第17話:剣と祈り、重ならぬままに
ご興味を持っていただきありがとうございます。
この話も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
空裂の神殿跡地。
かつて神と魔王が対峙したこの地に、今、再び異なる力が集っていた。
風が鳴く。
割れた柱と砕けた天蓋の間を、灰のような砂が巻き上がる。
そして、その風の中で――私は、彼と再び相対していた。
レオン・アーデン。
死んだはずの男。
すべての奇跡から漏れ落ちた、唯一の英雄。
だが、確かに彼は、そこにいた。
黒き剣を背に、古びた外套をまとい、沈黙のままこちらを見ている。
言葉を飲み込む。
何を言えばいいのか分からなかった。
ようやく会えたのに、声が出ない。
今の彼に、どんな言葉を向ければ届くのか、私は答えを持っていなかった。
(別人みたい……)
その姿は変わった。
神に仕えていた頃の、誇り高き剣士ではない。
今の彼からは、神の気配がまったく感じられなかった――まるで、その加護すら拒絶する者のように。
けれど、その瞳だけは、何も変わっていなかった。
(……レオン)
胸が痛んだ。
祈りにすがった幾夜のことを思い出す。
そして今、自分の目の前に立つこの男が、本当にあのレオンなのか――確かめねばならないという焦りが胸を締めつけた。
目に映る神殿の瓦礫、裂けた床、大地に走る無数の断裂。
あれは偶然ではない。祈りの力でも自然の崩壊でもない。
剣――何かを断つ力が、この地を貫いた痕跡。
もし、これがレオンの手によるものなら、彼はすでに祈りの側にいないのかもしれない。
私は震える声で問いかけた。
「あなたが空裂の神殿をこのような状態にしたのですか?」
喉が引きつるような感覚があった。
問いかける声が、うまく出せない。
それでも、私は静かにレオンへ歩み寄る。
「待て」
だが、私が一歩踏み出した瞬間、フィラがすっとその前に出た。
盾を抱えるようにして、レオンとの間に立つ。
その金眼には警戒と緊張が宿っていた。
フィラの視線はレオンに注がれたまま、一歩も退かない。
その背中に守られる形で私は立ち止まり、わずかに息を吸ってフィラの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫、フィラ……私が話します」
フィラは短くうなずいたが、その警戒の色を完全には解かなかった。
「あなたが生きているのではないかと……私は、何度も神に問いかけました」
レオンは口を開かない。
ただ、その灰色の瞳を逸らさぬままに、こちらを見つめていた。
「なぜ、姿を消したの? なぜ……私たちの前に、戻ってきてくれなかったの……?」
問いかけは、声が涙に濡れていた。
私はレオンが必ず皆の前に立ってくれると信じていた。
今日まで、ずっと。
レオンはようやく口を開いた。
その声は、深く、低く、どこか哀しみを帯びていた。
「俺は……戻る場所を、選ばれなかった」
その一言が、冷たい刃となって胸を貫く。
「皆が、祈りで救われて。お前が願ってくれて。……それでも、俺は蘇れなかった」
「そんなの、神の誤りです……! あなたは、私たちの誰よりも……!」
「神は誤らないんだろ? お前はそう信じてる。だから、こうしてその装束を着て、俺の前にいる」
言葉が鋭くなった。
私は言い返せなかった。
神の祝福は正しさの証。
それを受けている自分が、神を否定する言葉を、口にできるはずがなかった。
でも――
「……私は、誰かを見捨てるために祈る人間にはなりたくない」
言葉を紡ぎながら一歩、踏み込む。
足元の破片が音を立てる。
「私はまだ、信じています。あなたが……あなたが剣を振るう理由の中に、私たちの誓いが残っているって」
「…………」
レオンは一瞬だけ目を伏せた。
だが、次の瞬間には、黒剣の柄に手をかけていた。
「セラフィーナ……」
久しぶりに呼ばれたその名に、胸の奥で何かが揺らいだ。
その声音には、懐かしさも温かさも伝わってこなかった。
けれど、確かにそれは彼の声だった。
まるで過去の記憶と現在の現実が噛み合わないような、奇妙な感覚が胸の奥で軋んだ。
「俺はこの世界に残る【宮殿】を、すべて破壊するつもりだ」
「……っ」
胸の奥が締めつけられた。
彼が語る言葉の一つ一つが、私の信じてきたものを否定していく。
それでも、耳をふさぐことができなかった。
「祝福の座、神の神殿、祈りが届くと信じ込んだ幻想。すべてだ」
その声音に迷いはなかった。
かつての優しさも、怒りも滲まない。
ただ冷たい決意。
「最後は――聖都だ」
私は身体がわずかに震えるのを感じた。
それでも、崩れなかった。
「そのとき、私があなたの前に立つことになっても……あなたは、斬りますか?」
レオンは応えない。
けれど、その沈黙こそが、答えだった。
「……わかりました」
今はまだ、彼の言葉のすべてを受け止めきれない。
でも、この場で剣を交えることが正しいとも思えなかった。
彼の剣は、かつてこの世界を救ったものだ。
いまや神に背を向けていても、その力はいまもなお揺るぎなかった。
(……彼と刃を交えるには、まだ祈りが足りない)
私は一歩下がり、背を向ける。
フィラが静かにそれに続いた。
歩き出した私の視界の端で、レオンの姿が遠ざかっていく。
もう、振り返らない。
けれど、私は確かに心に刻んだ。
今のレオンは、世界に拒まれたのではない。
彼自身が、世界を拒絶している。
それが、今の彼だった
(ならば私は……この世界の中で、何を選ぶべきなのか)
祈りはまだ、答えてくれない。
けれど、私の胸にある灯火は、静かに燃え続けていた。
ご覧いただきありがとうございました。
もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。
特に広告の下にある評価ボタン・いいねボタンを押していただけると、大変励みになります。
これからもよろしくお願いします。