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職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第2章 訓練と静寂 ― 揺らぐ日常 ―
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第三部 夢と影 ― 指定個体

 訓練スケジュールが変わったのは、ほんの小さな通達だった。

 アプリの通知ひとつ。赤い印字で〈特別課程〉と書かれていた。

 「新カリキュラム導入に伴う試験運用」――そう説明されていたが、ユノにはその言葉の裏に“別の意図”があるように思えた。


 訓練棟の構造が少し変わっていた。廊下の曲がり角にカメラが増えている。

 通るたび、視線のようなものが背中に刺さる。

 鏡面の床に反射する自分の顔が、わずかに遅れて動いている気がした。

 「気のせい……だよね」

 口の中で呟いた。返事はなかった。


     *


 新しい訓練プログラムは「制御テスト」と呼ばれた。

 単独で魔素を抑制し、封鎖空間内で維持する試験。

 教官は壁の外から観察する。ユノの周囲には、金属の柱が円を描いて並んでいた。

 柱の先端が赤く点滅する。


 「開始まで十秒」

 灰野の声がスピーカーから響く。

 「……リリースコード、展開」

 ユノは深呼吸し、手にした銀の鍵を回した。

 瞬間、足元の紋章が光り、魔素の粒子が霧のように立ち上がる。

 それを包み込むように、半透明の膜が形成された。


 成功――のはずだった。

 だが、膜は一瞬で歪み、波打つ。

 光が跳ね返り、壁が鳴った。

 灰野の声が一瞬だけ焦りを含む。

 「出力抑制! ユノ、すぐに魔力を下げろ!」

 「やってます!」

 制御が利かない。力が、外へ溢れようとしている。

 ユノは歯を食いしばり、両手を握った。

 リリースコードが勝手に輝き、指先が熱くなる。

 その瞬間、視界が白く染まった。


 ——次の瞬間、音が消えた。

 空気が凍り、霧が静止する。

 全てが止まった空間の中で、ただ一つ、声だけが響く。


 《あなたの力は、もっと先まで届く》


 女の声。低く、優しく、悲しげで。

 ユノは振り返った。

 誰もいない。

 だが、確かに感じる。すぐそばに“誰か”がいる。

 呼吸のような気配。涙のような温度。


 目を開けたとき、床に崩れ落ちていた。

 警報が鳴り、灰野が駆け寄ってくる。

 「ユノ! 聞こえるか!?」

 「……はい。ちょっと、疲れただけです」

 意識ははっきりしていたが、体は動かない。

 手の中のリリースコードだけが、心臓の鼓動のように震えていた。


     *


 医務室。

 点滴の滴が落ちる音が静かに響く。

 白い天井。漂う消毒液の匂い。

 カーテンの隙間から、リオが顔を覗かせた。


 「びっくりしたよ。急に倒れたって聞いて……」

 「大丈夫。ちょっと制御ミスっただけ」

 「ほんとに? なんか……前より無理してるように見える」

 ユノは微笑んだ。

 「平気。少し休めば治るから」

 リオは口を噤み、椅子に腰を下ろした。

 沈黙。

 やがて、彼女がぽつりと呟く。

 「……ねぇユノ。訓練場のカメラ、増えたよね」

 「え?」

 「昨日の廊下でね、誰もいないのにライトが勝手についたの。

  誰かが見てる気がして……」

 言葉が途切れる。

 ユノは無意識に、自分の腕を抱いた。

 その肌の奥に、“透明な目”があるような感覚がした。


     *


 夜。

 ユノは再び夢を見る。

 白い部屋。足音が響く。

 床に長い影が伸び、その先に女性が立っている。

 髪は銀色、目は淡く光っていた。

 彼女は微笑み、手を差し伸べた。

 《見つけたわ、ユノ》

 「……誰?」

 《あなたは、私の続き。だから、思い出して》

 言葉の意味を理解するより早く、手の中のリリースコードが光る。

 女の輪郭が崩れ、花のように散っていった。

 そして最後に、囁くような声が残る。

 《あなたの力は、与えるものじゃない。流れを変える力》


 ユノは目を覚ました。

 額の汗を拭い、荒い呼吸を整える。

 外は静かで、夜明け前の淡い光が窓を染めていた。

 ――流れを、変える。

 その言葉だけが、耳の奥に残っていた。


     *


 一方、IMIA本部では。

 データスクリーンの前に、灰野とシロウが向かい合っていた。

 「事故報告、確認しました」

 「事故じゃない。あれは“反応”だ」

 灰野の声には疲労が滲んでいる。

 「彼女の適合率は上がり続けている。制御不能域に近い」

 シロウは無表情のままデータをスクロールさせた。

 「いい傾向だ。予定より早く進んでいる」

 「予定……? あなたたちは何をしている」

 「PROJECT_AURORA_REACTOR。名前くらいは聞いたことがあるだろう」

 灰野の呼吸が止まる。

 「まさか……ユノをその計画に――」

 「決まったことだ。君の意見は求めていない」

 「彼女は、ただの少女ですよ!」

 シロウの目がわずかに細まった。

 「“ただの少女”に、世界は救えない」

 そして、画面を閉じた。


     *


 翌日、ユノは朝の訓練に現れなかった。

 体調不良として扱われ、灰野だけが医務室へ向かう。

 扉の隙間から、寝息が聞こえた。

 だが、その隣のベッドには誰もいない。

 空間が、わずかに揺れている。

 まるで“誰かが見ている”かのように。

 灰野は扉を閉め、呟いた。

 「……セリア・ノイン。あなたの残したものは、まだここにあるのか」


     *


 深夜、システムの中でファイルがひとつ更新された。


 ――【PROJECT_AURORA_REACTOR】

 分類:極秘/最高機密

 対象:ユノ・アマツキ

 観測結果:異常適合率継続/融合段階への移行可

 担当官署名:シロウ・エガワ

 備考:被験個体周囲に幻聴・夢見現象の報告あり。原因は“共鳴”の可能性。


 冷たい光がモニターを照らし、誰もいない部屋に文字だけが浮かんだ。

 その下で、ファイルが自動保存される音が小さく響いた。


 そして、どこか遠くでユノが目を覚ました。

 夢の残響がまだ耳に残っている。

 「……私、見られてる」

 呟いた瞬間、窓の外に虹色の靄がかすかに光った。

 それはまるで、見えない誰かが微笑んでいるように見えた。

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