第14話:魔王の遺志を継ぐ者
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沈黙が落ちる。
隣にいたクルスが、小さく言った。
「……これが、魔王様の【本当の姿】です」
俺は何も言えなかった。
あの日、俺たちが【魔王】として斬った存在は、神の理に背き、【選ばれなかった者たち】を守っていた。
俺はそんなことを知らずに、ただ【命令されたから】と剣を振るった。
まるで、かつてのあいつと同じように。
「……皮肉だな。あいつも最初は、神の命令に従って剣を振るってたのか」
俺が呟くと、クルスは静かに頷いた。
「だから、あんたを見た時……わかったんです。【魔王様と同じ感じがする】って」
水晶を置いて、腰にある剣に手を添える。
これは、祝福を否定する剣。
(おかしい……)
魔王の記憶が終わると、水晶の光は静かに収まった。
だが俺の中には、いくつもの疑問と違和感が残っていた。
魔王はこの村を守ると誓い、最期までこの地に身を置いていた。
けれど――
(俺が命を賭して戦った、あの場所にいたのは、なぜだ?)
魔王と俺が剣を交えたのは、ここではなかった。
天と地の狭間に立つ巨大な神殿――【空裂の神殿】。
神の領域に最も近い場所として知られ、神が降る場所とも言われていた。
敷き詰められた純白の石、空へ伸びる柱、重なる静寂と聖なる光。
その空間で、あいつはひとり、剣を構えていた。
なぜ、神と対立した者が、神に最も近い場所にいたのか?
なぜ、村ではなく、そこを選んだのか?
答えが出ないまま、俺の口から自然と問いがこぼれた。
「クルス」
「はい」
「魔王はどうして……【空裂の神殿】にいたんだ?」
クルスはわずかに首を振った。
その仕草には、言葉にできない重みがこもっていた。
「それは……俺にはわかりません。でも、あの方の行動には、きっと意味があると思います」
クルスは一歩前に出ると、レオンを真っ直ぐに見上げた。
その目に宿っていたのは、強い意志と、確かな信頼だった。
「――だから、続きをお願いします」
「あの方が信じて遺したものを、あなたに託したいんです」
「レオンさん……あなたなら、それができると、俺は思います」
その声には、震えも迷いもなかった。
穏やかで、けれど決して折れない【誓い】のような響きがあった。
レオンは短く息を吐いた。
胸の奥に、確かな火が灯るのを感じながら。
「……クルス。あんたは、いったい何者なんだ?」
思わず問い返した俺に、彼は少し驚いたような顔を見せ、やがて小さく笑った。
「ただの村の一人ですよ。……でも、あの方に助けられてから、長くそばにいました」
「そばに?」
「魔王様は、村の外れにある小さな庵で、一人静かに暮らしておられました」
クルスは懐かしむように言葉を紡ぐ。
「でも、時々村に現れては、井戸を直したり、畑を手伝ったり……本当にさりげなく、手を貸してくれて」
少し目を伏せるようにして、続けた。
一歩後ろを歩きながら、見上げていたその背中を、今も覚えているかのように。
「焚き火の火を絶やさないようにしたり、食料を運んだり……本当に、そんな小さなことしかできなかったんです」
ふと、クルスの視線が岩陰の水晶に向けられる。
「ある日、あの方から【これを託す】と仰せつかりました」
クルスは足元の水晶を見つめながら、静かに息を吸った。
そして、記憶をたぐるように言葉を継いだ。
「【いつか俺に似た目をした者が現れる。そのときが来たら、これを見せてやってくれ】……そう、言われたんです」
語るうちに、彼の目がわずかに細められる。
まるでその瞬間を、今でも胸の奥に刻んでいるかのように。
「……でも、【お前が中身を見る必要はない】とも。俺には、ただ守るようにって」
その言葉には、重みがあった。
命を救ってくれた存在から託された責務を、ずっと胸に抱えていたのだろう。
クルスは少しだけ笑みを浮かべた。誇らしく、けれどどこか切なげに。
「……なるほどな」
魔王がこの青年に託したのは、剣でも力でもない。
【選ぶ目】だった。
自分のそばにいたからこそ、その目を信じたのだろう。
クルスはゆっくりと、俺をまっすぐに見つめる。
「あの方がおっしゃっていた、【自分に似た目】――俺は一目でレオンさんと魔王様の瞳が重なりました」
俺の中で、すべてが繋がっていく。
魔王がなぜこの地を選び、命を懸けて守ったのか。
なぜ、【剣を継ぐ者】に伝えたかったのか。
「……任せろ。あいつが何を見て、何を守ろうとしたのか――確かめてきてやる」
俺は一歩、洞窟の外へと踏み出した。
空は、まだ重たく曇っていた。
背後で、クルスがそっと口を開く。
「置き手紙と、ティナさんの部屋に紙を差し込んだのは……俺です」
クルスは少しだけ視線を伏せた。
遠い記憶をたぐるように、言葉を選んでいる。
「あなたがこの村に現れたとき……魔王様に似た目をしていた」
彼はふっと笑う。
懐かしむような、誇らしげなような、不思議な表情だった。
「だから……どうしても、伝えておきたかったんです」
俺は立ち止まり、肩越しに問いかけた。
「……お前の恩人である魔王を殺したのは、俺だぞ? 恨んでいないのか?」
クルスは、ほんのわずかに目を細め、けれどまっすぐに答えた。
「恨んでいません。俺たちが見ていたのは、最後まで戦った【あの方の覚悟】です」
「その覚悟を、あなたが引き継ぐなら……それでいい」
彼の声は静かで、けれど決して揺らいでいなかった。
それは、感情ではなく、信念の響きだった。
俺はそっと前を向いた。
胸の奥に、消えることのない火が灯っている。
けれど、その奥には――見届けるべき真実が、待っている気がした。
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