第15話:拒絶の覚醒、裂けゆく空の祈り
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山の風は鋭かった。
草木は低く、岩肌はむき出しで、神の恩寵を思わせる緑はここにはなかった。
代わりに、鬱陶しいほどの祈り虫が俺に襲い掛かってくる。
俺は、かつて魔王が向かったとされる空裂の神殿を目指して、剣を振りながら険しい山道を進んでいた。
(こんなに面倒な道のりになるとは……一度目とは全く違う)
村で見たものが、胸の奥に焼き付いている。
神に捨てられた者たち。
それでも生きるために祈りを続ける者たち。
その命を、守ろうとしたのが――あの魔王だった。
(祈りを否定していた魔王が、なぜ【神しかいない場所】へ向かった?)
矛盾している。
あの村で守ろうとした命は、確かに神から見放された者たちだった。
ならば、あいつは空裂の神殿に用はないはずだ。
それでも、あいつは空裂の神殿へ向かった。
神の力が最も集まり、世界を支配する祝福の中枢へ。
(……なぜだ。何の目的で神の元へ向かったんだ)
わからない。その理由が。
その理由がわからなければ、俺の剣に宿る意味すら見失いかねない。
神に抗う。
祝福を否定する。
それはただの怒りや復讐心では、持たない。
選ばれなかった者たちのために戦う――そう誓った。
けれど、それが正しいのか、どんな意味があるのか。
あの魔王が選んだ道を知らずに進むのは、地図なき旅と同じだ。
(……魔王が最後に辿った場所。その答えが、俺の反逆を【ただの暴力】から、【意志】へ変えてくれるはずだ)
だから、空裂の神殿へ向かう。
その理由を知るために。
「急に祈り虫がいなくなった?」
風が強まった。
断崖の尾根に出たところで、空気の流れが変わったのを感じた。
同時に――空が裂けた。
上空に、白い環のようなものが浮かぶ。
円環から降り注ぐ光は、太陽のそれではなかった。
冷たい、祝福の光。
神に選ばれしものだけが浴びる、あの忌々しい輝き。
「なんだ……あいつは……」
そこから、静かに【それ】は降りてきた。
全身を白銀の装甲で覆った、騎士のような影。
顔はなく、兜もない。
ただ、なめらかに成形された銀面が、無感情に空を映していた。
両腕には、一対の細身の双剣。刃には浮遊する文字列のような紋章が流れ、空間をわずかに振動させていた。
神の執行者。
あれが、第二の個体……いや、型か。
相手は何も言わなかった。
ただ、静かに構え、空気が震える。
(来る――!)
剣を抜いた。
黒く、鈍い光を帯びた刃が、俺の体温に反応するようにわずかに脈動する。
次の瞬間、白銀の戦士が動いた。
空間を斬るような疾走。
風も、音も置き去りにする速度。
銀の双剣が、祈りの軌跡を描くように襲いかかる。
ギィン――!
一撃目を受け止めた瞬間、体に走る衝撃が尋常ではなかった。
ただ斬るのではない。
【祝福の斬撃】――存在そのものを祓う、清めの刃だった。
剣を絡め、受け流す。
だが二撃目が既に来ていた。
今度は空間が歪む。
聖域のエネルギーを圧縮し、剣の斬撃とともに叩きつけてきたのだ。
地面が抉れ、岩が砕ける。
肩が焼けるように熱い。
一太刀かすっただけで、魂の奥が軋んだ。
これは、殺すための剣じゃない。
【神の秩序に逆らう因子】を浄化し、痕跡ごと消去するための斬撃だ。
(……そうか。俺の【存在】そのものが狙われてる)
地面を蹴って距離を取る。
追撃は来ない。
あくまで冷静に、機械のように間合いを詰めてくる。
黒剣を構え直す。
だが、斬っても――銀の装甲は割れない。
祝福が纏う膜のように、俺の力を弾いている。
(このままじゃ、勝てねえ)
脳裏に冥府の記憶が蘇る。
【自分自身】と戦い、過去を否定したときのあの感覚。
リーヴァ=ノクスの声が、内側から響いた。
(思い出せ。貴様に与えられたのは、剣ではない。祝福の【構造】を断つ、拒絶の理だ)
この力は、斬るのではなく、“意味”を拒絶するためのもの。
(俺が断つのは、形じゃない。構造だ!)
意識を集中させる。
剣を媒介として、俺の【拒絶の意志】を流し込む。
黒剣が鳴いた。
空気が、震えた。
そして俺は――踏み込んだ。
白銀の剣士が双剣を交差し、神気を一点に集中させた。
だが、その中心へ、俺の斬撃が突き刺さる。
空間が裂けた。
剣士の右腕が断たれた。
断面から流れるのは血ではない。
祈りの光が、歪んだ音を立てて零れていく。
祝福の構造が、壊されたのだ。
銀の仮面がこちらを向く。
それは、初めて【感情】を浮かべたように見えた。
恐れ――ではない。
理解不能な現象に対する、純粋な拒絶。
次の瞬間、剣士の体が崩れた。
祈りの構文が解体され、存在が情報へと還元される。
風が止んだ。
残されたのは、黒く焦げた山肌と、静寂だけだった。
俺は剣を収める。
剣ではなく、俺の中の力が【拒絶】を発動させたことを、確かに理解していた。
「これが……俺に与えられた力……か」
祝福を斬るのではない。
祝福の【前提】そのものを否定する力。
剣はただの媒体。
力は、俺自身に宿っている。
見上げた空は、曇っていた。
神々の光はここには届かない。
けれど、そのほうがいい。
その空の先に、目的地――空裂の神殿が霞んで見えた。
(魔王。お前が何を見たのか、俺が確かめる)
山を越え、俺は次なる地へ足を踏み出した。
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