第92話 最終章・蕩けるチョコの夜
曜子がすっかり酔いつぶれたリビングで、少女たちはクッションにもたれながら、まだ少し前の騒がしさの余韻に浸っていた。
神楽がソファーに倒れ込んだ曜子に毛布をかけながら、ため息をつく。
「まったく、お母さんったら……調子よくお酒を飲んで、最後は寝落ちって……」
「でも楽しそうだったね」
真凛も曜子の髪をそっと避けてあげながら微笑む。
「啓君のどこが好きになったの? どういうところが魅力なの?って、すごい勢いで質問攻めだったよね」
葵がクッションに腰を下ろし、「しかも聞いてるうちに、自分で勝手に納得してたし」と笑った。
「ほんと、うちの母親は自由すぎるんだから……」
神楽が肩をすくめると、雅が小さく笑った。
「でも、なんとなく曜子さんの気持ち、分かる気がする。好きな人の話をすると止まらなくなるの、ちょっと分かるし……」
「どういう意味です?」
蘭子が興味深そうに尋ねると、雅は頬杖をつきながら、少しだけ遠い目をした。
「私たち、みんな啓のことを話し出したら止まらなくなるでしょ? それって、曜子さんと同じじゃない?」
葵がそう言うと、蘭子が軽く笑った。
「確かに。先生のことになると、私もつい話しすぎちゃうかな」
「ふふ、そういうこと」
雅がカップを手に取りながら微笑む。
「ねえねえ、せっかくだし、普段あまり話さないことでも話してみる?」
神楽が周りを見回しながら言った。
「例えば?」
雅が首をかしげると、神楽はニヤリと笑った。
「啓のこととか?」
その一言で、場が一気に甘い空気に包まれる。
「こういう時って、やっぱり自然と、こ、恋の話になるのよね……」
雅が少し照れたように呟くと、葵がすかさず「お、雅が自分から恋なんて言うの珍しいね」と茶化すように笑った。
「べ、別にいいでしょ?みんなだって、聞きたいんじゃない?」
「そりゃまあね」
葵はニヤリとしながら雅の肩を軽くつつきながら言った。
「じゃあ、分かりきってるけど、一応聞いてみる?みんなは啓の事が好き?とか」
一瞬の沈黙。でも、それは確認するまでもないことだった。
「……うん」
雅がぼそっと呟くと、真凛が「当然じゃないですか」と微笑んだ。
「じゃあ、ストレートに聞いちゃおうか。みんなは、啓にどんな風に想われたい?」
神楽の問いに、全員が少し考え込む。
「……どうって?」
雅が少し戸惑ったように返すと、真凛が意味ありげに微笑んだ。
「たとえば、“特別な存在”として意識してもらうなら、どんな風がいいかしら?」
「それ、答えづらくない?」
神楽が茶化すように笑う。
「だってさ、ここにいる全員、啓に特別な感情を持ってるんだから」
その言葉に、誰も否定できない。
「そりゃ、まあ……」
雅がぼそっと呟くと、蘭子がクッションを抱えたまま「それなら、もうちょっと具体的にしません?」と提案する。
「例えば、みんなは先生とどんな関係になりたいんですか?ちなみに私は養ってもらうことが大前提です」
得意げに言う蘭子に神楽が呆れた視線を向ける。
「ブレないわね、あんた……」
「そんなの、決まってるでしょ。啓のお嫁さんよ……」
そんな中、雅は静かに言い切った。その目には迷いがない。
「へぇ、ほんと見事に開き直ったわねアンタ」
神楽が唇の端を上げる。
「でも、まあ当然よね。だって、私たちみんな啓のこと好きなんだし、そこ狙っちゃうよね」
「ま、今更私も隠す必要もないからな~お嫁さんに一票」
葵が手を上げさらりと言う。
「私は、どうすれば啓君に毎晩抱きしめてもらえるか、それしか考えてません」
真凛が軽く微笑みながら差も当たり前のように言った。
「ほんと、真凛ってばたまに大胆になるんだから……でもさ、不思議じゃない?啓ってヘタレなとこもあるし優柔不断なとこもあるでしょ?なのにこんなに皆に愛されててさ、気が付くと惹かれてて、好きになってるっていうか、不思議な魅力があるって言うか……う~ん、ごめん、いざ言葉にしようとすると難しいわね」
「……確かに」
蘭子が静かに頷いた。
「ひ弱だしビビりだし、しかも先生って恋愛に対して鈍感そうだし、苦労しそうですよね~ある意味女泣かせかも?」
「そうそう!奥手過ぎなのよ啓は!こっちはいつでもウェルカムんはのにさ~」
神楽が口を尖らせながら言うと、雅は少しだけ口を開き「ウェ、ウェルカムって……」たが、結局それ以上何も言えず、頬に手を触れ押し黙まってしまった。
「じゃあ次です!、もし啓君とデートするなら、どこに行きたいですか?」
今度は真凛が問いかける。
「うーん……」
雅は考え込む。
「シンプルに映画館とか……いや、でも啓はあまり人混み好きじゃないし……」
「図書館デートとか、似合いそうじゃないですか?」
蘭子が笑いながら言う。
「うん、分かる。でも、それってデートっていうより、ただの勉強会じゃない?まあ私は啓となら図書館でも……」
「結局、雅は啓と一緒なら何でもいいんじゃない?」
葵がニヤリと笑いながら言うと、雅は「そ、そんなこと……」と視線を泳がせる。
「私は、夜景が綺麗なところに行きたいな」
神楽がさらりと言う。
「啓がどんな景色を見て、どんな言葉を紡ぐのか、ちょっと興味あるし」
「……それ、すごくロマンチック」
真凛が感心したように微笑む。
全員が笑い合いながら、自然と場の空気が更に甘くなっていく。
「……ねえ」
ふと、葵が静かに口を開いた。
「結局のところ、啓の好きな人って……誰なんだろうね?」
その問いに、全員が再び沈黙する。
「でも、少なくとも、啓君の心を一番強く動かせるのは、この中の誰かですよね」
真凛が微笑みながら言った。
「さあ、それはどうかしら?」」
神楽の返答に真凛が小首を傾げる。
「一人とは限らないかもよ?」
神楽が楽しそうに微笑みながら続けて口を開く。
「ふふ、世の中、そういうこともあるでしょ?」
その言葉に、一瞬全員が曜子の話を思い出す。
「それって……まさか?」
蘭子が興味深そうに問いかける。
「さあね」
神楽が肩をすくめて笑う。
「でも、可能性はゼロじゃないってこと」
誰が特別なのか、それともまだ答えは出ていないのか。
それぞれがそれぞれの想いを抱えながら、夜は静かに更けていった。