表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

第7話:壊れた祝福と、残された命たち

ご興味を持っていただきありがとうございます。

この話も楽しんでいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

 この村に来て、何日が経ったのだろう。

 陽の昇りと沈みでしか時間を計れないこの場所で、日々は静かに流れていた。


 朝になれば、老いた農夫たちが畑を耕し、子供たちは水をくみに山の小道を下りていく。

 この地に、神からの祝福はない

 それでも彼らは笑い、怒り、泣いて、必死に今日を生きている。


「レオン、薪割り手伝ってくれや。あんた、見かけより力あるんだな」

「ちょっと! 火の番はあたしの仕事なの!」


 戸口で子供たちがけんかし、老婆が「また火吹き壺を落とすなよ」とため息をつく。

 かつては魔王の影にすがって生き延びたこの村も、今はただの小さな集落だ。

 けれどその暮らしの中に、確かに【人間の営み】があった。


――そして、俺はその中に混じっていた。


 英雄でも、聖騎士でもなく。

 ただの、名もなき一人の男として。


 最初は何かを言うたびに警戒されていた。

 だが、鍬を持ち、薪を運び、水を汲むうちに、村人たちの態度はわずかに柔らかくなっていった。


「レオン、あんた――どっかの騎士だったのかい?」

「昔な。今は……違う」


 そう答えたとき、自分の声が妙にしっくりと来た。

 俺はもう、世界に選ばれた【聖女の剣】ではない。

 この場所でようやく、自分の【現在】を認め始めていたのかもしれない。


 あの日。

 俺は魔王の心臓を穿ち、世界を救った――はずだった。


 だが、村の片隅で土を耕す老人の手は、祝福の光など纏っていなかった。

 神の加護を受けた者なら、体に刻まれるはずの【聖痕】も、この地の者たちにはない。

 代わりにあったのは、痛みと、乾いた皮膚と、何百回となく祈りを拒まれてきた者たちの沈黙だった。


 この村は、神に捨てられた地。

 祈っても、何も返ってこない。

 だからこそ、人々は生きる術を、神以外に求めた。


 魔王の庇護。


 かつて、忌むべき敵として俺たちが剣を向けた存在。

 だがあいつは――この村を、確かに守っていた。


(……じゃあ、俺たちは何をした? 何を救った?)


 拳を握る。

 それは後悔ではなかった。

 理解してしまったのだ。

 この世界は、選ばれた者だけに【祝福】を与え、その他を切り捨てる――そんな理を持っている。


 そして、残された者には、何も与えないまま見捨てる。


「祝福とは、選別の別名だ」


 リーヴァ=ノクスの言葉が、また胸の奥で熱を帯びる。

 あいつの真意は、あのときすべてを理解できたわけじゃない。

 けれど、ここに来て、ようやく腑に落ちた。


 神は、等しく救う存在ではない。

 都合よく、選んだ者だけを導くだけの存在だ。


 村の少年が倒れた。

 喉の渇きと、高熱。

 祈れば助かると思ったのだろう。だが、誰の祈りも届かない。神は、この村を見てなどいない。


 老婆が息を詰めて祈る姿に、かつての自分の母の姿が重なった。

 あの頃、貧しい農村で、母は毎夜神に祈っていた。

 でも、何も変わらなかった。

 助けられなかった。


(……あの頃と、何も変わっちゃいない)


 俺が力を手に入れて、英雄と呼ばれるようになっても――

 この世界は、祝福される者と、されない者に分かれたままだ。


――ならば。


(俺がその理を断ち切る)


 かつて俺が握った剣は、神の意志を代行する【祝福の剣】だった。

 選ばれし者だけに与えられる、【聖剣】。

 それは祝福の象徴であり、神に従う者の証でもあった。


 だが今、剣を握る理由は違う。

 この村にいる命を、神に見捨てられた者たちを、守るために振るう。

 それだけで、十分だ。

 あの魔王がしたように。


(魔王が選び、そして果たせなかったもう一つの道――祝福なき者たちの盾となる、その意志を。俺が、その続きを歩く)


 夜の帳が村を包み、篝火が点る。

 俺は立ち上がり、剣を背に村の外れに歩く。

 そこには、古びた石碑があった。

 神を讃えるはずの祈りの言葉は、誰かの手で斬られていた。


 その傷跡を見つめながら、俺は言った。


「祈りを選ぶ神よ。世界を選別する神よ。お前を、必ず斬る」


 村の闇は静かだった。

 けれど、その中に確かな灯があった。

 人が、生きているという事実。

 この命たちを【祝福されなかった】という理由だけで見捨てる世界を、俺は認めない。


 燃えるように確かに、胸の奥で何かが灯った。

 それは、英雄ではなく、ただの一人の【異端者】としての覚悟だった。


「魔王……お前はこの村で何をしていたんだ?」


 魔王がこの村を守っていた目的はまだわからない。

 なぜ、拒絶された者たちを守ろうとしたのか。


 答えは、すぐそばにあるかもしれない。

 この村のどこかに、痕跡が――意志が、残されているはずだ。


 祝福なきこの地に、あの魔王は何を託したのか。


(……お前も、こんな風に夜を歩いたのか)


 守るべきもののために、誰にも知られず、誰にも報われず、ただ戦い続けたのか。

 少しだけ――その背中が、他人には思えなかった。

 それを知らずに剣を振るう資格は、きっとない。


「……探してみるか。お前が何を見て、この村を選んだのか」


 誰にともなく呟いた声は、夜風に溶けていった。

ご覧いただきありがとうございました。

もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。


特に広告の下にある評価ボタン・いいねボタンを押していただけると、大変励みになります。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ