第18話:信仰と破壊の狭間で
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祈りの柱が崩れ落ちた。
かつて光を反射して輝いていた天蓋は、今や瓦礫の山となり、神の加護の象徴だった聖印も、俺の剣によって断ち割られている。
火の粉が舞い、崩れた聖堂の外壁から風が吹き込む。
黒剣の切っ先から立ち上る神気の残滓を見下ろしながら、俺は静かに目を伏せた。
(これで、三つ目だ)
俺は神殿を破壊する旅を続けている。
祝福の拠点を、一つずつ、確実に。
この世界から、神による選別を消し去るために。
その覚悟を決定づけたのが、空裂の神殿だった。
魔王と対峙したあの神殿――かつて俺たちが祈りを捧げ、神の加護を受けて戦った場所。
だが魔王は、あの神殿で俺たちを待っていたのではなかった。
彼もまた、神の選別を否定し、神殿を破壊するためにそこにいたのだ。
だが──
(壊せなかった。魔王には、その手段がなかった)
かつて魔王は、神の理に抗おうとした。
だが、その力はあくまで【神に抗う者】であって、【神の構造を断つ者】ではなかった。
神の加護が染み込んだ大地を、祈りの力が蓄積された聖域を、意志ひとつで断ち切る術は持っていなかったのだ。
俺は思い返す。
あの瞬間、自分の中には迷いはなかった。
長く信じてきた祈りの象徴を断つことに、かつての自分なら震えていたかもしれない。
(今は違う)
選ばれた者だけが報われ、届かない声が切り捨てられる現実を、もう許すわけにはいかなかった。
空裂の神殿では、俺は迷いなく剣を振るった。
神の加護を受けた祭壇ごと、祈りの象徴を断ち切った。
その場にあったのは絶望ではない。
静かに受け入れられた断絶の意志だった。
祝福の構造そのものを【斬れる】力を持つのは、今のところ俺だけだ。
だからこそ、俺は前に進む。
この手で断つと、決めたのだから。
◆◆◆
そして、次の神殿にたどり着いた。
丘の上に建てられた、朽ちた小さな祈祷堂。
古い石造りの柱は苔に覆われ、外壁には祈りの文様がかすれて残っている。
だが、その神殿の敷地には、明らかな【生活の痕跡】があった。
井戸、炊事場、布を干すための棚。
そして、子どもたちの声。
(……人が住んでる? こんな辺境の神殿に?)
俺はゆっくりと剣に手をかけたまま、祈祷堂の中へと足を踏み入れた。
そのときだった。
風がうなりを上げ、足元に土埃が巻き上がる。
咄嗟に剣を構えた瞬間、前方から何かが飛び出してきた。
獣のような咆哮。
その姿は、見間違えようがなかった。
金褐色の短髪、琥珀の獅子瞳。
全身に野性の筋肉をまとい、二本の槍を交差させる戦士。
「……バルク」
かつての仲間。
獣人族の前衛アタッカー。
その姿が、神殿の入り口に立っていた。
「オレの縄張りで、なにしてんだレオン。……まさか、また神殿を壊しに来たとか言わねえだろな?」
その声音には、笑いも怒りもない。
ただ、確かに【試すような眼差し】があった。
「……そうだ」
俺は正直に答えた。
「神の拠点は、もう残すつもりはない。どれだけ小さくても、祝福を与える場所がある限り――また選ばれる奴と、見捨てられる奴が出る」
「そうか……」
バルクは短く唸り、槍を地面に突き立てた。
その動きに、俺は一瞬だけ剣を握り直す。
だが次の瞬間。
「ここは壊させねえ」
静かに、だが決然と、バルクは言った。
「ここにいるのは、祝福が【少ない】奴らだ。神を信じてないわけじゃねえ。信じたいけど、届かねえ。……そういう連中が、祈るやり方を学んでんだ」
「そこまでして祝福を受けたいのか?」
思わずそう問い返す俺に、バルクは静かに頷いた。
「祈りを形にすること自体が、生きる支えになってる。信じるって行為が、自分を保つ唯一の手段なんだよ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
バルクの眼差しは、戦場のそれではなかった。
守る者のそれだった。
「ここはな……【信仰を持ちたい】って思ってるのに、それが届かねえ奴らのための場だ」
「……だから、守ってるのか」
「違う」
バルクは唸るように言い、槍から手を離した。
「オレが守ってんのは、【祈る自由】だ」
その言葉が、胸に刺さる。
俺は神の選別を否定するために、神殿を壊してきた。
でも、バルクの言う【祈る自由】は、それとは別のものだった。
誰かに強いられた祈りじゃない。
報われることを保証された信仰でもない。
ただ――信じたいと願う、心の叫び。
「お前が壊そうとしてるのは、【神】じゃねえ。【信じようとする心】の方なんじゃねえのか?」
バルクの問いに、俺は静かに首を振った。
「……違う。俺が斬ってるのは、“届く声”と“届かない声”を分ける仕組みだ」
剣を握る手には、迷いはなかった。
「祈る自由を守るならなおさらだ。俺はその根本的理由を断つ。祈りが値踏みされる限り、誰かが必ず見捨てられる」
そのための剣だと、俺は信じている。
俺はバルクの視線を正面から受け止めた。
かつて同じ戦場に立ち、背中を預けた男と今は対峙している。
だが、俺の真の敵はバルクじゃない。
それを選別する神の仕組みだ。
「お前らがどれだけ真剣に祈ろうと、それが届くかどうかは【あいつら】が決める。だったら俺は、その土台を断つ」
そう呟いた俺の声に、嘘はなかった。
次の瞬間、空気が震えた。
祈祷堂の奥から、淡い光が差し込んでくる。
まるで刻まれるように、バルクの背に淡く光る神紋が現れた。
俺の目の前で、金の光がバルクの全身を包んだ。
あの獅子のような眼差しが、さらに鋭くなるのがわかった。
祝福――いや、神からの【返答】だ。
「……おいおい。今さらこんなもんが来るとはな」
バルクが苦笑しながらも、ゆっくりと槍を構える。
「これが【届かないはずの祈り】に神が応えた結果なら――この力、無駄にはしねえ」
そして次の瞬間、地を打つような気圧が祈祷堂を包んだ。
槍の穂先が揺らぎ、空気が震える。
バルクの気配が変わる。
光と影が交差する、わずかな静寂が訪れた。
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