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職業:魔法少女  作者: ずんだずんだ
第三章 進むか戻るかそれとも、、
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黎明の光



 朝の空気は、まだ春の名残を抱いていた。

 淡い白のカーテンが風に揺れ、ユノ・アマツキは目を開けた。

 窓の外では鳥が鳴いている。いつもの朝。——のはずなのに、心臓の鼓動がどこか落ち着かない。

 「今日、なんの日だっけ……」

 寝ぼけた声が空気に溶けた。

 机の上の端末が光り、IMIAのロゴが淡く点滅する。


 > 【適性検査日】

 > 07:30 本部第二棟

 > 受験者名:ユノ・アマツキ


 その文字を見た瞬間、記憶が一気に覚醒した。

 「あ、今日か……!」

 布団を跳ね飛ばして立ち上がる。制服を羽織り、髪を束ねる。鏡に映る自分の顔は、どこか大人びて見えた。

 ——本当に、魔法少女になれるんだ。



 IMIA本部。

 灰色の建物が朝日を反射して、まるで巨大な無機質の結晶のように光っている。

 正面ゲートをくぐると、ガラス越しに広がる白いロビー。

 受付のホログラムが淡々と名前を確認し、手首に識別バンドを装着してくれる。

 > 「アマツキ・ユノ様。第二棟へお進みください。通路の左側をお通りください」

 声は柔らかいが、どこか人工的な響きをしていた。


 案内に従って歩くと、視界の端に他の候補生たちが見える。

 皆、自分と同じくらいの年頃。緊張で強張った笑顔。

 どの顔にも「希望」と「恐れ」が半々に宿っていた。


 ユノは胸の奥で、何かが小さくざわつくのを感じた。

 心臓ではない。もっと深い場所。

 ……まるで、体の中の“別の誰か”が目を覚ましたみたいに。



 適性検査室は白で統一されていた。

 中央には半透明のカプセルのような装置。

 周囲には無数の管とパネルが接続され、壁際では白衣の技師たちがモニターを見つめている。

 その中に、一人だけスーツ姿の男がいた。

 背筋が伸びていて、声のトーンは抑えめだが、目の奥に静かな光を持っている。

 「アマツキ・ユノさんですね。私は監査部のシロウ・エガワです。今日の検査を担当します」

 「はいっ!」

 ユノは思わず背筋を伸ばした。

 シロウは微かに笑う。

 「緊張しなくて大丈夫。これは痛くも怖くもない。ただ、君の中の“光”を見せてくれるだけだから」


 その言葉を聞いた瞬間、ユノの左目が微かに疼いた。

 「光……?」

 「うん。みんな、最初は知らない。でも“光”は、ちゃんと自分の中にある。君も感じたことがあるだろう?」

 ユノはうなずいた。

 ——確かに、時々。夜、目を閉じると、まぶたの裏がきらきら光る。

 それを「夢」だと思っていた。

 けれど、あれは……違ったのかもしれない。


 「装置の中に入って、深呼吸して。あとは、私たちがやる」

 技師の女性が穏やかに促す。

 ユノは頷き、カプセルの中に身を横たえた。



 装置が静かに閉じる。

 内壁のラインが青く光り、低い音が空気を振るわせる。

 ユノの意識はゆっくりと沈んでいった。

 光と闇のあいだを漂うような感覚。

 呼吸が遠くなる。代わりに、誰かの声が近づいてくる。


 ——聞こえる?

 柔らかく、包み込むような声。

 知らないのに、懐かしい。

 ——あなたの中には、“二つの力”がある。与える力と、受け取る力。

 ——でも、どちらを選ぶかは、あなた自身よ。


 「だれ……?」

 ——名乗るほどの者じゃない。ただ、願っただけ。あなたが笑える世界を。

 「……笑える、世界?」

 ——そう。だから、怖がらないで。あなたの光は、奪うものじゃない。まだね。


 その声が遠のくと同時に、胸の奥が熱くなった。

 青い光が視界いっぱいに広がる。

 左目の奥が焼けるように痛い。

 「——っ!」

 息を吸い、瞼を開く。


 そこは、もう検査室だった。

 技師たちが騒然としている。

 「適性値……観測限界を突破しました!」

 「エネルギー指数、推定値不明! 記録不可能!」

 シロウが一歩前に出て、モニターを見上げる。

 グラフは振り切れ、表示は“∞”。


 ——ユノの左目が、淡く輝いていた。

 虹色に揺らめく、淡いオーロラの光。

 「……それが君の、“光”か」

 シロウが呟いた。

 ユノは目を押さえながら、混乱と興奮の狭間で立ち上がる。

 「な、なんですかこれ……!」

 「落ち着いて。痛みは?」

 「……ない。でも、熱い」

 「それは君のエネルギーが“目覚めた”証拠だ」

 彼は穏やかに言うが、表情の奥には明らかな動揺があった。


 “あの光”を彼は知っていた。

 かつて一人の魔法少女が、引退直前に放った光。

 セリア・ノイン——その目にも、同じ虹色の炎が宿っていたのだ。



 検査後、ユノは医務室で休んでいた。

 シロウは記録をまとめながら、壁際で報告を送る。

 > [REPORT] Subject: Yuno Amatsuki

 > Energy Output: Unknown(beyond measurable threshold)

 > Visual Phenomenon: Aurora Emission(left eye)

 > Recommendation: Immediate Observation


 送信ボタンを押す前に、ほんの一瞬だけためらった。

 報告を上げれば、彼女は“計画”の対象になる。

 けれど、上げなければ自分が排除される。

 彼はため息をつき、指を動かした。

 報告書が送信されると同時に、頭上の照明がわずかに瞬いた。

 ——まるで、誰かが「見ている」ようだった。


 そのころ、ベッドの上のユノは、ぼんやりと天井を見つめていた。

 検査のあいだに見た“声”の主を思い出していた。

 あの声の響き。あの温かさ。

 「あなたの光は、奪うものじゃない」

 その言葉だけが、胸の奥で何度も反響していた。


 窓の外では、夕日が沈みかけている。

 橙色の光がガラス越しにユノの頬を照らし、左目の奥でかすかに虹が揺れた。

 まるで、遠くで誰かが微笑んでいるように。



 その夜。

 本部の地下第三区画。立ち入り制限区域。

 黒いコートの男が一人、端末を見つめていた。

 画面には、新しいコードネーム。

 > PROJECT: Aurora_Seed

 > NEXT SUBJECT : YUNO AMATSUKI


 男は笑った。

 「ついに、“器”が現れたか」

 その背後の闇の中で、巨大な装置が静かに脈動する。

 円環状の冷却管の中を光の粒子が流れ、中央には透明な球体。

 そこには、無数の“残滓”が浮かんでいた。

 消えた魔法少女たちの、光の断片。


 男は呟く。

 「これで、循環は完全になる」


 画面に、“∞”の文字が浮かび上がった。

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