表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の小説を食べる何かに、名前をつけた  作者: 九条 蓮夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

第14話 罠の形

 仁のラボから帰って三日後、字義の様子が変わった。


 最初は微細な変化だった。

 概念の伝達が、少しだけ遅くなった。俺が問いかけてから、返ってくるまでの間が、これまでより長い。

 次に、光の揺れ方が変わった。いつもはゆるやかに漂っているのに、細かく、速く震えるようになった。

 俺の知っている字義の揺れ方ではなかった。


「何かあったか」


 字義が長い間を置いた。


 概念が来た。

 今回は翻訳が難しかった。不快と恐怖の中間にある何かと、もっと抽象的な「引力」の感覚が混在していた。


「……何かに引っ張られている。遠い方向から、引力がある。お前の傍にいるために、力が要るようになった」


「引力の源はどこだ」


 字義が答えるまで、一分かかった。


「……南の方向。遠い。でも強い。人間が作った、何かが出している力」


 人間が作った引力。

 LANOSだ、と俺は直感した。

 仁のラボを訪れたのを知って、何か手を打ってきた。


 俺はすぐに動いた。

 地図アプリで南の方角を調べる。電車を乗り継いで向かえる範囲で、LANOSの関連施設がないか。

 担当者の名刺には住所がなかった。が、渡された封筒の印刷から、発送元の郵便番号が読めた。それを手がかりにすると、南の方角、電車で四十分の地域に、LANOSの関連法人と思われる住所が浮かんだ。


 字義に言った。


「行ってみる。一緒に来られるか」


 光が揺れた。

 来る、という揺れ方だった。だが、いつもより重い揺れ方だった。引力に逆らって動くための、力を使っている気配。


          ◇


 電車の中で、字義の光が薄くなっていた。

 南に向かうにつれ、光の密度が落ちていく。

 それでも消えなかった。字義はいた。


 目的地で降りると、雑居ビルが立ち並ぶ一角に出た。

 その中の一棟、地下に降りる階段を、字義の光が示した。

 看板は何もない。だが、ドアの前に立つと、俺にも分かった。

 空気の質が違った。


 薬品の臭いではなかった。

 もっと電気的な、精密機器が稼働しているような気配。そして、それとは別の、「情報が吸われていく」ような感覚。


「ここだ」


 字義の光が、強く収縮した。

 縮むことで、引力に抵抗しているように見えた。


「中に何がある。分かるか」


 字義が時間をかけて答えた。


「……俺たちを引き寄せるための装置。光の匂いを真似ている。人間が書いたものや作ったものの匂いを人工的に作り出して、俺たちを呼び寄せる。近づくと、動けなくなる。逃げられなくなる」


 蜘蛛の巣だ、と思った。

 獲物の振動を模した糸を張って、本物が来るのを待つ。


「お前が引っ張られていたのは、この匂いか」


 ――そう。でも本物じゃないと分かっていた。ただ、無視できないくらい強い。


「他にも引き寄せられている個体はいるか」


 字義が少し間を置いた。


 ――いる。近くに、二体か三体。まだ遠い。でも近づいている。


「止められるか、その個体たちを」


 字義がまた間を置いた。


 ――俺には止められない。俺たちは、互いの動きに干渉できない。


 俺は階段の前で立ち止まり、考えた。

 LANOSの装置を物理的に止めることは、今の俺には無理だ。中に入れば捕まる。

 外から何かできることはないか。


 作家の本能が動いた。

 ルールを変えろ。物語の構造を変えるように、状況のルールを変えろ。


「字義。この装置が出している『光の匂い』は、何を模しているんだ」


 ――人間が何かを創るときの光。書くとか、作るとか、歌うとか。創造の瞬間の匂い。


「本物の光とどこが違う」


 しばらく間があった。

 字義が考えている気配。


「……終わらない。本物の創造の光は、始まりと途中と終わりがある。この装置の匂いは、途中のまま終わらない。ずっと続く」


 俺はそれを聞いて、手の中で何かが結びついた感触があった。


 物語の構造だ。

 始まりがあって、変化があって、終わりがある。それが物語だ。

 LANOSの装置が発する偽の光には、終わりがない。ずっと途中のまま続く。


 本物の光があれば、偽の光は「比較されて、偽だと分かる」。

 比較対象を作ればいい。


「俺が、ここで書けば、本物の光が出るか」


 字義の光が揺れた。


 ――出る。だが、この装置の引力の中で書けるか。


 俺はノートを取り出した。

 最後のページに、仁の言葉を書き写してあった。


『彼らが俺たちの何かになれるとしたら、何になれるか』


 それを見ながら、書き始めた。

 場所は違う。状況は違う。でも、ここで生まれた光なら、本物だ。


 書いた。

 ビルの地下への階段の前で、雑居ビルの冷たい外壁にもたれながら、ノートに書いた。

 物語の断片。字義のことを、字義の言葉を借りながら、書いた。


 光が出るのを感じた。

 字義が感じているように、俺も感じた。自分が書いているものから、何かが放たれていく感覚。


 字義が教えてくれた。


「……本物の光が出ている。偽の匂いとは、違う。近づいていた個体たちが、止まった。比べている」


「偽だと気づくか」


 ――気づく。時間がかかるが、気づく。


 俺は書き続けた。

 寒かった。手が悴んでいた。

 それでも書いた。

 偽の光が本物の光に敗けるまで、書き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ