊長発進。行軍再開。

 て、

(握手かー!?)

 エレーンはぶちぶちふてくさる。

(そっりゃあ連行はだけどさあ! でも、だからってどーよ)

 握手って。

 てか、子供か。

 エスコートするなら色々あろう。腕を組むとか肩を抱くとかお姫さまだっこしちゃうとか! 少し高い位置にある、ケネルの涼しい顔を盗み見、額をつかんで嘆息する。

(もー。ほんとケネルって、信じらんないくらい──)

 すっとこどっこい。

 鈍い。

 まったく鈍すぎる! そして、足が速すぎる!

 まったく今更この上ないが、鈍感っていうかイケズっていうかデリカシーに欠けるっていうか! あんな無造作に紛らわしい真似されたら、乙女なら普通にときめくではないか。ほんとにこのタヌキときたらば、顔はわりあいイイくせに──いや、だからこそ問題か。だから尚さら始末が悪い。──あ、わざとか? もしや、わざとやっている!?……ぬう。乙女心をもてあそぶとは、なんたる不届き千万なタヌキ。なんてたちの悪いタヌ──

「……て、あれ?」

 はっ、と後ろを振り向いた。

「ちょ!?──ちょっとちょっとちょっとおー!」

 じたばた涙目で背後を掻く。

 なだらかに連なる緑野の向こうで(・・・・)「んめえ~!」と羊が鳴いていた。

 ガランガラン、と首鈴が鳴る。はた、とようやく我に返れば、あの牧歌的な光景は、とうに過ぎ去り、道のかなた。晴れたのどやかな草原を、ケネルはすたすた歩いて行く。

 ふんばる連れを引きずって。

「ケ~ネ~ル~!」

 澄ましたタヌキの後ろ頭を、エレーンは呪詛まじりで、ぶちぶち見た。すぐにも飛んで帰りたいが、気づけば、がっしり手をつかまれ、いかんともしがたいこの状況。まんまとケネルに

 はかられた……。

 

 

 広大な原野を覆い尽くし、傭兵たちがざわめいていた。

 休憩に入った人馬の中で、エレーンは呆然と立ち尽くす。

(や、やばい。見失った……)

 うっかり、連れとはぐれていた。仲良くなった蓬髪の首長を、何気なく探して歩いていたら。ちなみに、連れとはケネルではない。ケネルは昼休みに入るや否や「俺は首長と打ち合わせがある」などと、いけしゃあしゃあとのたまって、さっさと歩いて行ってしまった。とはいえ、今に始まった話ではない。馬では一緒のケネルだが、食事の時はたいてい別だ。

 あれでケネルは忙しいらしく、何だかんだと用事を告げては、すぐにどこかへ消えてしまう。その上、いつも交代するのが──

 あの冷やかな顔が頭をよぎり、むに、とエレーンは口の先を尖らせる。

「……ケネルの、ばか」

 仲が悪いの知ってるくせに。

 なんで、いつも、よりにもよって、あの意地悪な天敵なのだ。

 整った顔の、副長ファレス。

「──んもう。あの女男~!」

 そわそわ人ごみを見まわしながら、エレーンは親指の爪を噛む。「一体どこまで行ったのよ~……」

 正直、弱り果てていた。皆似たような身形だし、どこを捜せばいいのか見当もつかない。そもそも、ことごとく体格のいい集団の中、一人だけエレーンは小柄なために、人を捜そうにも見通しが利かない。その上、都合の悪いことに──そう、さっきからずっと困惑している。だって訳が分からない。

 大勢が各自の馬を引き、原野一面にざわめいていた。出立した当初と比べ、優に倍以上の(・・・・)人数が。

「……。どーなってんの」

 エレーンはうろたえ、まじまじ見やる。こんな大勢、急にどこから涌いて出た? 侵攻を受けた時でさえ、こんなに大勢いなかったのに──。ざわめく人馬の海に埋もれ、しきりに首をかしげて歩く。そして、引き続き、連れを探す。

 緑の草原の所々に、人だかりができている。人垣の向こうに垣間見えるは、いつも飯時に現れる面々。

 街着姿の男たちが、皆に紙箱を配っていた。大ぶりな折り詰め弁当だ。店など皆無の野っ原で、食事はどうするのか疑問だったが、なんのことはない、町から運んでくるらしい。

 弁当を配る彼らのことを、あのファレスは「調達班」と呼んだ。こうした移動部隊には、日々の食事を用意したり、日用品の手配をする、いわば、生活全般を支援する専門職(うらかた)がいる、とのことだった。各自ばらばらに活動している傭兵のような生業なりわいの、いわば寄せ集めの集団ならば、もっと万事適当で、いい加減な暮らしを営んでいるのかと思いきや、意外にもきっちり、組織立っているらしい。

 ちなみに、あの調達班を束ね、作業を仕切る責任者というのが、あろうことか、あの(・・)チョビひげ──あの晩「ジャック」と紹介された、あの珍妙な仮装男とのことだった。

 にわかには信じがたいが。

 かくいう長のチョビひげは、例によって例のごとく羽根がついた大きな帽子と年代物のふりふり衣装で、ふんぞり返って指揮している。確かにあれなら()る目立ちするから、大勢の中に紛れこんでも、一発で探し出せて部下たちは便利──もしや、それを狙っての所業か?

「……。まさかね」

 エレーンは顔をゆがめて首を振った。ぜったい趣味だ。間違いない。

 どん、と不意に弾き飛ばされ、目をみはって、よろめいた。

 誰かにぶつかった、と遅れて気づく。

 あわてて振り向き、謝った。「──ご、ごめんなさい!」

「これはこれは。クレストの奥方様でいらっしゃる」

 え? と声を、エレーンは怪訝に見返した。

 人馬行き交うざめわきの中、知らない顔の五人の男が、弁当ぶら下げて立っていた。皆、ケネルより年が上、だが、首長たちより少し下、いわゆる「おじさん」という年恰好だ。いずれも不精ひげを生やして(すさ)んだ感じ。そして、にやにやと笑っている。

 まずそうな(・・・・・)相手と直感し、エレーンはそそくさ踵を返した。「──すみません。あたし、よそ見をしていて」

 愛想笑いで軽く会釈し──すかさず五人が立ちはだかった。

「ご機嫌いかがー? 奥方様」

「なにしてんの、ぼけっと一人で」

 冷やかし笑いで覗きこみ、たちまち四方を囲まれる。

「女の一人歩きは危ないぜえ? こういう(・・・・)場所では、特にな」

 周囲を取り囲んだ暗い笑いに、エレーンは顔を引きつらせて後ずさった。さりげなく身をよじり、人垣の向こうに、ぎこちなく目を泳がせる。「あ、でも、女男──ファレスがいるから、あたし一人っていうわけじゃ。あ、ちょうど今、はぐれちゃっただけで──」

「ああ、副長な」

 すばやく五人が目配せした。

「副長とはぐれたってよ。誰か見たか?」

「さあな。見てねえ」

「近くには、いないみたいだぜ? いれば、目立つからな、あの頭髪あたまは。なら、俺らも一緒に捜してやるか」

「あ、いえ、結構です。たぶん、すぐ見つかると思うし──」

「遠慮すんなよ」

 逃げ腰になった言葉尻に大きなだみ声をおっ被せ、ちら、と男が流し見た。

「なあ、もしかして、()なんじゃねえか?」

 場所の部分に含みをもたせ、他の連れに目配せする。仲間もにやにや追従する。

「だな。()だろ」

「こっちでなけりゃ、()しかねえやな」

「──ちょっと! 放してっ!」

 ついにエレーンは肩を押しのけ、輪からの脱出を試みた。

 手近な胸に体当たりし、両手を突っ張り、やみくもに押しやる。

 人垣の一人が腕をつかんで、にやにや無精ひげを近づけた。

「気取ってんじゃねえよ。仲良くしようぜ。奥方様」

「ここから出してっ! あたし、捜しにいかないと──」

「副長~。副長~。どこっすか~?」

 酔っ払ったような悪ふざけで、わざとらしく大声で呼ばわる。

 声を落として、一人がすごんだ。

「一緒に捜してやるって言ってんだろうが」

 エレーンは息を呑んで硬直した。

 すっかり取り囲まれていた。逃がさぬようにと円陣を組み、五人がにやにやと品定めしている。周囲にも人はいるはずだったが、男たちの背に埋もれ、こちらの姿が見えないようだ。少しくらい声をあげても、この場に集った数十人のざわめきに、あっさり呑まれて掻き消されてしまう。大きな声など、萎縮してしまって、とうに出ない。

 ぶらぶら円陣が歩き出した。

 後ろの男に背を押され、エレーンもよろめき、歩を運ぶ。

 おろおろ助けを求めるが、人垣の上背に阻まれて、外への見通しがまるできかない。

 全身から血の気が引いた。緊張に呼吸が浅くなる。遅まきながら理由を悟った。彼らが森にこだわる理由を。森へ連れ込もうとするその意図を。人目のない(・・・・・)森の中に。

 隙なく囲まれてしまっていた。進みたくはないけれど、背を押されて踏み止まれない。わななく唇を噛みしめて、エレーンは硬く目を閉じる。どうしよう、

 ──出られない。

 

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