第3話:神に捨てられた地に、俺は還る
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「地上への道を開くぞ。お前の第二の生を始めよ」
背後から響くのは、影の底から湧き上がるような、リーヴァ=ノクスの声だった。
彼の姿は黒い闇の塊――その中に無数の瞳が、ぬらりと浮かんでいる。
冥府の空に、静かに裂け目が生まれる。
光がにじみ、地上への還り口がゆっくりと開かれていく。
俺は迷わず、その一歩を踏み出そうとした。
「待て」
影の奥から、リーヴァ=ノクスの声が響いた。
その言葉に、俺は初めて足を止め、振り返る。
「……なんだ」
「その姿で抗うつもりか? 何も持たず、名も刻まず」
その一言が、胸に刺さる。
ふと自分を見下ろせば、服は裂け焦げ、武器もなければ鎧もない。
裸ではないが、ただの生き残りのような惨めな格好だった。
思わず苦笑する。
「確かに……戦場に出る格好じゃねぇな」
「お前が戦場に持つべきものは何だ?」
リーヴァが問う。
「剣だ。俺は剣で戦ってきた。それが俺の【力】だった」
それで仲間を守ってきたし、敵を斬ってきた。
だから、迷う理由なんてない 俺はずっと剣と共に戦ってきた。
「よかろう。では、汝の意志と記憶から、それを引き出せ」
リーヴァの瞳のひとつが、こちらを見据える。
「これは授けられるものではない。【否】として世界に立つための象徴――己のうちから、創れ」
足元に黒い靄が立ち昇る。
靄は手へと絡みつき、冷たい質量が指先に宿る。
やがて、黒く重い剣が形を成していく。
握った瞬間、剣が脈動した――まるで、俺自身の鼓動に応えるように。
「名乗れ。それがお前と、その剣に魂を通す」
俺は剣を握りしめ、声にした。
「俺は、レオン・アーデン。世界の否を担う者だ」
黒き剣が微かに脈打つように鳴った。
次の瞬間、光の裂け目が強く明滅し、冥府が弾けるように揺れた。
◆◆◆
風が、冷たい。
視界に広がるのは、朽ちた石柱と割れた礼拝壇。
天井の抜けた神殿に、灰色の空がのぞく。
見覚えのある光景だった。
「ここは……アスレイン旧神殿か」
まだ見習いの頃、セラフィーナと共に遠征で訪れた場所。
神々の声がまだ微かに残っていた。
今は違う。
空気は重く、何かが沈んでいる。
瓦礫の中に割れた石碑を見つけた。
かろうじて刻まれた言葉が読める。
【祝福なき者は、ただの影なり】
「影は光がないと生まれない。だけど今、俺はその影として動く」
その瞬間、空気がざわついた。
崩れた壁の奥、聖像の陰から、光る粒が浮かび上がる。
それは虫のように這い、空中を漂っている。
中央に祈りの紋章が刻まれた、奇妙な光の群れ。
この地に残った神気が変質し、生まれた存在――【祈り虫】。
かつて神に祝福されていた俺を歓迎してくれた存在。
しかし、今の俺の目に映るのは、祈りの紋章をぶら下げ、神気を纏っていながら――その実、這いずるだけの虫だった。
不快で、矛盾した存在。神と呼ぶにはあまりに醜い。
「異端、検出。排除モード、起動」
光の虫が、うなり声とともに殺到する。
俺は静かに、黒き剣を抜いた。
「邪魔だ」
一歩踏み込み、力を込めて振る。
闇の刃が空を裂き、祈り虫の体が断ち割られる。
それは斬撃というより、祈りを否定する【意思】だった。
断ち切られた祈り虫たちは再生せず、粒となって消えていった。
その奥、またひとつ影が現れる。
神官服をまとい、爛れた皮膚の下に神の紋が刻まれている。
すでに人ではない。
「神殿……異端……排除開始」
神の記憶に縛られた、かつての神官――【神気残響体】。
この地で俺とセラフィーナに戦いを教えてくれた。
腕が変形し、光の槍をその手に構えた。
「お前たちはすべて敵だ。容赦しない」
剣を構える。
リーヴァの力が静かに満ちていく。
次の瞬間、光と刃が激突した。
その衝突で周囲の石畳が砕け散る。
斬っても、残響体は再生する。
神気がその肉を保っている。
だが俺の剣は、【祝福そのものを否定する力】。
再生しようとする肉に、刃が深く食い込む。
黒く、神気が腐食していく。
一太刀。
さらに一太刀。
ついに残響体は崩れ、霧のように消えていった。
沈黙が戻る。
「これが異端の力か。……神を断つ感覚、こんなにも静かなんだな」
敵を断ち、何も残らない静けさに身を置きながら――俺は、わずかなざらつきを覚えていた。
祈りを否定するという実感。
それが、胸の奥に沈殿していた。
俺は空を見上げた。
祈りが届かない、くすんだ空を。
◆◆◆
神殿都市セラティス。
セラフィーナ・ルクレールは、祈祷室で膝をついていた。
神気は沈黙を保っているはずだった。だが、今日の祈りには不協和が混じっている。
何かが【断たれた】のだ。
大きな流れの中で、何かが決定的に変わった。
思い浮かぶのは、あの名――レオン・アーデン。
死したはずの仲間。
ともに魔王を討った英雄。
けれど彼だけが、私たちと同じように蘇生しなかった。
「まさか……そんなはずはない。」
けれど、心のどこかで、【その可能性】を否定できずにいた。
その時、部屋の扉が静かに開く。
神官が小声で告げた。
「神気に異常が確認されました。アスレイン旧神殿より強い反応が――」
「……ありがとう。すぐ向かうわ」
セラフィーナは静かに目を伏せた。
否定したはずの希望。
それが今、確かに胸で脈打っていた。
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