人もゆかずばうたれまい
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、ここも新しく橋が架かったんだねえ。昔のイメージだと、ここは土手と河川敷の一部だったけれど、こうも雰囲気が変わるとは。
橋。こいつの歴史もかなり長く、古くはお坊さんなどの聖職者の主導のもとで作成されたという。現世の救済の意味合いも大きかったようだ。
地面が続いているところなら、道として整備をしなくても通る者は通っている。古くからある土を踏みながら、だ。
けれど橋はあちこちから持ち寄った材料でもって作り出した人工の道のひとつ。踏みしめるのは人が手を入れた材料たちであって、自然そのままの姿じゃない。ひょっとしたら材料を用意する過程で、不可解なものが混じったりして、奇妙な事態を起こすことがあるかもしれないね。
以前、友達から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?
数年前の話だという。
そのときの友達は、いささか酒に酔いすぎていた。ストレスその他も重なっていたなら、早く酔いたい夜もある。それでもどうにか帰り道ばかりは認識できていて、ようやく川べりにある家の対岸あたりまできた。
あとは、最近にできた新橋を渡れば目と鼻の先。橋のたもとの欄干端に手をかけて、いったんはひと休み。すでに人通りも車通りもまばらになっていて、自分以外には等間隔に設置された背の高い照明と、やや山なりの床板が待ち受けているのみ。
今日の昼間も通った道だし、そちらを逆に進むだけ……と思っていたのだけど。
――あれ? 逆戻りしている?
一度、渡り切ったと思った橋の先は、自分が歩み入ったたもと側だった。見える景色からして間違いない。そして行くときには右側にあった街灯も、左側へ移っている。
どこかでUターンを自分はかましたのだろうけど、それがさっぱりわからない。酔っているためだろうか。そこから3度同じことをして、3度とも知らぬ間に戻っていたそうだ。
狐狸に化かされる話を思い出してしまう友達だが、もしそうだったなら自分を延々と歩かせそうなもの。なぜスタート地点に戻すのだろう。
酔いもいくらか冷めてきてしまった友達だが、まだ脳にはぼんやりとかすみがかかっていて、神経だけが体の1メートル先に置かれてしまっているかのように鈍い。
いったん橋から離れた友達は、近くの自動販売機でミネラルウォータ―を購入。歩き飲みしながら、これもまた近くの公園の公衆トイレで用を足す。
一緒にアルコールもいくらか抜けたか、だいぶすっきりした頭と足取りで、四たび例の橋へと戻ってくる。
大丈夫。今度は意識がはっきりしている。
念のため欄干へ手をかけつつ、街灯も数えながら先へ進んでいく。対岸までの数は7つ。ほぼシラフになれた頭なら数えそこねることもないだろう。
そうやって、ひとつふたつと数えていき、みっつめをすぎてよっつめへ差し掛かろうとしたとき。
ぽんと、体が跳ねたかと思った。
ジャンプのそれとは違う。まるで橋全体が弾んだかのようで、自分はそれに巻き込まれたおもちゃのごときものだ。
でも、おもちゃだけに影響は十分。たちまち体は180度反転し、そのまま前進すれば元へ戻ってしまうかっこうに。
試しに振り返って、もう一度前へ進もうとすると、やはり弾むようにして体が背後へ向き直ってしまった。
――よもや、ゲームなどで見る回転床を体験することになろうとはな。
ダンジョンものだとお約束の罠のひとつで、一人称視点のゲームだと座標と向きを特定できるすべがなくては、延々と回り続ける恐れもある厄介なもの。
――だが、律儀に一マスずつ歩くダンジョンものとは違い、こちらは自分が跳ねることができるんだ。
そう思い、友達は方向転換させられる場所の手前で、大きく立ち幅跳びして飛び越えていく。案の定、先のように振り向かされることはなかったのだけど。
ふと、夜が赤くなり始めた。
それが周りに赤い霧がまいたのではなく、自分の目から血が滴っていることに気づいたのは、ほどなくしてだ。
遅れてくる頬、喉、首周りの痛み……そのいずれからも皮膚が裂けに裂けて、血がどぼどぼと流れ出始めていた。
恐ろしいのが、この明らかな深手に対してまったく痛みを感じていないことだ。色と感触のみでもどうにか判断し、ぎょっとした友達は思わず方向転換するポイントへ引き返してしまう。
とたん、すっと出血のことごとくは引っ込んでしまったが、裂けた部分にはかすかな血痕が残っている。なにより、ここから見る床板には、たっぷりと血のりが残っているのだから。
もし、酔っぱらったままで、痛みなく血を流し続けるあの環境下にあったなら、知らぬ間に血を失いすぎて動けなくなっていたかもしれない。
橋は事前にそれを察し、自分を引き返させていたのではないか。数十分後に、反転することなく橋を通れるようになったとき、友達はそう感じたらしい。




