私の初恋
柚月 航
現在24歳。7歳年上で私のたった1人の兄である。
頭も良くて、スポーツ万能。
昔から羨ましいぐらい何でもできる。
それだけじゃない。
小さいころ近所の男の子によくいじめられていたけど、いつも助けに来てくれた。
昔からとても優しかった。
もちろん今でもそういうところは変わっていないと思う。
何かと気遣ってくれる。
いつだって、私の自慢の兄だった。
だから私はお兄ちゃんが大好き。
こんなことは誰にも言えないけど、お兄ちゃんは私の初恋の人。
初恋は実らないなんてよく言うけど、本当にその通りかも。
私の初恋も絶対に実らないんだろうなぁ...。
はぁ。
「なに溜息ついてるんだよ。」
そう言ってお兄ちゃんがいきなり部屋に入ってきた。
「お兄ちゃんっ。」
「そんなに驚かなくてもいいだろ。」
「勝手に入って来ないでよ。」
「せっかく呼びに来てやったのに...夕飯食べないのか?」
「え?もうそんな時間?」
「早く来いよ。」
「はーい。」
お兄ちゃんに呼ばれて慌てて階段を下りると、
お父さんもちょうど帰ってきたところだった。
「お帰りなさい。」
「ただいま。お?今日は航が作ったのか?」
「そうなのよ。航が作ってくれるなんて母さん嬉しいわ。」
「今日で親孝行ができるのは最後だからだよ。」
そう。お兄ちゃんは明日、結婚して、この家を出て行く。
「寂しくなるなぁ...。」
「そうね。」
「なに暗い顔してるんだよ。息子が結婚するっていうのに嬉しくないのか?」
「なあ。美咲。」
「う...うん。そうだね。」
嬉しくなんかないよぉ...。
「ほ...ほら。せっかくお兄ちゃんが作ったんだし。早く食べようよ。」
「それもそうね。」
はぁ。お兄ちゃんがいなくなるなんていやだなぁ...。
「それよりおいしい?」
「裕子さんが羨ましいわね。私の夫は何もしてくれないのに...。」
お母さんは横目でお父さんを見た。
それに気づいたお父さんが、ごまかすように言った。
「航。裕子さんを大切にするんだぞ。」
「分かってるよ。」
裕子というのはお兄ちゃんの結婚相手の名前。
お兄ちゃんと裕子さんは高校3年生の時のクラスメイトで、
それからずっと付き合っていたらしい。
裕子さんは美人で、性格もいいし、今ではすっかり仲良くなってしまった。
認めたくないけど、お兄ちゃんとお似合いなのかもしれない...。
悔しいけど、私に勝ち目なんてなかった。
「お兄ちゃん。」
気が付くと、私はお兄ちゃんの部屋の前にいた。
私...何やってるんだろう。
今お兄ちゃんの顔なんて見たら余計辛くなるだけなのに...。
「美咲?入って来いよ。」
「綺麗に片付いたね。」
「ああ。結構大変だったけど。」
「ねぇ。お兄ちゃん。」
「ん?」
「本当に結婚するの?」
「いきなり何言い出すんだよ?」
「今ならまだ間に合うよ。」
「美咲?」
「結婚なんてしないで。」
「美咲...。どうしたんだよ。」
「私。お兄ちゃんと離れたくない。」
「美咲?」
「お兄ちゃんの馬鹿。私の気持ちなんて何も分からないくせに。」
なに言ってるんだろう。馬鹿なのは私の方だ。
「私はずっとお兄ちゃんのことが好きだったんだから!!」
私もまだまだ子供だなぁ。
こんなこと言っても、お兄ちゃんを困らせるだけなのに...。
「美咲...。」
言わなきゃよかった。どうせ私なんて...。
「美咲。ごめん。俺...。」
「もしかして本気にしたの?」
「はぁ?」
「嘘だよ。お兄ちゃんなんて好きになるわけないじゃない。なに本気にしてるの?」
「お前。騙したなぁ。」
「騙される方が悪いの。」
「ったく。心臓に悪いからやめろよ。」
「本気にするなんて思わなかったから...。あれ?顔赤いよ?」
「そ...そんなことない。」
「お兄ちゃん。」
「何だよ。」
あ。怒らせたかな?
「裕子さんを大切にしてあげてね。」
「美咲...当たり前だろう。お前も早く相手を見つけろよ。」
「うるさいなぁ。自分が結婚するからって、よけいなお世話よ。」
「はいはい。」
いつもそう。何か言うと、「相手見つけろ。」最近のお兄ちゃんの口癖。
お兄ちゃんは私の気持ちなんて分かってないんだろうなぁ...。
「明日からはなかなか会えなくなるね。」
「寂しいのか?」
「全然。」
嘘。本当は寂しい。お兄ちゃんと離れたくない。でも...。
「きっぱり言ったな。」
「お兄ちゃん。今までありがとう。」
「美咲...。」
「あ。もうこんな時間だし、そろそろ部屋に戻るね。」
そう言って立ち去った。
ちゃんと笑えていたかな?涙は見られていないよね?
部屋の戻ると、今までこらえていた涙が静かに溢れ出した。
「お兄ちゃん...。」
悲しくて、どうすればいいのか分からなくて、
その日の夜はずっと1人で泣き続けていた。
「お早う。」
「うわっ。美咲、お前目が赤いぞ。」
「ほっといてよぉ。」
もう。誰のせいよ...。
いつものような会話の後、お兄ちゃんは裕子さんと一緒に、一足早く式場に行ってしまった。
「美咲用意できたの?」
「もう少し待って。」
「早くしろよ。」
「ごめん。服が決まらなくて...。」
「何言ってるんだ。今日の主役は美咲じゃないだろ?」
「そうよ。今日の主役は航と裕子さんなんだから。」
「分かってる。」
「航が待ってるわ。早く行きましょう。」
私たち3人は車に乗り、式場へと急いだ。
もうすぐお兄ちゃんともお別れ...。
「あ。見て。桜が咲いてる。」
走り続ける車の中から桜の木を指差した。
「もう桜の時期なんだね。」
「ほんとね。」
「私もがんばらないと。」
「え?何か言った?」
「何でもないよ。お母さん。」
「あら?今日はいつもより機嫌がいいじゃない?」
「だって、今日は私のお兄ちゃんの結婚式だから...。」
いつまでもこのままではいられない。
私はお兄ちゃんが好き。だから笑顔で見送ってあげよう。
どうかお兄ちゃんが幸せになれますように...。
さよなら。私の初恋の人。
そして、さよなら。私の初恋。
結局私の初恋は、決して美しく咲くことはなかった。
あっという間に散ってしまう桜のように儚い初恋に、私は今日別れを告げる。