第12話:祈りの終わる場所で
ご興味を持っていただきありがとうございます。
この話も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
私とフィラの足音が、石の床に小さく響く。
アスレイン旧神殿。
かつて聖なる奇跡が降りた場所は、今や風にすら祈りを忘れられた廃墟になっていた。
崩れた天井から、曇った光が差し込む。
祈祷室の奥。
砕けた祭壇と、粉塵の舞う空気が、沈黙と共に私たちを迎える。
「……ここが、神の声が届かなくなった場所」
私の呟きにフィラが小さく頷く。
この場所には、確かに祈りが存在していたはずだった。
けれど今は、何も感じない。ただ、空虚だけが広がっていた。
フィラは何も言わず、黙々と周囲を見張ってくれている。
「神よ……どうしてここにいらっしゃらないのですか……」
私はそっと祈りの言葉を胸の中で唱えてみる。
けれど、その声は、まるで吸い込まれるように霧散した。
(祈りが……返ってこない)
この場所に満ちていた神気は、完全に【断たれて】いる。
祈っても、何も響かない――まるでこの空間ごと、神に見放されているかのようだった。
そして私は、床の中央に不自然な違和感を見つけた。
神紋が刻まれていた場所。
その一部が、まるで何かでえぐられたように斬られていた。
私はひざをつき、指先でその断面をそっとなぞる。
「……この痕は?」
焼け焦げたような痕。
斬撃の軌跡に沿って、神紋が根本から断ち切られている。
「祈りの導線が……こんなふうに断ち切られるなんて……どうして、ここまで……」
苦しくて、言葉が漏れた。
信じていたものが、壊されている。
それも、【誰かの意思】によって。
そのとき、背後から静かな声が落ちてきた。
「……一人、いるだろう。できそうなやつが」
私は息を呑んだ。
フィラの言葉の意味を、すぐに理解してしまった。
「でも、こんな……根本から断つなんてことは彼でも……」
「ああ。あいつの剣技でも、【神紋】をここまで徹底的に壊すのは無理だ」
フィラの声は、揺るがなかった。
「祝福そのものを、なかったことのように……根本から断ち切ってるんだ。……確かに、レオンでも無理だろうな」
【なかったことのように】
その表現に、私は凍りつくような感覚を覚えた。
これはただの斬撃じゃない。
祈りそのものを、神の仕組みそのものを、否定する力。
私はゆっくりと立ち上がる。
「……一旦、ここを出よう」
フィラと視線を交わし、頷き合う。
神殿の外へと向かう足取りは、まだ重い。
けれど、この空間に長く留まってはいけないと、直感が告げていた。
崩れかけた柱の隙間から外光が漏れ、冷たい風が頬を撫でた。
私は神殿を後にしながら、深く息をついた。
崩れかけた柱を抜け、冷えた風に頬を撫でられたそのときだった。
草陰に、わずかに光るものがあるのに気づいた。
「……これは……」
私はしゃがみこみ、手を伸ばした。
指先が触れたのは、銀のペンダント。
私がかつて、祈りの加護を込めて彼に贈ったペンダントだった。
中央に刻まれた紋章。
少し擦り減ってはいたが、見間違えるはずがない。
「それ……」
フィラが低く呟く。
私はそれをそっと手のひらに包み込んだ。
(私が送ったもの……レオンとお揃いの……)
彼は、これを――神の加護を、自分の意志で捨てた。
もう、守られることを望んでいない。
私が彼に託した祈り。
それを彼は、自分の手で捨てている。
――迷いのない拒絶だった。
私はそっとペンダントに手をかざした。
わずかに残る魔力の脈動が、確かに私に語りかけていた。
優しく、けれど決して迷わない意志の鼓動。
――彼のものだ。
(この地に、彼が……レオンが【いた】。そして、何かが彼を変えたのだ)
「……あの人はここに来て、祈りを否定して、それでも前に進もうとした」
私は立ち上がり、フィラを見つめた。
「……私は、レオンを探します。どうして彼が、祈りを斬ったのか。……信じていたものを、なぜ――手放したのか」
フィラは少し目を細めた後、軽く笑って肩をすくめた。
「私も付き合う……あいつには、まだ言ってないことがあるしな」
私は静かに頷く。
手の中にある銀のペンダントは、かつての祈りの証であり、今は私自身の決意を支えるものとなっていた。
(私は祈ってきた。ただ信じて、ただ願って。でも――それでは、もう届かない。だから私は、自分の足で追いかける)
空を見上げると、雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいた。
それは神の祝福ではない。
その光の先に、彼の歩いた気配が、確かに残っている気がする。
(この光の先に、あの人がいる)
そう信じて私は、歩き出す。
祈りの終わる場所から、選び取った信仰の先へ。
ご覧いただきありがとうございました。
もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。
特に広告の下にある評価ボタン・いいねボタンを押していただけると、大変励みになります。
これからもよろしくお願いします。