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職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第五章 進むことも戻ることもできない
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第一部 真相へ向かう

 午後の陽が傾くと、病棟の廊下はまるで別世界のように静まり返った。

 窓の外では風が雲を押し流し、遠くで夕立の気配がする。

 白く磨かれた床は、空の色を映して淡い橙に染まっていた。

 病室を出るとき、看護師に「十五分以内に戻ってくださいね」と言われた。

 ユノは頷きながらも、どこか上の空だった。


 医療棟の奥、集中治療区画——ICU。

 そこに、戦場で共に戦った仲間たちが眠っている。

 廊下のプレートに並ぶ名前の中に「レナ・フィーネ」「ミナト・アサクラ」という文字を見つけ、ユノの足が止まった。


 「……レナ、ミナト……」

 彼女たちは、あの灰色の戦場で最後まで並んで戦っていた。

 レナは盾役として前衛に立ち、ミナトは支援魔法で全体を守った。

 彼女たちがいなければ、ユノはあの“災厄”に立ち向かえなかったはずだ。


 ガラスの向こう、面会禁止の赤いプレート。

 カーテンの隙間からかすかに見える白いベッド。

 呼吸器の管が並び、機械の音が淡く鳴っている。


 「面会謝絶です」

 背後から声をかけられ、振り返ると看護師が立っていた。

 年上の女性で、笑顔は柔らかいが、どこか作り物のようだった。

 「ごめんなさいね。彼女たちはまだ安静が必要なの」

 「重いんですか?」

 「ええ……魔力循環がうまくいっていないみたいで。少しでも刺激を与えると危険なの」


 “魔力循環”。

 その言葉が、どこか自分の体を刺すように重く響いた。

 「私が……戦場で、なにか……?」

 聞き返そうとしたが、看護師はそれ以上言葉を続けなかった。

 ただ優しく頭を下げて、「お部屋に戻ってくださいね」と言った。


 背を向けて歩き出すと、背後で機械のピッという音が一瞬だけ途切れた。

 振り返ると、カーテンの影がかすかに揺れた気がした。


 部屋に戻ると、白い点滴スタンドが光を反射している。

 リリースコードは枕元のケースに入っていた。

 銀色の表面に触れると、指先に微かな脈動を感じる。

 (……あのときも、これが導いた)

 砲撃を放つ直前、頭の中で“声”がした。

 ——放て、ユノ。

 ——この手で、終わらせろ。

 その声がどこから来たのか、今も分からない。

 ただ、その瞬間、全てが白に溶けていった。


 ベッドに腰を下ろす。

 病室の時計は午後十時を指していた。

 窓の外では雨が降り始めている。ガラスを叩く音が規則的に響く。

 (……みんな、目を覚ますかな)

 呟きは、薄闇に吸い込まれて消えた。


 静寂の中、廊下から声が聞こえた。

 看護師二人の小さな話し声。

 「……また一人、意識が戻らないって」

 「え? 誰?」

 「レナ・フィーネ。循環が止まってるらしいの」

 「そんな……昨日まで安定してたのに」

 「主任が言ってた。原因は“特異個体”かもしれないって」

 「……あの子のこと?」

 「静かに。壁に耳があるかもしれないから」


 ユノの手から、ペンが転がり落ちた。

 心臓が強く鳴る。

 “特異個体”——。

 誰のことを指しているのか、考えるまでもなかった。


 真夜中、病棟は完全に眠りについた。

 照明は落ち、非常灯だけが淡い緑の光を放っている。

 ユノはベッドを抜け出し、点滴を外した。

 体はまだ重いが、歩ける。

 静まり返った廊下を、裸足で進む。


 (研究区画……あの人たちがいた場所)


 昼間、研究員たちは言っていた。

 ——あなたは枯渇していない。むしろ増えている。

 それが事実なら、あの戦いのあとに“誰か”が枯渇したことになる。

 レナも、ミナトも。


 (どうして、私だけ……)


 医療棟の突き当たりにあるセキュリティドアの前に立つ。

 パネルが赤く点滅している。

 IDカードも通行許可も持っていない。

 それでも——行かなきゃいけない。

 そう思った。


 ポケットからリリースコードを取り出す。

 銀の鍵が、淡く脈動している。

 それをドアの読み取り機に近づけると、低い電子音が鳴った。

 ピピッ——。

 ランプが緑に変わり、ドアが滑らかに開いた。


 「……どうして、開くの……?」


 まるで、導かれるように。

 リリースコードが、彼女の意思よりも先に動いているようだった。


 研究棟の中は薄暗く、空調の低い唸りが響いていた。

 ホログラムパネルが無人のまま点灯しており、機械の光が壁を青く染めている。

 机には、散乱した資料。

 誰かが慌てて去ったような形跡があった。


 ユノは一番手前の端末に触れた。

 画面が明るくなり、ファイルリストが現れる。

 そこに見慣れた文字があった。


 【対象個体:No.0167/ユノ・アマツキ】


 指先が震える。

 ファイルを開くと、黒い背景に白文字が浮かび上がる。


 〈状態:安定〉

 〈出力:測定不能〉

 〈観測結果:対象、戦闘時に“収束現象”を確認〉

 〈魔力流:外部吸引型〉

 〈影響範囲:近接個体全域〉

 〈備考:対象個体は周囲の魔法少女より自動的にエネルギーを吸収〉


 「……吸収……?」

 声が震える。喉が乾いている。

 文字が光り、まるで彼女を嘲笑うようだった。


 〈追記:AuroraLink計画・暫定適合体〉

 〈目的:長期同調試験〉

 〈備考:本個体は“世界防衛装置”として転用可能〉


 スクロールするたびに、言葉の意味が重くのしかかる。

 “世界防衛装置”——それは、人間ではない。


 机に手をつき、息を荒げる。

 「違う……私は……守ったのに……!」

 涙が滲む。

 床の冷たさが、足の裏から心臓まで染み込んでいくようだった。


 画面の下部、最後の項目。

 〈吸収対象:レナ・フィーネ(重度魔力低下)/ミナト・アサクラ(臨床安定待機)〉


 その二つの名前を見た瞬間、心臓が止まるような感覚が走った。

 (やっぱり……)

 指先が震え、画面に涙が落ちた。

 白い光が滲んで歪む。


 「どうして、こんなことが書かれてるの……?」


 背後で、扉の開く音がした。

 ユノは振り返る。

 そこに立っていたのは、黒のコートを羽織ったシロウ・エガワだった。

 淡い照明に照らされ、その表情は読めない。


 「……見てしまったか」

 静かな声。だが、その奥には痛みのようなものが潜んでいた。


 ユノは叫ぶように問い詰めた。

 「これはなに!? 私が、みんなから奪ってるって……!」

 「落ち着け、ユノ」

 「落ち着けるわけないっ……! 私が、レナたちを……!」


 シロウは黙って歩み寄り、端末のスイッチを切った。

 画面が暗くなり、研究室が一瞬にして闇に沈む。

 その中で、彼の声だけが淡く響いた。


 「……お前は、奪ってなどいない」

 「……え?」

 「奪っているのは、“お前に組み込まれたもの”だ」


 ユノは息を飲んだ。

 その意味を理解するには、少し時間が必要だった。

 だが、シロウの目を見て、嘘ではないと分かった。


 「詳しい話は、ここではできない。……ついて来い」


 シロウはそう言い、扉の向こうへ歩き出した。

 ユノは胸にリリースコードを握りしめながら、その背中を追った。


 研究室の照明がひとつずつ消え、

 ただ、最後に残ったホログラムだけが光を放っていた。


 そこに浮かぶ最終行。


 〈プロジェクト名:AuroraLink計画〉

 〈対象:ユノ・アマツキ〉

 〈状態:起動準備完了〉

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