第5話:祝福なき者たち
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空は濁っていた。
灰のような雲が広がり、太陽の輪郭すら見えない。
風は重く、どこか腐臭を孕んでいた。
俺の肌にまとわりつく空気には、祝福のかけらも感じられない。
(これが、神の祈りを拒絶した地……前は、セラフィーナの祝福があった。だが今は――)
かつて魔王が支配していたという、地図にも載らぬ土地。
神殿都市セラティスから遠く離れた、世界の縁だ。
俺は今、その最果てに立っていた。
(こんなところに? あるはずの無い建物が……)
焼け落ちた礼拝堂の前で足を止める。
崩れた屋根の隙間から、光の代わりに冷たい風が吹き込んでいた。
剣に手をかけるが、抜く理由はない。
ただ、ここでは油断が命取りになる。
それだけだ。
(入ってみよう)
扉を押すと、重い軋みが空間を切り裂いた。
中は暗く、空気がひどく淀んでいた。
誰かの気配がある。
俺は息を整える。
「誰だ!」
闇の中から鋭い声が響いた。
数瞬の静寂ののち、足音とともに数人の影が現れる。
粗末な布に身を包んだ男女。
警戒と怯えが、その表情から滲んでいる。
「……神の使いか?」
白髪の男が、俺を睨みつけるようにして言った。
その目はただの敵意じゃない。
確かめようとする意志があった。
「ちがう。俺は……ただの流れ者だ。この地に、祈りが届かない場所があると聞いて来た」
男はしばらく沈黙し、やがて深く頷いた。
「ならば、よく来たな。ここが――祝福に見放された者たちの地だ」
案内されたのは、地下へ続く階段だった。
ひび割れた石壁。
かつて祈りが捧げられていたであろう空間は、今では燭火だけが頼りだった。
「我らは【祝福欠損者】と呼ばれる。神に見放された者。祝福が得られず、祈りも通じぬ……そんな者たちの末路だ」
胸が少しだけ痛んだ。俺もまた、神に選ばれなかった者。
いや、神そのものを斬ろうとしている存在だ。
そのとき、小さな声が聞こえた。
「お兄ちゃん……それ、剣?」
ふと見ると、幼い少年が俺を見上げていた。
手を震わせながら、俺の腰にある黒剣を指さしている。
「ああ、剣だ」
「こわく……ないの?」
少しだけ考えてから答える。
「怖くない。ただ、重い」
少年はわかったような、わからないような顔をして、それでも少しだけ笑った。
――その瞬間、空気が変わった。
建物が揺れた。何かが【上】から迫ってくる。
嫌な気配。
神聖というより、偽善的な冷たさ。
光が差し込み、破壊された天井から、一人の女が舞い降りてきた。
白い外套。手には祈祷杖。背には祝福の紋章。
神の【秩序】の執行者――俺は直感した。
「祝福を拒絶する者たち。この地より、排除する」
彼女の声は冷たく、何の情もない。
命じられたから、というだけで動く【機構】。
俺はすぐにみんなの前に立った。
「お前が……お前が来たから俺たちを殺しに来たんだ……」
「安心しろ……俺は、【あっち】側じゃない」
剣を抜く。
黒く鈍い光が、地下の燭火を鈍く弾いた。
(神が見ないというのなら、俺が見てやる)
神に捨てられた剣は、今ここで初めて、その意味を得る。
俺の戦いが、ようやく始まった。
一瞬の静寂ののち、白装束の女が祈祷杖を掲げた。
その先端に集う光が、忌まわしいほどに神聖だった。
「抗う意志を確認。対象、異端指定。――排除する」
杖が閃光を生む。
空間が震え、圧縮された祝福の奔流が俺へと襲いかかった。
(来る――!)
剣を構え、瞬時に身をひねる。
光が地面を穿ち、破片が飛び散る。
避けきれない。だが、切り裂く。
「はっ!」
黒剣を振る。
光の奔流が裂け、空間を叩く轟音とともに掻き消えた。
(ただの光じゃない。これ……祈りの力か)
祝福を帯びた攻撃。
それは、かつて俺が求めた力。
【神が俺を拒んだ力】
――そして、今の俺が自ら拒む力。
その対極にあるこの剣が、それを断ち切る。
「なぜ、あなたが……その剣で祈りを断てる……?」
執行者が僅かに目を見開いた。感情は希薄だが、動揺はあった。
「冥府で拾われてな。リーヴァ=ノクス……あの異端神の意志を、俺は継いだ」
「……リーヴァ=ノクス――該当なし。記録に存在しない。――エラー発生。排除対象確定」
言い終えるより早く、再び祝福の波が押し寄せる。
俺は前に出る。
避けるためじゃない。
守るためでもない。
これは、俺自身の戦いだ。
「俺は【神】とやらに選ばれなかった。なら、せめて、選ばれなかった者たちのために剣を振るう」
剣を振り抜いた。
閃光が遮断され、空気が裂ける。
「撤退……この因果、記録した。執行終了」
彼女は光に包まれて、記録の彼方へと消えた。
残されたのは、焦げた床と、記録されなかった想いだけだった。
俺は剣を納め、後ろを振り返る。
あの少年が、無言でこちらを見ていた。
怯えと、微かな尊敬と――希望のようなものが、その瞳にあった。
「これから、こういうのがもっと来るかもしれない。……逃げ場は、もうないかもしれない」
誰にともなく言ったその言葉が、礼拝堂の壁に染み込んでいく。
――でも、それでも。
(神に拒まれたこの世界に、まだ生きてる人間がいる。なら、俺の剣にも、斬る意味がある)
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