第10話:選別の影、残された炎
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神の執行者との斬撃が交錯する。
剣と剣がぶつかるたび、空間が軋み、土が爆ぜる。
(けれど――分かる。力の差が歴然だ)
かつての戦いのように、仲間たちが背を預けてくれていたなら、あるいは――。
(今の俺じゃ、拮抗すらできないのか……!)
剣を弾かれ、レオンは膝を突く。
だが、退かない。
退けない。
――この村に残された魔王の意思を、俺はまだ知らない。
だが、かつて魔王がここを守っていたというなら。
その意志を、こんな形で踏みにじらせるわけにはいかない。
風が止まった。
張り詰めた空気の中、神の執行者はただそこに佇んでいた。
顔も表情も見えない。
その存在がもたらす威圧感だけが、重く、肌に突き刺さってくる。
(これが……神の使いか)
俺は剣を握り直し、一歩も動けずにいた。
どこから斬りかかっても、返り討ちにされる――そんな確信が、全身を縛りつけている。
(隙が無い……)
脳裏に、リーヴァの声が響いた。
(……ただの斬り合いではない。これは【選別】だ)
その言葉に、思考の奥底が冷える。
殺しにきたのではない。
誰かを――何かを見極めようとしている。
「……ッ!」
その時、足音がした。
俺の背後、駆けてきた小さな影。
ティナだった。
彼女は恐怖に怯えながらも、俺の隣に立つ。
そして、震える声で言った。
「レオンさん……あれが、魔王様が戦っていた相手です……」
俺は彼女の横顔を見る。
怯えと、それを押し殺した決意がそこにあった。
ティナは小さく息を呑み、ゆっくりと語り出す。
「私は偶然、村の外で魔王様が【黒いなにか】と戦っていたのを見たんです。遠くて、はっきりとは見えなかったけど……あの人と同じです」
リーヴァの声が、低く囁く。
(やはり、この村はただの避難所ではない。あの男――魔王は、この村に何かを隠し、守っていた)
執行者は、微動だにしない。
その背後にある気配だけが、わずかに波打つ。
そして、唐突に動いた。
剣を収め、身を翻す。
その動きに、殺気も、敵意もなかった。
「判断は、保留とする」
歪んだ声が空間に響く。
「次の【選別】で、答えを出せ。お前は魔王とは別らしい」
そして、影のように揺らめき、消えた。
俺は残された空間に、ただ立ち尽くしていた。
剣を握る手が汗で濡れていることに、ようやく気づいた。
「レオンさん……」
ティナの声が震えていた。
俺は深く息を吐き、剣を納めた。
「魔王は、この村で……あれと戦っていたのか」
「はい。でも、誰もそのことを話そうとしません。言ったら、忘れろって……」
リーヴァの声が再び囁く。
(【目】は、また動き始めている。――選ばれざる者の火は、まだ燻っているぞ、レオン)
神の執行者が完全に姿を消し、沈黙が戻っている。
ティナはしばらくその場に佇んだまま、空を見つめていたが――ふと、わずかに肩を震わせ、深く息を吐いた。
「……終わった、んですよね」
俺がうなずくと、彼女はゆっくりと顔をこちらに向けた。
「あの、ひとつ……案内したい場所があります。魔王様が、かつて使っていた場所なんです」
そう言ってティナは、崖の方を指差した。
戦いの余韻を引きずりながらも、俺はその後を歩き出す。
「レオンさんが使っている剣から出ていた光を見て、ふと思い出したんです。同じような光が見れることがあることを」
ティナは自分の中でも言葉を探すように、一つ一つ、ゆっくりと口にする。
「もしかしたら、何か残ってるんじゃないかって……そう思って」
崖の下――風よけのように岩が囲む一角に、半ば崩れかけた古い石室が現れる。
俺が足を止めると、ティナも立ち止まって口を開く。
「ここなんです。魔王様が頻繁に出入りしてたって、村のお婆さんが言ってました」
そのとき、不意に背後から声がかかった。
「……俺、見てたんです。あの戦い」
崖の岩陰から、ひとりの青年が顔をのぞかせた。
以前、村を案内してくれた青年だった。服は埃まみれで、額には汗がにじんでいる。
「あの、俺……ずっと気になってて、後を追ってきました。助けられなかったけど……レオンさんが戦ってくれたのを見ました」
彼は、はにかむように目を伏せた。
その手には、何か包みを抱えている。村人からの差し入れだろうか。
「魔王様がこの場所をよく訪れてたの、俺も知ってました。外との境に近いこの辺りをずっと見張ってたらしくて……。侵入者がいないか、異端の気配がないかって」
ティナが、彼の言葉を引き取るように頷く。
「……誰も、魔王様が何を思ってたのかなんて知らない。でも、この石室だけは、いつ来ても綺麗なんです。誰も掃除してるところなんて見たことないのに、みんな、自然と――ここを守ってるみたいに」
崩れた石の間。
壁の奥、わずかな裂け目の中に、青白い光が脈打っていた。
鼓動のように、静かに、確かに。
あたかも、そこに【意思】が宿っているかのように。
(これは偶然の残滓か、それとも――魔王が、俺に遺した意志か)
青白い光は、ただそこにあるだけだった。
けれど俺の中の何かが、確実にそれに【応えて】いた。
剣を握る手が、じんわりとした熱に包まれる。
まるで、その光が――俺の中の何かを呼び覚まそうとしているかのように。
(魔王がこれを?)
わからない。
ただ、この光は【知っている】気がする。
俺のことを。俺が選ばなければならない未来を。
その時、リーヴァの声が小さく俺に届く。
(……これが何なのかは、私にもわからない。ただ――神々にとって不都合な何かであることは、確かだ)
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