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第9話 不穏な空気、無力な僕

 篠宮さん達との電話のやり取りを終えた僕は、担任に事情を話し、足早に教室へと向かった。


 午後の授業開始前の一時、なるべく目立たないよう僕が教室に一歩足を踏み入れると、そこはざわめく生徒たちの声で満たされていた。


 昼休みが終わってしばらく経つというのに、誰も席に着こうとしない。


 数人の生徒が集まって話し込んでいて、なんだかただごとじゃない雰囲気を醸し出している。


「……で、ほんとにどこ行っちゃったの?」


 ひときわ不安そうな女子生徒の声が聞こえてくる。


 自分の席に向かいながら様子をうかがうと、人ごみの中心にいるのは雅と葵だった。


 彼女たちの様子がどこかおかしい、眉をひそめて困った顔をしている。


「昼休みに食堂から戻ってきたらなくなってたの……」


 雅が落ち着かない様子で言うと、周りのクラスメートも「えぇ……」と顔を見合わせる。


 どうやら、雅が持っていた本が昼休みの間に消えたらしい。


 盗まれたのか、どこかに置き忘れたのか……けど、雅がそんなうっかりするタイプじゃないのは、僕もよく知っている。おそらく前者だろう。


「ねぇ、誰か見なかった?」


 葵が周りを見回しながら聞くけど、返ってくるのは首を横に振る仕草ばかり。


「本当に、気づいたらなくなってたの?」


 誰かの声が聞こえた。


 雅は、不安げにぎゅっとスカートの裾を握りしめながら、こくりと頷く。


「うん。机の横に紙袋ごと引っかけてたんだけど、なくなってたの」


「でも、雅がなくすなんて考えられないし……やっぱり誰かに盗まれたんじゃない?」


 誰かの呟きに、また空気がざわついた。


 僕は静かに自分の席につきながら、二人の様子を横目で見た。


 二人とも、僕には目もくれない。いや、気づいているけど、無視しているのかもしれない。


 顔も見たくないって感じかな……。


 胸の奥が少しだけ痛む。


 窓の外をちらっと見る。


 冷たい風が木の枝を揺らしていて、雲はますます厚くなっていた。


 なんとなく、嫌な予感がする。


 すると、ざわめいていた教室の空気が、一瞬で冷えた。


 ガラッ――と、扉が開く音がして、みんながそちらを振り向く。


「ほらほら、授業始めるぞ。席につけー」


 入ってきたのは国語の担任、村山先生だった。


 中年の男性で、普段はそこまで厳しくないけど、授業が始まると意外ときっちりしているタイプだ。


 先生が黒板に教科書のページを書き込む間、みんな仕方なく席についた。


 結局、雅の本の話はうやむやのまま、会話は途切れた。


 葵もまだ何か言いたそうだったけど、先生が入ってきたことでそれどころじゃなくなったみたいだ。


 僕も静かに教科書を開く。


 窓の外はさっきよりも暗くなり、風の音がかすかに聞こえる。


「じゃあ、前回の続きからいくぞ」


 先生の低い声が教室に響く。


 チョークが黒板をこする音が聞こえ始めると、さっきまでのざわめきが嘘のように、教室は静まり返った。


 授業に集中しよう、そう思ったが、僕はまだ雅たちの落ち込んだ顔が頭から離れなかった。


 葵も腕を組んだまま、どこか不機嫌そうな顔をしていた。


 きっと彼女も、納得がいっていないんだろう。


 授業の内容が頭に入ってこないまま、僕はなんとなくノートを取りながら、曇った空をもう一度見上げた。

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