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職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第4章 継承の夜明け
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第三部 静かな帰還

 戦場の灰が降りやんだあと、静けさだけが世界を覆っていた。

 夜ではないのに、光の届かない午後。空にはまだ、消滅の名残りのような“白い円”が浮かんでいる。


 ユノ・アマツキは医療棟の白いベッドにいた。

 窓の外では無人のドローンが舞い、残留魔素を採取している。無機質な羽音が、心臓の鼓動よりも近くに感じられた。

 点滴の液が一滴ずつ落ちて、静かな音を刻む。そのリズムは落ち着いているのに、どこか「異常なまでに整っている」ようで、逆に不安を煽る。


 ——生きている。

 それだけが確かな実感だった。

 だが、他の仲間たちはどうだろう。彼女たちの多くはまだ医療区画の奥、あるいは別の棟で眠っているはずだった。


 (みんな……無事で……)

 その先が続かなかった。口の中で言葉が砕けるように、思考も途切れた。

 リリースコードは枕元のケースに収められている。鍵の形は、どこか溶けた金属のようにゆがみ、光を吸い込んでいた。

 手を伸ばすと、ひんやりとした冷気が指先を撫でる。

 “彼”はまだ、眠っている。


 病室の扉が開いた。

 入ってきたのは白衣の研究員たちと、淡い灰のスーツを着た監査官だった。

 「……ユノ・アマツキ。意識は明瞭ですね」

 彼らの言葉には温度がなかった。どこかで“人間相手の会話”を忘れた機械のようだった。


 「えっと……はい。あの……他のみんなは?」

 「全員、治療中です。心配しないでください」

 その声色はまるで「それ以上の情報は不要だ」と告げているかのようだった。


 彼らは淡々と器具を並べ、採血と検査を繰り返した。

 幾度かの魔力測定が行われたが、端末に表示される数値はすぐに「――」に置き換わる。

 「測定不能」

 研究員がつぶやいた。

 その声の端に、わずかに“喜び”のようなものが混ざっていた。

 (どうして……そんな顔を?)


 「あなたの身体は正常です。けれど、内部のエネルギー構成に変化が見られます」

 「……変化?」

 「はい。簡単に言えば、あなたは“枯渇していない”」

 「……?」

 「戦闘後の魔法少女は、必ず一定量の消耗を起こす。それがあなたにはない。むしろ……」

 言葉が止まり、彼は後ろの研究員に視線を送った。

 「……増えている」


 空気が張り詰めた。

 ユノの心臓が小さく跳ねる。

 増えている? 消耗していない? ——それは、どういうこと?


 だが問いを発するよりも早く、研究員たちは無言で資料をまとめ、立ち去った。

 扉が閉まると、病室は再び静寂に包まれた。

 ユノはシーツを握りしめる。指先に力が入らず、爪が白くなるだけだった。


 (私……なにを、したの?)

 頭の奥で、誰かが囁くような錯覚があった。

 ——奪ったの。

 ユノは息を呑む。

 今のは、リリースコードの声ではない。

 もっと淡く、もっと冷たい、耳の奥に直接降る声だった。


 (……違う。私は守った)

 (みんなを、助けたんだ)

 胸の奥で小さく反論するが、言葉はすぐに沈む。

 心の底に重い石を落とされたような、ひたすらな沈黙。


 その夜、ユノは眠れなかった。

 白い天井の模様が波打つように歪み、光が滲んでは形を変える。

 医療棟の奥で鳴る機械の電子音が、遠い心臓の鼓動のように聞こえた。

 生と死の境界線にいるような、曖昧な夜だった。


IMIA本部、中央棟第零会議室。

 分厚い防音壁に覆われたその部屋は、まるで時の流れそのものを閉ざすように静まり返っていた。

 長方形のテーブルを囲む十数人の人影。彼らは「国家間を超えた管理組織」の中枢にいる者たち。

 顔の半分を黒いマスクで覆い、名札の代わりにアルファベットと番号が刻まれている。

 その中央に、ホログラムのスクリーンが浮かんでいた。


 【灰域掃討作戦・第7区実施報告】

 文字の下には、真っ白に焼けた地形の俯瞰写真が映っている。

 町ひとつが、跡形もなく消えていた。道路も建物も影もない。

 ただ“平面”が広がっているだけの空間。まるで世界からその部分だけが切り取られたようだった。


 「——消滅範囲、半径10.4キロメートル。」

 事務的な声が響く。

 報告者は技術分析局長・ミハイル=フロレンス。中年の男で、灰色のスーツに皺ひとつない。

 「想定被害範囲を六倍上回っています。地表の魔素濃度は0.002%。自然消滅域とほぼ同義です」


 「つまり、完全消滅か」

 別の声。

 低く、どこか喉を押し潰すような重さ。

 発言したのは上層会議議長・クロード=ディエス。鋭い金の瞳がホログラムを貫く。


 ミハイルはわずかに顎を引き、続けた。

 「問題は“発動源”です。使用者は登録個体――ユノ・アマツキ。年齢17、現階級Aランク相当。

  使用魔法名、コードネーム【消滅アニヒレイト】。本来の出力は理論上不可能な値です」


 会議室の空気が、一瞬凍ったようになった。

 その単語を聞いた瞬間、全員の表情がかすかに動く。

 「理論上不可能」とは、つまり“人間には到達できない領域”を意味する。


 「さらに、観測された魔素流は外向きではなく、内向きの渦を描いていました」

 ミハイルが指を弾くと、映像に青い線が浮かぶ。

 爆心地を中心に、魔素が渦を巻くように吸い込まれている。

 「——放出ではなく吸収、ということか」

 「はい。まるで周囲の魔素と、付近の魔力までも同時に取り込むような現象です」


 ざわ……と、誰かの椅子が軋む音。

 クロードが低く唸る。

 「そんなものが自然発生するはずがない。あの少女は何者だ?」


 場の視線が一斉に、テーブルの端に座る男へと向かう。

 黒髪を後ろで束ね、目の下に疲れの影を落とす男——シロウ・エガワ。

 淡い青のファイルを閉じながら、彼は静かに答えた。

 「……ユノ・アマツキ。特別認可個体No.0167。リリースコード保持者。適性試験A級を経て二年前に正式登録」

 「君の担当だったな」

 「はい」

 「では聞こう、エガワ君。彼女の力は“吸収”か?」


 短い沈黙が走る。

 シロウはわずかに息を吸い、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。

 「……確認は取れていません。しかし、事実として——彼女の出撃以後、現場にいた他の魔法少女全員のエネルギー指数が低下しています」

 「つまり、間接的に“奪った”と?」

 「推測です。だが、偶然では説明できません」


 クロードは唇を噛み、顎をわずかに上げた。

 「……オーロラリアクターとの関連は?」

 「現段階では未確認。ただ……」

 「ただ?」

 「……発動時、リアクター観測値に一瞬だけスパイクが走りました。通常の通信ではあり得ない干渉波です」


 沈黙。

 冷たい蛍光灯の下で、全員がわずかに呼吸を止めた。

 それは“偶然の一致”という言葉を、もはや許さない類の報告だった。


 クロードが指を鳴らす。

 スクリーンに別のファイルが浮かぶ。

 【AuroraLink計画——適合候補個体/ユノ・アマツキ】

 小さな文字が連なる。

 〈適合率観測結果:暫定値 99.998%〉

 〈段階二プロトコル移行承認:保留中〉


 ミハイルが息を呑む。

 「この計画……まさか稼働していたのですか?」

 「我々の知る限り、凍結されたはずでは」

 クロードは微動だにせず、言った。

 「上層は凍結していない。むしろ、今回の事象で“再起動”が検討されている」


 室内の空気が、目に見えるほど濃くなる。

 「馬鹿な……まだあの年齢の少女にそんな負荷をかけたら——」

 「静粛に」

 クロードの声が鋭く刺さる。

 「君たちは理解しているだろう。いま、世界は均衡の縁に立っている。魔素濃度は過去最高。既存の魔法少女システムでは、持ち堪えられない」

 誰も反論できなかった。


 「ゆえに、“次世代オーロラリアクター”の構築が必要だ。ユノ・アマツキは、その鍵だ」

 シロウの眉が動く。

 「……まさか、彼女をリアクターに“組み込む”つもりですか」

 クロードはゆっくりと目を閉じた。

 「“組み込む”という表現は不適切だ。あくまで“同調”だよ」

 「同調——?」

 「彼女が力を放つたび、世界の魔素が薄まる。その現象自体がすでに、リアクターの擬似稼働と同じだ。ならば、完全接続を試す価値がある」


 言葉の意味は冷たく理路整然としていた。

 だがその冷たさは、人を対象とした計画に似つかわしくないほど残酷だった。


 「彼女は人間です」

 シロウの声が低く、しかしはっきりと響いた。

 「彼女を装置の一部にするつもりですか」

 「感情的な表現は不要だ、エガワ君」

 クロードの瞳が細くなる。

 「我々は人類を維持する装置を作っている。そのための“部品”に過ぎない」


 室内が凍りつく。

 ミハイルが顔をそらし、他の幹部たちは沈黙したまま視線を落とした。

 誰も反論しない。誰も肯定もしない。

 ただ、重い現実だけがその場に沈殿していく。


 クロードは椅子を引いた。

 「議題は以上だ。AuroraLink計画の第2段階へ向け、準備を進めろ。対象は、三日後に本部中枢研究棟へ移送する」


 立ち上がる音。

 シロウだけが動かなかった。

 椅子の背にもたれ、両手を組んだまま、じっとホログラムの光を見つめている。

 そこには、“少女の横顔”が映っていた。

 戦場で撮影された記録映像。

 炎と灰の中、目を閉じて祈るように立つユノ。

 その姿を見て、シロウは誰にも聞こえない声で呟いた。


 「——彼女は、世界なんかのために生きてるんじゃない」


 その言葉は空気に溶け、音もなく消えた。

 ただ、その場の誰もが一瞬だけ胸の奥に小さなざらつきを覚えた。

 それが“良心”という名の残骸だと、気づく者はいなかった。

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