序章(過去)
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芒野原を走る私がいる。どこまでも続く芒野原は私に少しの安心感をもたらしていた。星の輝かない暗黒の夜空、黄色くも青くも見える丸い月、冷たく針の様に肌に突き刺さる風、周りの木々からは怪しく烏が騒めく。
ここにあの人はいるはず。そんな他愛ない自信のみを頼りにここまで来た。荒く息を吐き、横腹を抑え走り続けた。だが未だ目的のものは見えず今もただ無意味に走り続けている。走っても走っても見えるのは芒野原と側面に並ぶ木々のみ。まるで同じ場所を繰り返し走っているようだ。
ねぇ…何処にいるの?
また私を1人にするの?ずっと傍にいるって言ったじゃん…離さないって…約束したじゃん…誓ったじゃんか…
瞳から一気に涙が溢れだす。頬に流れる涙は風にのり周りの芒に飛び散ってゆく。
慶弼…慶弼…
何度もその名を口にした。だがいくら呼んでも叫んでも周りの芒や木々に音を吸い込まれてしまったかのようにまったくその声は響かない。
「きゃっ!!」
いきなり右足首に何かが巻き付いた。その拍子にバランスを崩し前へ倒れてしまった。芒野原の地面の土がクッションになったため大した衝撃は無くすんだ。
右足首を確認すると、そこには綺麗に咲き誇った女郎花が不自然に束となり右足首に絡み付いていた。解こうとすると地面から女郎花の芽が出て一気に成長しまたもや右足首に絡み付く。これが誰の仕業かなど分かっていた。
「ヴァネッサさん!!いるんでしょ!これを今すぐ解いて!さもないと男だってこと店のお客さんにばらすから!!」
すると女郎花が少し緩んだ。その隙に女郎花をちぎり離しまた走り続けた。だがまたすぐに捕らえられてしまった。
「ヴァネッサさん…お願い…離して…慶弼が行っちゃう…」地面をギュッと握り泣きながら懇願する。だが女郎花が緩くなることはなく山吹色の小さな花をただ慰めに咲き誇らせるのみだった。
「那李…」私はゆっくり顔を上げ目を見開いた。そこには意外にも私の一番求めていた声の主が立っていた。
「慶弼…?」その声の主はそっとその場にかがんだ。私の黒い髪をそっと撫で目の下の涙を指で拭ってくれた。雲に隠れていた月が声の主を優しく照らす。まさしくそれは慶弼の姿であった。
いつもと変わらず芒の描かれた松葉色の着物に黒の羽織を羽織っている。
だがいつもより目が冷たく見えるのはこの月のせいだろうか?
「慶弼…慶弼…」私は慶弼の着物の裾を強く握りしめた。 「もう離さないから…何処にも行かないで…」涙を瞳いっぱいに溜め懇願した。なんて情けないことだろう。男なんか大嫌いで、男なんかに涙を見せるのは私にとって切腹ものの恥じで…でもそれ以上に慶弼から離れたくない気持ちの方が強かった。
「これで最後だ那李。あいつらのもとに帰れ。お前はもう1人じゃないはずだ。俺は必要ない」放つ言葉までまるで氷のように冷たい。
「やだよ…いやだ。慶弼がいてくれなきゃやだよ。行かないで…私…慶弼のお嫁さんなんでしょ?」その瞬間慶弼は私の右手を取り薬指の指輪を外し芒野原に投げ捨てた。 私は慌てて指輪に手を伸ばそうとしたが女郎花が右足首を離さないのもあり、間に合わなかった。
「何するの?…あれが無かったら慶弼…」
「いい」即答され呆気にとられたがすぐに「でも」と反論を試みたがまたすぐに「いい」とかわされた。 「俺はもうお前を愛してはいない。」目に溜めた涙がするりと頬を通り地面にぽつりと落ちた。私は握りしめた着物の裾をまた強く握りしめ慶弼を見つめた。今慶弼の目に私がどんな風に映っているのかは知らない。だが例え厄介な存在として見られていようと構わなかった。ただそばにいてくれればなんでも良かった。
「愛してなんかいなくていいよ…今もこれからもただ傍にいて?私を捨てないで…」泣きながら懇願する。果たしてこれに効果があるのかは分からない。いや、大して効果は無いのだろう。
「慶弼…慶弼…私なんだってするから…お願っ」その瞬間私の唇に慶弼の唇が押しあてられた。だがすぐにその唇は離され、慶弼は耳元で「ごめんな」と囁いた。
「慶弼?」私は涙を止めて立ち上がった慶弼を見上げた。
「お前が俺を越える作家になったらお前のサイン貰いに来てやる。そして…また求婚してやるよ。それまで頑張れ」その言葉を聞いたとたん着物の裾を離してしまった。まるでその言葉に安心したかのように…。
「だが那李…忘れるな。俺は嘘吐きだ。」うん、分かってるよ。慶弼の嘘なんて今始まったことじゃないもんね。じゃあなんで私は裾を離してしまったのだろうか?
ほら見ろ…
慶弼の姿はもう何処にも無かった。
「馬鹿慶弼っ!!」いくら叫んでも慶弼が現れることは無かった。
慶弼は私を安心させて私の手から逃れるためにあんなことを言ったのだろう。ということは私はあの言葉を信じ安心してしまったということか?
あぁ君はなんて酷い嘘吐き者だろうか…
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