表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第1章 光の資格
3/26

第2部:現場〜初戦・リリースコードの覚醒

第2部:現場〜初戦・リリースコードの覚醒


 輸送車のタイヤが舗装の切れ目を越えるたびに、重い振動が車内を満たした。

 窓の外では、鉄骨の影が斜めに歪み、錆びついた配管が霧の中に沈んでいく。

 かつてここは、工業国家として栄えた地域だったという。

 だが、今は誰も住まない。

 魔素濃度が一定以上に達した土地は、呼吸するだけで肺を侵す。

 人間の住む世界と、滅びかけた世界の境界線――そこが、ユノたちの“初戦場”だった。


 「第三区・旧鉄鋼コンビナート……、空気が重いね」

 リオの声が震えているのを、ユノは聞き逃さなかった。

 「酸素量が低下してる。マスク、しっかり着けて」

 「わかってるけど、視界悪いなぁ……霧が動いてるみたい」

 「動いてるんじゃなくて、吸い寄せられてるの。魔素の中心に」

 「……物知りだね、ユノ」

 リオが笑おうとして、うまく笑えなかった。


 外に出ると、霧が肌に触れる。

 その瞬間、わずかに冷たい痛みが走る。

 魔素が皮膚の表層を侵食していく感覚。

 空気は鉄の味がした。


 部隊長が無線で指示を出す。

 「第一班、東側を確認。第二班、工場跡に突入。魔素反応、レベル3。新人にしては濃い。油断するな」

 ユノたち第二班は、崩れかけた倉庫へ向かった。

 床は湿っていて、あちこちに破れた布や工具の残骸が散らばっている。

 壁の一部には、黒い染みが浮かんでいた。

 それはまるで“何かが人の形を模倣しようとして途中で止まった”ように見えた。


 リオが息をのむ。

 「ねぇ……これ、人の影じゃ……?」

 「見るな」

 ユノは思わず口を挟んだ。

 彼女のリリースコードが、微かに共鳴音を放っていた。

 “カチリ”。

 まただ。

 まるで何かを警告しているように。


 その時、霧の中心が動いた。

 ゆらり、と。

 空気の密度が変わる。

 影が膨張し、周囲の光を飲み込んだ。


 「魔素体、発生!」

 部隊長の声が響く。

 リオが前へ出た。

 手にした双刃が青く光る。

 「行くよ、ユノ!」

 「……援護する!」


 リオが駆ける。

 影が応える。

 地面から無数の黒い腕が伸び、空を裂いた。

 それは液体のようでいて、金属のように硬い。

 リオの刃が一閃するたびに、黒い飛沫が弾けた。

 しかし切っても切っても、霧は形を変えて再生する。


 「こいつ、再生してる!」

 「中心を狙え!」

 ユノは叫び、リリースコードを構えた。

 掌の中の鍵が震え、光を吸い上げる。

 瞬間、彼女の瞳にオーロラの光が走った。


 “解放リリース


 鍵が空中に舞い上がり、数百枚の光子プレートが分解・再構築を始める。

 ユノの背後で六枚の光翼が展開され、足元には魔法陣が形成された。

 空気が震える。

 世界の音が消える。

 ユノの口から自然に言葉が零れた。


 「リリースコード、起動」


 次の瞬間、虹白の光が奔った。

 大気が歪み、音が爆ぜる。

 視界の中で、魔素体が霧散する。

 同時に、倉庫の外壁が衝撃で崩れ落ちた。

 ユノの放った光弾は敵だけでなく、周囲の空気そのものを焼き尽くしていた。


 「ユノ! ストップ!」

 リオの叫びが届く。

 だが光は止まらない。

 ユノの体が動かない。

 両腕が熱く、呼吸が合わない。

 心臓の鼓動と、リリースコードの脈動がずれていく。


 (やめて……やめて!)


 だが鍵は応えない。

 むしろ嬉しそうに、さらに深く共鳴を始めた。

 ユノの髪が風で舞い上がり、肌の下を光の線が走る。

 自分の中に“何か別の存在”が入り込んでくる。

 温かく、けれど恐ろしく冷たい感触。


 その瞬間、頭の奥に声が響いた。


 『――こわくない?』


 息が詰まる。

 耳元でも、心の中でもない。

 確かに、自分の“内側”から聞こえてくる声。


 『もっと見せて。あなたの光を』


 その言葉に反応するように、リリースコードの光が増幅した。

 リオが距離を取る。

 部隊長が制止の命令を叫ぶ。

 だがユノの耳には何も届かない。

 世界のすべてが光に飲み込まれた。


 ……気づいたとき、あたりは静まり返っていた。

 爆風で吹き飛ばされた壁が瓦礫の山となり、地面は黒く焦げている。

 魔素体は完全に消滅していた。

 だが、仲間たちの姿も見えなかった。


 「リオ……? どこ?」

 声を張る。

 返事がない。

 足音だけが自分の耳に響く。


 焼け焦げた地面に、光る破片が落ちていた。

 リオの双刃の残骸。

 その傍らで、彼女がうずくまっていた。


 「リオ!」

 駆け寄ると、リオは肩で息をしていた。

 右腕には火傷、口元から血が滲んでいる。

 「……だいじょぶ、ユノ?」

 「私……ごめん……!」

 「気にしないで。生きてる。みんな生きてるよ……多分」


 彼女は笑おうとしたが、唇が震えていた。

 ユノはその場に膝をついた。

 地面の焦げ跡が、まるで自分の罪の形を刻んでいるように見えた。


 (これが……私の力?)

 胸の奥で、何かが軋む。

 誇りではなく、恐怖だった。

 自分の中にある“何か”が、敵よりも恐ろしく思えた。


 ヘリの音が遠くから聞こえた。

 IMIA救助班の到着だ。

 ユノはリリースコードを見つめた。

 光はすでに消えている。

 ただ、中心の輪が一度だけ静かに回転した。

 “カチリ”。

 まるで「見せてもらった」とでも言うように。


 その瞬間、ユノの胸に微かな吐き気が走った。

 金属の匂い。

 焦げた空気の味。

 そして、遠くで聞こえた“笑い声”。


 幻聴だと思った。

 けれど、その笑いは確かに“鍵”から響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ