第1話:英雄たちは還った。俺以外は。
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目を覚ますと、そこは空も地もない――【何も存在しない世界】だった。
風も、光も、音もない。
あるのは、静寂と喪失だけ。
……死んだのだ、と悟った。
仲間と共に魔王を討った。だが、代償に命を落としたはずだった。
それなのに、俺は今、目覚めている。
天でも地でもない、どこでもない場所で。
(セラフィーナ・ルクレール、クロード・ベイル、バルク、ファラ……みんなは、どうなった?)
俺たち五人で魔王に挑み、そして――死んだ。
あの瞬間の記憶が、ゆっくりと脳裏に戻ってくる。
地鳴り。崩れゆく空。
聖域の最奥、【空裂の神殿】。
神々の干渉によって時空のねじれた空間で、魔王は現れた。
人の形を模した【何か】だった。
幾千の腕が空間を引き裂き、血染めの翼は黒い雨をまき散らす。
炎と闇が渦巻く髪が、空の色を変えていた。
魔王が吠えるたび、空気が爆ぜ、耳が割れるような音が世界を裂いた。
――これが、【世界そのものを喰らう存在】。
「下がれ!」
俺は叫んだ。
クロードが転移魔法でファラとバルクを一時退避させる。
セラフィーナは祈りの術式を展開し、崩れかけた俺の体を再生する。
金色の巻き髪が、赤に染まった大理石の床に広がる。
裂けた祈祷服から血が滲み、それでも彼女は立っていた。
青い瞳が、悲しみも迷いも映さず、ただ俺を見ていた。
「レオン、あなたの剣は、私たち全員の祈りです」
「終わらせる、今度こそ!」
剣を構え、魔王の中心核――輝く心臓のような光球に狙いを定めた。
魔王が吠える。
全身から破滅の力を放つ。
空間そのものが拒絶するように軋んだ。
(魔王を倒すんだ!)
だが、俺は前に出た。
ただの人間に過ぎない俺が、神にも近い魔王に届いたのは、仲間が命を繋いだからだ。
バルクが咆哮を上げ、血に濡れた双槍で魔王の翼を断ち切った。
「死ぬのは構わねえ! でもな……お前は、生きろよ、レオン!!」
ファラが無言で前に出る。漆黒の髪が風に舞い、巨大な竜骨盾が砲撃を弾く。
「……守る。レオン、前へ」
セラが裂けた祈祷服の袖を握りしめ、祈りの光で俺の裂傷を癒す。
青い瞳が揺れずに言った。
「行ってください……私は、あなたの【後ろ】で祈り続けます」
クロードが沈黙のまま、空間魔法の座標式を浮かべた。
その視線は、いつも通り理知的で――少しだけ、迷っていた。
「……生き残れ、レオン。君だけは」
すべてが、俺に託された。
「「「「……行け、レオン・アーデン」」」」
それが、あいつらの、最後の言葉だった。
剣を振るった瞬間、世界が止まった気がした。
魔王の光核に届いた一撃――それが、すべてを終わらせた。
燃えるような閃光。
世界が白に染まった。
「……やったぞ」
小さく呟いたのは、たぶん、俺自身だ。
それが、俺の最期の記憶。
◆◆◆
だからこそ、今この場所にいる理由が分からない。
他の誰かではなく、【俺】だけが、ここにいる理由が。
「なぜ俺だけ、ここにいる?」
問いは空虚に吸い込まれる。
反響はない。声すら届かない場所。
永遠に沈んでいくような感覚の中、やがて、どこからか【それ】は来た。
──レオン・アーデン。世界を救った者よ。
声ではない。脳に直接響く、冷たい言葉。
──お前は蘇生の対象には該当しない。魂の構造に、魔王の力が混じったためである。
「……は?」
意味がわからなかった。
魔王を倒したのは俺だ。命を賭けたのも、俺だ。
「それが、理由になるのかよ……!」
──お前の存在は、神々の秩序を乱す【異物】となった。よって、蘇生は認められない。
「世界を救ったのは、俺だろうが……! 何が【異物】だ……ッ!」
思わず声を張り上げた。
俺は、救ったんだ。みんなと共に。
なぜ、俺だけが。
それが、神の判断だというのなら――
「そんな神も、そんな世界も、認めねえよ」
そのとき、空間がざわめいた。
黒い霧が渦を巻き、そこから何かが現れた。
「――よくぞ、抗ったな。選ばれなかった者よ」
別の声が聞こえてきた。
人間のようで人間でない。
神のようで、神とは違う。
闇の中に、輪郭を持たない【影】が現れた。
無数の瞳が、言葉を持たずこちらを見つめていた。
「貴様の魂に宿る憎しみと意志。それは、【こちら側】の者のものだ」
「……誰だ、お前は」
「我が名は――リーヴァ=ノクス。神に捨てられ、冥府に封じられし、【異端神】なり」
影は笑った。
気配だけで心が裂けそうになるのに、その言葉は、不思議なほど温かかった。
「祝福とは、選別の別名。ならば私は、その境界を壊す者となろう」
その声が胸の奥に触れた瞬間、凍りついていた感情が軋んだ。
選ばれなかったのは、俺だけじゃない。
この“影”もまた、神に拒まれ、理不尽の果てに捨てられた者なのだ。
ならば、俺は――。
「問いに答えよ、レオン・アーデン。貴様は、再び生きるか? 神に背き、世界に刃を向ける意思はあるか?」
答えは、考えるまでもなかった。
「あるさ。俺は――俺だけが、【蘇らなかった】理由を、この手でぶん殴って問いただす」
こうして、【神に選ばれなかった英雄】の反逆が始まった。
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