第2話:冥府で目覚めた者、神の選別に牙を剥く
闇の中、異端神リーヴァ=ノクスの瞳が、俺を見ていた。
「選ばれなかった者よ。ならば、選ばれた者の神に抗う力が、必要であろう」
「……ああ。力がいる。あいつらを【選び】、俺を見捨てた神に、俺の存在を叩きつけてやる」
頷いた瞬間、冥府が震えた。
「ならば汝に問う。我が力とは、祝福に非ず。呪いにして、拒絶の剣。その果てに、神にすら成れぬ異形の魂となるを、甘受するか?」
「構わねえよ。俺はもう、神の下にいねえ。俺は……」
(選ばれなかった。その時点で、もう元には戻れない)
「俺は、【こっち側】に堕ちてでも、取り戻す。俺自身を」
黒い光が体を穿つ。痛みはない。ただ、寒かった。
魂が塗り替えられていくような、どこまでも深い拒絶の波が流れ込んでくる。
そのとき、リーヴァが囁いた。
「ならば、証明せよ。【己が存在の否定】を超えてなお、立つに値するかを」
冥府の空が裂け、そこに現れたのは――
かつての俺自身だった。
剣を構え、まっすぐに俺を見ている。
神に認められ、仲間に信じられ、正義を掲げていた頃の、俺。
「……お前は、【理想」の俺だな」
「過去の自分に勝てなければ、お前は【異端】にもなれない」
ここから、俺の再誕が始まる。
理想の俺は、美しかった。
歪みも、汚れもない。
ただまっすぐに、正義を信じていたあの頃の姿――。
「お前は、もう終わったんだよ」
その口が、俺と同じ声で断言する。
冷たい声だった。
あまりにも無垢で、恐ろしくなるほどに【正しすぎた】。
「お前は、神に背いた。仲間の祈りを裏切った。もう、英雄でもなんでもない」
否定の言葉が、刃よりも鋭く胸を貫いた。
(そうだ……)
仲間の想いに背いたのは、俺かもしれない。
世界を救ったはずなのに、その世界から拒絶されて。
理不尽を叫び、神に牙を剥いて。
(でも、それでも……)
前に出なきゃならなかった。
この怒りを、後悔に変えたくなかった。
理想のままじゃ届かなかった“現実”が、確かにそこにあったから。
「俺は、お前を超える。正しさだけじゃ救えねぇこともあると、俺は知ってる」
剣を抜く。異端の黒が、刃の内側に揺れていた。
理想の俺が動いた。迷いのない、完璧な剣筋。
だが、それは予測できた。何度も自分の剣を振るってきたからこそ、読めた。
鋼と鋼がぶつかる音が、冥府に響く。
ぶつかり合うのは、過去と現在。幻想と現実。
何度斬られても、俺は立ち上がった。
異端の力は、まだ完全じゃない。だが、それでも俺は――
「【神に選ばれなかった】からなんて理由じゃ俺は納得ができない!」
一閃。
理想の俺を貫いた。
その姿は、音もなく砕け散っていく。
嘲笑も、安堵もなく。
ただ静かに、過去の自分が消えていった。
「契約、完了」
リーヴァ=ノクスの声が、深淵から響く。
黒き印が、俺の背中に刻まれた。
冥府の霧が晴れていく。
光なき空に、一筋の裂け目が現れた。
そこが、現世への扉だった。
そして俺は、もう一度この世界に――神に、牙を剥くために、還る。
◆◆◆
――その頃、神殿都市セラティス。
祈りの鐘が鳴る。
黄金の光が、天蓋の大聖堂に降り注いでいた。
その中心に立つのは、一人の少女。
世界を救った聖女――セラフィーナ・ルクレール。
白銀の法衣に身を包み、彼女は神へと祈りを捧げていた。
だが、その瞳は揺れていた。
「……どうして、レオンだけが還らなかったのですか」
誰に問うでもない呟き。
それは、神への疑問、仲間への痛み、そして自分自身への問いだった。
神は告げた。「神の計らいにより、英雄は還る」と。
ならば、なぜ【彼】だけが、戻ってこなかったのか。
レオン・アーデン。
最も人間らしく、最も愚直で、そして――誰よりも信じていた男。
彼は最後まで皆の前に立ち、魔王を討って、その場で崩れ落ちた。
その姿を、セラフィーナはこの目で見ている。
祈りを捧げれば、奇跡は起きる。神の祝福があれば、死者すら蘇る。
けれど。
「祈ったのに……今もまだ……」
彼の名は、どの蘇生の儀でも呼ばれなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように、レオンの名だけが消されていた。
神の導きが、すべて正しいのなら。
レオンの【いない正しさ】を、どうして受け入れられようか。
「私は……何を信じればいいの……?」
聖女の声が、小さく震える。
そのとき、大聖堂のステンドグラスが微かに軋んだ。
聖なる空間に、ふと冷たい風が流れ込む。
セラフィーナが顔を上げた。
胸の奥に、何かが――ざらり、と蠢いた。
それは懐かしさではない。
痛みでもない。
もっと別の何か。
「……レオン?」
空っぽの大聖堂に、彼の名だけが残された。
だが確かに、何かが【こちらに向かって】動き出している。
聖女の視線が、天の彼方を見つめる。
選ばれなかった英雄が、神に抗うその時――彼女もまた、信仰の枷に揺れ始める。
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