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前哨-NOデリカシー女と絡まれ男

作者: YANAGI045
掲載日:2026/09/30

 山城穂奈美は、オフィスに戻って来た。

 忘れ物をしたからだ。

 守衛の人から、まだ1人残ってるのがいると言われた。

 オフィスのドアから中を覗くと、5年先輩の橘陽貴が、まだPCに向かって作業している。

 いや、よく見ると、座っているだけか?キーボードにも、マウスにも、手は触れていない。

 気が抜けたような様子で、PC画面を見つめている。

 何やってんだ?と穂奈美は思ったが、橘陽貴に関する、ある噂を思い出した。



「先輩、まだ居たんですか?」

「えっ、なに?」


 陽貴は、慌てて振り向く。


 橘陽貴の印象では、山城穂奈美は、明るい性格で、頭の回転も早く、仕事をテキパキこなす、デキる後輩だ。

 しかし、陽貴には、何故か後輩と思えないような態度で接してくることもあり、正直、苦手なタイプだった。


「忘れ物です。」

「大変だね。」

「まだ、やって行くんですか?」

「月曜までには、終わらせておきたいからな。」

「大変すね。」


 穂奈美は、自分の机の引き出しから、シルバーのバングルを取り出し、バックに入れた。それから、陽貴に近づき、PC画面を覗き込んでくる。

 

 陽貴は、来週のプレゼンの資料を作っている。


「かなり出来てるんじゃないですか?」

「いや、なんか、パッとしないっていうか・・・。」


 穂奈美は、陽貴の後ろの席に座り、背中合わせに椅子を近づけた。


「ふーん。いつもパッとしないじゃないですか。」


 こういう感じが、陽貴は苦手だった。


「忘れ物、見つかったんなら帰れば。」

「はい、帰りまーす。」


 穂奈美は、帰らずに座ったままでいる。

 陽貴は振り返って、怪訝な表情で穂奈美を見るが、すぐに向き直って、作業を続ける。


「先輩。彼女さんと別れたって、本当ですか?」

「は?」


 陽貴は驚いて、思わず後ろを振り返り、穂奈美を見た。

 穂奈美も振り返り、陽貴の椅子の背もたれをガッと掴む。


「マジなんすか?」

「別に関係無いよね?」

「あっ、マジなんすね。」

「めちゃくちゃプライベートだと思うんだけど。」


 穂奈美は、嬉しそうに笑った。

 獲物を見つけた、といった眼つきだ。


「先輩、バレバレなんですよ。みんな、噂してますよ。」

「みんな?」

「うちの部署の女子全員です。」

「全員?」

「そうですよ。全員です。」

「ヒマなのかよ。」

「みんな、そういうの大好きですからね。情報収集抜かりないですよ。」

「・・偉いよ。素晴らしい。」

「恐れ入りますぅ。」


 褒めてないけどという感じで、穂奈美を見返す。


「俺、誰にも言ってないけど?」

「いつ別れたんですか?」

「いや、何で分かるの?」

「あからさまに、落ち込んでたじゃないですか。分かり易いんですよ。で、いつ別れたんですか?」

「いつでもいいだろ。」

「隠す程のことでもないじゃないですか。」

「どうせそれで、また、みんなで話しするんだろ?」

「そうですよ。話題を提供してください。」


 穂奈美は、ニヤニヤが止まらない。

 陽貴も、黙ったところで、追求の手が止まるとも思えなかったので、正直に言うことにする。


「1ヶ月くらい前だな。」

「何で別れたんですか?」

「もう、どうでもいいだろう?プライベートだよ。いい加減にしろよ。」

「先輩。面倒かけさせないで下さいよ。」

「さっきからずっと失礼なんだけど。」

「じゃあ、みんなには言いませんから、教えて下さいよ。」


 陽貴は、みんな知っていると言われて、困惑したが、それ以上に、穂奈美が興味を示していることが、奇妙に思えた。


「理由は・・・よく分からな」

「ああっ、待ってください。当てます。」

「えっ。」

「あれじゃないですか?彼女さんの言うことばっかり聞いてたんじゃないですか?」

「ばっかりっていうか、彼女なんだから。どこに行きたいって言われれば、一緒に行くし、あれが食べたいって言われれば、食べに行くし、欲しい物があるって言われれば、買ってあげるでしょう?」

「はあ、言われればって・・。それなんすよね。先輩らしい。そんな感じですよね。」

「何が?」

「私も嫌かもです。」

「何で?」

「じゃ、私帰ります。頑張ってください。」

「えっ?ちょっと待って。どういうこと?」

「帰れって言いましたよね?」

「理由。分かんの?」

「本当の理由は、分からないですよ。あくまで想像です。」

「想像かよ。」

「でも、当たってるような気がしますよ。」

「何だそれ。」

「じゃ、理由。分かってるんですか?」

「いや・・・。」

「分かったとして、どうするんですか?ヨリ戻んないですよ。」

「まあ、そうだよな。」

「そうですよ。」

「・・・そうだよな。」

「理由なんて、分かんない方が良いですよ。」

「理由が分からないと、直しようがないだろう?」

「直したところで、どうにもならないですよ。それに、分かっちゃったら、否定出来ませんから。」

「でもなあ、・・・延々と考えちゃうんだよな。」

「ムダっすね。」

「分かってるよ。」


 陽貴と穂奈美は、近い部署で、たまに話す事もあるが、プライベートな内容の話は初めてだった。


「何かあった?」

「なんですか、それ。」

「普段と全然違うじゃん。おかしいなぁ。」

「何、分かった感じになってんですか?」

「別れたとか?俺と同じで。」

「それって、セクハラですよ。」

「はあ?人の事、散々イジっておいて?」

「先輩って、イジられキャラじゃないですか。あれっ、知らなかったんですか?」

「ずっと、ショックなことばかり、言われてるんだけど。」

「愛されてんですよ。」

「そう言えば許されると思ってないか?」

「細かい事気にするの、良くないですよ。」

「分かってると思うけど、フラれて、傷ついて、落ち込んで、仕事が手につかない状況なんですけど。」

「分かりますぅ。辛いですね。」

「明らかに絡んでるよな、酔っ払ってんのか?」

「失礼だなぁ。それ、失礼ですよ。」

「マジで、帰れよ。」

「嫌です。手伝いますよ。」

「マジで?じゃあ、そうだな。えーと・・。」

「嘘でぇす。」

「本当に帰ってくれ。」

「怒らないで下さいよ。」

「もういいよ。話したくない。」

 陽貴は、少し語気を強めた。


 少しだけ間が空いた。

 穂奈美は、じっと陽貴を見つめた。


「なんだよ。」

「私も先輩と同じです。・・別れました。」

「えっ、本当に。・・・やっぱり。」

「やっぱりって何ですか?」

「なんとなく、テンションがおかしいから・・。」

「今、ざまぁ、って思いましたね。」

「思ってないよ。」

「本当ですか?」

「何で別れたの?」

「自分だって、聞くじゃないですか。」

「いや、まあ・・・。」

「・・・いたんですよ。女が。」

「えっ、何、二股?浮気?」

「何、嬉しそうにしてんですか。」

「いや、してないって。」


 いつも強気で、口数も多い穂奈美ではあったが、この異常に絡んでくる感じは、普通じゃなかった。


「・・・それはでも、きついなぁ。」

「フォローしてくれなくていいですよ。」

「大丈夫なのか?。」

「大丈夫ですよ。・・・元々、長く付き合ってたわけでもないし。」


 陽貴は、言葉が出てこなかった。

穂奈美の口調に、つい面白がってしまったが、悲しくないはずがない。


「・・・・」

「やめて下さいよ。何か言って下さいよ。もう、言わなきゃ良かった。ちょっと言い過ぎたかなって思って・・・。」

「無理すんなよ。」

「無理してません。ショックも受けてません。腹は立ちましたけど・・。」

「無理してんなぁ。」

「・・・男って、何でそうなんですか?浮気しないとダメなんですか?そのために生きてんですか?」

「・・・それで、俺に絡んでたのか。」


 穂奈美は、驚いたような顔をして、初めて黙った。

 あんな男、こっちから捨ててやった、はずだった。

 一瞬、陽貴を、きつい眼で睨んだが、すぐ目を逸らす。


「ちっ。」

「舌打ちすんな。彼氏の前でも、そんな感じなのかよ」

「そんなんだから、浮気されるんだって思ってますよね?」

「そんなふうに思ってない。」

「絶対思ってますよ。」

「思ってないよ。」

「・・・どうでもいいです。」


「何にしても、別れるのはきついよな。誰にも、どうすることもできないよ。」

「分かってますよ。」

「慰められても、無くなるわけじゃないし。」

「はいはい。」

「解決は出来ないから、忘れるしかない。」

「先輩はフラれたかもしれませんけど、私はフッた方ですよ。」

「実質、変わらないと思うけど。」

「・・・もう、分かってますよ。先輩と同じっていうのが嫌なんです。・・・あーあ、なんか良いこと無いかな。」

「そんな簡単に、良いことなんてあるわけないだろ。」

「いちいち、言い返さないで下さい。」


少しの沈黙になる。

結局、こんな話しをしたところで、何の解決にもならない。

不毛過ぎる。

それでも、


「ダラダラ喋ってたら疲れたよ。」

「話してたら、どうでもよくなってきました。」

「・・・少しはマシになった?」

「何ですかそれ?」

「別に・・・」


穂奈美も、妙な疲労感を感じていた。同時に、女友達に元カレの愚痴を言った時とは、違う感覚があった。


「・・・多少は。」

「飯でも行くか?」

「奢ってくれるんですか?」

「えーっ、俺も傷ついてる側なんだけど。」

「じゃ、行かないっす。」

「あそっ。じゃあ、お疲れ。」

「お疲れ様です。」


 穂奈美は、オフィスを出ていく。

 陽貴も、PCの電源を落とした。

 背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。


 穂奈美の言葉を思い出す。

『理由なんて、分かんない方が良いですよ。』

本当は、そうなんだろう。考えたって仕方のないことだろう。

(そう思えれば、楽なんだよな。)



 突然、ドアが開いた。穂奈美が戻って来た。


「また何かあったら、話、聞いてあげますよ。」

(なんで上から目線?)

「要らないです。結構です。」

「はあ?せっかく・・・。バーカ。」


 ドアを勢いよく閉めて、穂奈美は走って出て行った。

「早く帰れ!・・子供かよ。」

ドアに向かって言うが、聞こえてはいないだろう。


 陽貴も、オフィスを出ていく。

 夜が更けても、周りのビルには、まだ明かりが灯る窓が多くある。

 陽貴は、疲れたように、少し息を吐いた。

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