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職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第2章 訓練と静寂 ― 揺らぐ日常 ―
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第一部:静かな日常




 初任務から二週間後、ユノ・アマツキは再び訓練場の光を見ていた。

 人工太陽灯が頭上で静かに回転し、白い床に均一な影を落としている。整列する魔法少女たちの制服は淡いグレーに統一され、背筋は真っすぐ。規律と静寂、その中で心臓の音だけが自分のものとして存在していた。


 「出力三。角度ゼロ。タイミング〇・五。――どうぞ」


 教官の声が響く。ユノは鍵――リリースコードを両手に構えた。銀の表面が薄く呼吸し、内部の光が一瞬だけ色を変える。

 吸って、止めて、吐く。

 光が指先から走り、的の中心を貫いた。無音。衝撃波すらない。完璧な制御。

 拍手も歓声もない。ただ、端末の表示に「適合率99.7%」の文字が淡々と現れた。


 「よし。合格ラインだ」

 教官は簡素に告げ、次の生徒の名を呼ぶ。

 ユノは一歩後ろに下がり、リリースコードを胸に抱いた。冷たい金属のはずなのに、掌の中でかすかに熱を帯びている。呼吸に合わせて、まるで脈打つように。


 ――ねぇ、こわくない?


 あの日の声が、ふと蘇る。

 耳の奥に残る残響。それは恐怖というより、質問に近かった。

 “あなたはまだ、恐れることを知っている?”と問われたような、そんな響き。


     *


 訓練を終えると、廊下には昼休みのざわめきが広がっていた。

 自販機の前で談笑する同僚たち。パンを抱えて笑う声。ユノはスルーしようとしたが、リオの明るい声に呼び止められた。


 「ユノ、また記録更新? 99.7って何それ、人間やめた?」


 「……やめてないよ。むしろ人間らしくなってきた気がする」


 「はいはい、そう言う人が一番やばいんだって。あんたもう、訓練場の噂の的だよ」


 「噂?」


 「“オーロラの子”って。見た? 放った瞬間、光が七色に分かれたんだってさ。まるで空に虹が咲いたみたいだって」


 リオは冗談めかして笑う。

 ユノは曖昧に笑い返した。だが、心のどこかで小さな棘のような違和感が残る。

 ――虹。

 それは、あのとき空に広がった靄の色と同じだった。


     *


 午後の講義は退屈だった。

 モニターに映るのは“引退者の歩み”という映像。ニュース番組のような口調で、ナレーターが語る。


 《引退した魔法少女は、その後も社会のさまざまな場面で活躍しています。教育・福祉・医療――彼女たちの経験は、未来の礎となるのです》


 笑顔で手を振る女性たち。

 教室の生徒たちは拍手を送るが、ユノだけは目を離せなかった。

 画面の中央、花束を抱えた女性――どこかで見た顔だった。

 リオの前任チームの一人、ミナだった。

 あの日の戦闘で重傷を負い、そのまま“引退”と聞かされていた。

 けれど、映像の中の彼女の瞳は、ガラス玉のように焦点を結ばない。

 笑っている。けれど、笑っていない。


 「……これ、ほんとに“生きてる”のかな」


 小さく漏れた呟きは、自分の声だった。

 隣の席のリオが、ちらりと視線を向けたが、何も言わずに前を向いた。


     *


 夜。寮の窓を開けると、空気が少しだけ冷たい。

 街の遠くに、虹色の靄がかかっている。

 昼の話のせいで、余計にその光が気にかかる。

 鍵を取り出すと、まるで呼応するように表面が淡く光った。


 「……呼んでるの?」


 返事はない。ただ、光が弱まり、再び沈黙に戻る。

 そのとき、ポケットの端末が鳴った。送信者――灰野。

 《明日の訓練、集合時間が早まります。詳細は別途通知。》

 それだけの文面だった。

 画面を閉じ、机に伏せると、まぶたの裏にあの映像が浮かんだ。

 笑顔のミナ。焦点の合わない瞳。

 ――引退って、ほんとうに“戻る”ってことなんだろうか。


     *


 翌朝の訓練は、風が強かった。

 広いドームの天井越しに人工光が揺れ、床に長い影を作る。

 ユノは前衛組として配置され、魔素濃度の高い区域での模擬任務に挑む。

 背後ではリオが支援魔法を展開していた。


 「ユノ、出力二でいける。前方、幻影型だよ」


 「了解」


 リリースコードを握る。

 呼吸を合わせる。鍵が回転し、細い光が走る。

 ――完璧。

 制御は安定している。けれど同時に、何かが「退屈だ」と囁くような気配。

 光の刃が幻影を切り裂いた瞬間、胸の奥に“物足りなさ”が生まれた。


 その感覚が、怖かった。


 訓練終了後、教官は満足げに頷いた。

 「制御は理想的だ。君は、才能がある」


 褒め言葉のはずなのに、重かった。

 才能。

 それは、“使うことを求められる資質”でもある。


     *


 昼休み。

 リオと二人、訓練棟の屋上でパンを食べる。

 風が通り抜けるたび、髪がふわりと浮かぶ。

 リオはお馴染みのパン屋の袋を掲げ、にやりと笑った。


 「じゃーん、“甘いやつ”。昨日売り切れてたの、朝一で買ってきた」


 「……また買ってきたの?」


 「また買ってきた。あんたの顔、甘いもん食べてるときだけ人間っぽいから」


 ユノは苦笑しながら袋を受け取る。

 砂糖の香りが風に溶け、どこか懐かしい感情が胸に流れ込む。

 口に含むと、優しい甘さが広がった。

 その瞬間だけ、戦いや訓練のことを忘れられる。


 「ねえ、ユノ」

 リオが空を見上げた。

 「昨日、ニュース見た? 第二支部の引退式。ミナさん、出てたでしょ」


 「見た。……なんか、違ってた」


 「うん。私もそう思った。笑ってたけど、あの人、あんな笑い方しなかったよね」


 風が止まる。

 ふたりの間に静寂が降りる。

 やがて、リオが小さく息を吐いた。


 「ユノ、もし私が“引退”したらさ、見に来てくれる?」


 「……そんなこと言わないで」


 「言うよ。だって、私たちってそういう仕事じゃん」


 淡い冗談のようで、冗談じゃなかった。

 ユノはパンを見つめ、答えを飲み込んだ。

 空の彼方、虹色の靄がまた一筋、流れていった。

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