表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

第6話:拒絶された者たちの灯火

ご興味を持っていただきありがとうございます。

この話も楽しんでいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

 村は静かだった。

 風に揺れる木々の葉擦れと、遠くで子供の笑う声。

 それ以外の音はなかった。


 神に見放された土地。

 祝福が届かぬ場所。


 かつて魔王領と呼ばれ、今は地図からも消されたこの場所に、俺は立っていた。


 案内された村の広場には、年老いた女がひとり、祈りの所作をしていた。

 両手を組み、天を仰ぐ。

 声なき祈りのかすれが、唇から零れていた


 だが――何も起きなかった。


 祈れば、手が温かくなった。

 微かでも、癒しの力が宿るのを、俺は知っている。


(それが【選ばれた者】に与えられる奇跡だった――かつての、俺のように)


 だが今、老婆の手には何の兆しもなかった。

 祈りの形だけが残り、神の返事はどこにもなかった。


「……あの老婆、毎日祈ってるんだ。癒せぬ病を患っていてもな」


 隣で、若い男がつぶやく。

 元は魔王軍の残党だという彼は、この村を守っている者のひとりだった。


「それでも、まだ意味があると信じてるのか?」と俺が問うと、男は首を横に振った。


「いいや。ただ、祈ることで自分を保ってるだけさ。あれはもう【信仰】じゃない。ただの……生きるための習慣だ」


 言葉の重さに、俺は返す言葉を失った。


 歩を進めると、崩れかけた礼拝所があった。

 中では、少女がひとり、真似事のような祈りを捧げていた。

 幼い声が響くが、それもすぐに吸い込まれるように消えた。


「昔はな、祈ると空に光が灯ったんだ。神が聞いてるって、そう思えた」


 別の老人が言った。

 だが今、その光はない。ただの瓦礫と、静けさだけがある。


 ここには、祈りの届かない者たちが暮らしている。

 神に拒絶された者たち――祝福なき民。


 彼らを守っていたのが、かつて俺たちが討った【魔王】だったと聞いたとき、最初は信じられなかった。


 だが、村のどこにも【敵意】はない。

 祈りが届かなくなったとき、神はこの地を切り捨てた。

 だが、魔王は違った。


「……敵を間違ってたのか、俺は」


 そんな言葉が、自然と漏れた。


 この村には、祈っても何も返ってこない者たちがいる。

 祝福を拒まれ、存在ごと切り捨てられた者たち。

 かつての俺には見えなかった【世界の裏側】が、ここにはあった。


 だが彼らは、生きていた。

 苦しみながらも、互いを支え、何かを守ろうとしていた。

 祈りもなく、神の奇跡も届かず――それでも、ここで生きている。


 そして、その命を守ろうとしたのが、かつて俺が斬った【魔王】だった。


(本当に、あれは【悪】だったのか? 神の代行者として俺は戦ったが、それは誰の正義だったのか? わからないことだらけだ。けれど――)


 この村にこそ、すべての始まりが隠されている気がした。


(神に従って斬った者が、神に見放された民を守っていた。ならば、俺の正義は誰のためにあった?)


 俺は、ただ戦っていた。

 誰の正義かも知らずに、振り下ろしていた。


(だが今、この地でようやくわかった)


 祈りを拒まれた者たちの中にこそ、失われた答えがある。

 剣ではなく、問いを携えて。

 俺自身が【祝福とは何か】を問い直すために


(ここで、真実を見極めるまで俺は去らない)


 剣ではなく、問いを胸に。

 魔王が守ろうとしたものを見届けるために。

 そして、俺自身が【祝福とは何か】を問い直すために。


◆◆◆


――王都、聖女セラフィーナ・ルクレール


 私は、静かな聖堂の一室で書簡を握りしめていた。

 アスレイン旧神殿――かつて、神の奇跡がもっとも多く現れた場所。

 だが今では、記録からも地図からも消され、教会内部でさえ口にする者はいない。


 それでも、届いた報せがある。


 見捨てられた神殿で神気の揺らぎが観測されたという、微かで、だが確かな異常。


「……この地に、神の声は届かない。祝福も、恩寵も……何も」


 祈っても、神からの返事はなかった。

 それなのに、なぜ今になって揺らぎが現れたのか――。


 私には、どうしても見過ごせなかった。


(いや、たぶん……そうしたい理由が、他にもあったのだと思う)


――もしかして、彼が、あの地に戻ってきたのではないか。


 その考えが胸を離れなかった。


「聖女様。おひとりでは危険です。護衛をお付けします」


 声をかけられたとき、私は即座に答えていた。


「フィラを」


 あの戦いをともに越えた仲間。

 竜骨盾アイギス・コードを操る守護戦士。

 口数は少ないが、信頼に足る人物だ。

 今もなお。


 数日後。

 フィラが静かに現れた。


「……いいのか? 私で」


 その声は変わらない。

 けれど、どこか張りつめているようにも聞こえた。


(……あの日以来、彼女もまた、何かを抱えているのだろう)


 沈黙が落ちる。

 フィラは視線を伏せたまま、微かに竜骨盾に触れる。

 鎧越しに感じる重みは、かつてレオンを守った記憶か、それとも――今も守りたかったものか。

 私はただ、あの日と同じ、その無言の強さを見ていた。


「貴女以外に、頼める者はいないの」


 そう返しながら、自分の声がわずかに震えていることに気づいた。

 私は何を恐れているのだろう。


(彼の姿を見ることを? それとも……もう二度と、会えないという現実を?)


 胸元にあるレオンとお揃いの祈り飾りをそっと握りしめる。


(なぜ、彼だけが戻らなかったのか。それは神の意志なのか、それとも――他の何かか)


 わからない。けれど、確かめたい。

 あの日、彼がどこへ行ってしまったのかを。

 せめて、その痕跡に触れてみたい。


(それが、私の――祈り)


 神ではなく、ひとりの人間に向けた。

 あの時、失われた彼を追いかけるための、私だけの祈りだ。


 私は静かに立ち上がる。

 フィラは何も言わず、その傍らに立っていた。

 まるであの時のように、誰かを守るように。

ご覧いただきありがとうございました。

もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。


特に広告の下にある評価ボタン・いいねボタンを押していただけると、大変励みになります。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ