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第16話:空裂へ、祈りの光を携えて

ご興味を持っていただきありがとうございます。

この話も楽しんでいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

 それは、祈りから始まった。


 アスレイン旧神殿を出て数日。

 セラフィーナとフィラは、各地の教会を訪ねながら、レオンの痕跡を追っていた。


 その日、二人は荒れ果てた山中の小さな教会に足を踏み入れていた。

 建物は半ば崩れかけ、祈祷台も埃に覆われていたが、それでも微かに神気が残っていた。


 聖女セラフィーナ・ルクレールは、その祭壇の前で膝をついた。

 ひび割れた天窓から差す陽光が、彼女の肩に降り注いでいる。


 旅装のままの姿で、彼女は静かに祈りの言葉を捧げた。


「我が主よ、問いに応えてください。

 なぜ、レオン・アーデンだけが――還らなかったのですか。

 彼は今、どこで何を思い、何と対峙しているのですか?」


 何度も、幾度も同じ問いを神に捧げてきた。

 それでも、答えはなかった。


 今日もまた、沈黙が返ってくると思った――その瞬間だった。


 空気が震えた。

 光が一瞬、色を変えた。


 黄金が、深い白へと転じる。

 空間そのものが重くなり、神気が集中する。


 声ではない。

 けれど、確かに【告げられた】。


――《空裂へ向かえ。祝福はその道を照らす》


 セラフィーナは、はっと息を飲んだ。

 言葉ではなく、思念のように脳裏に刻まれたその宣託は、あまりにも鮮明で否定できなかった。


 次の瞬間、彼女は立ち上がっていた。


「……フィラ」


 祭壇脇に立っていた竜人の守護戦士――フィラが、微かに頷く。


「行くんだな」


「はい。神が、空裂を示しました」


「……レオンの痕跡が、そこにあると?」


「そう信じています。いえ、信じたいのです」


 二人は視線を交わすだけで、かつての絆が戻ってくるのを感じていた。


 そして――移動の刻が訪れる。


◆◆◆


 風が、景色を裂いた。


 それは、人の歩む速度ではなかった。

 神託の響きと共に舞い降りた光の流れが、大地と空を縫い、白銀の影を駆けさせる。


 セラフィーナ・ルクレールとフィラ。

 二人は、祝福によって常人では到達しえぬ速さで、空裂の神殿を目指していた。


 神の祝福――それは、ただの加護ではない。

 信仰を媒介とし、神へ身を委ねた者にこそ与えられる超常の力。


【信仰】を燃料に、神がその身を通して地上に力を及ぼす現象。


 信じ、委ねたぶんだけ速く、強く、人の限界を超える。


(神に頼られればその分だけ強くなれる。けれど……)


 今、セラフィーナは感じたことがないほど、神の助力を強く受けていた。

 その事実に胸の奥にわだかまる影を感じていた。


(魔王を討伐するときよりも神が私に力を貸してくれている……どうして?)


 空気が唸りを上げ、足元の地面が音もなく後方へと流れていく。

 視界の端が揺らぎ、木々も岩も、ひとつの線のように歪んで消えていった。


 今、セラフィーナはその真価を初めて実感していた。

 空を裂き、時間を飛び越えるようなこの加速は、自分だけの力ではない。


(神が……どうして、これほどまでの力を……)


 魔王を討ったあの日よりも、速い。

 奇跡を紡ぎ、命を救ったあの戦いよりも、遥かに力が満ちている。


(なぜ? なぜ今なの……?)


 神の力が増していくほど、胸の奥に影が生まれる。

 まるで、自分が【試されている】かのようだった。


(これは、信じられているから……? 私が信じていると思わせたいだけ……そんなはずはない、ですよね……?)


 神を信じることに迷いはない。

 そう思っていたはずだった。


 けれど今、駆けるこの道の先に、神が魔王よりも恐れている相手がいる。

 そして神は、その場所へ自分を【導いて】いる。


 強すぎる加速が、逆に疑念を呼ぶ。

 この力の行き着く先が、神の祝福なのか、それとも――


(……レオン。あなたなの?)


 そして、空裂の神殿が姿を現す。


「どういうことなの……空裂の神殿が……」


 神殿は、かつての輝きをすべて失っていた。

 天井は崩落し、大理石の柱は亀裂を帯び、床は苔と灰に覆われている。


 フィラは黙って盾を前に構えて周囲を警戒していた。

 セラフィーナは、静かに大広間の中央へと歩みを進める。


 その瞳が、ある一点に吸い寄せられた。


――大地を断ち、神紋を裂いた、黒く焦げた一本の【斬撃痕】。


 神聖文字が彫り込まれていた大理石の床に、あまりにも異質な形で斜めに走る傷跡。

 焼け焦げたように、そこだけが黒ずみ、祝福の流れが途切れていた。


(この傷……間違いない。レオン……あなた……)


 あの剣筋を知っている。

 あの日、共に戦い、彼の背中を見てきた。


 祈りを守るように振るわれた剣。

 それが、今ここに――神を断つ形で刻まれている。


 震える手で、床の痕跡に触れる。

 ほんのわずかに、祝福が弾かれる感覚。


「……レオン……あなたは……神を……」


 セラフィーナの頬を、風がなぞる。


 そのとき、神殿全体がかすかに震えた。

 風の流れが逆巻き、上空の天窓から差す光が、一瞬だけ【遮断】された。


 気配がある。


 セラフィーナとフィラは同時に顔を上げた。


「……あなたは、本当に……ここにいたのですね」


 声は震えていた。

 祈りと疑念の狭間で、ひとつだけ確信できたのは――


「セラフィーナとフィラか」


 目の前の男性がレオンだということだった。

ご覧いただきありがとうございました。

もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。


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これからもよろしくお願いします。

次回は明日公開します。

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