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第79話 新章・決戦は日曜日(2)

 部屋のドアが静かに閉まった瞬間、緊張の糸が一気に張り詰めた。予約したホテルの部屋は想像以上に豪華で、ふかふかの絨毯や上品なインテリアが、これからやることへの違和感を際立たせるようだった。


「さて、啓。さっそく着替えようか」


 響姉が躊躇なく制服に手をかける。彼女が着ていた服が床に落ちる音が部屋に響き、僕は瞬間的に頭が真っ白になった。


「きょ、、響姉っ!何してるんだよっ!? 僕がいるんだから!」


 慌てて後ろを向いたけど、鏡越しに響姉の滑らかな背中と整った身体のラインがちらりと視界に入り、僕の鼓動が跳ね上がった。


「ふふ、何を今さら赤くなってるんだ? 姉弟なんだし、別に隠すようなことでもないだろ?」


 面白がるような響姉の笑い声が僕の背中を撫でるように伝わってくる。


「それとこれとは話が違うってば!早く着替えて!」


「啓はほんとに可愛い反応するよなあ。ますますいじめたくなるじゃないか」


 背後から聞こえる響姉の囁きにゾクッとして、僕の鼓動が乱れる。息を詰めながら、必死に目を閉じて衣擦れの音が止まるのを待った。


「……はい、終了。ほら、次は啓の番だぞ。時間ないから急いだ急いだ」


 響姉の愉快そうな声に振り返ると、彼女は平然と制服姿で微笑んでいた。その余裕のある表情に、僕はまたも顔を真っ赤に染めながら、震える手で制服を手に取った。


 響姉に促され、僕は恐る恐る、緋崎さんに用意してもらっていたホテル従業員の制服に着替え始める。女装なんて初めての経験で、自分でもどうなるか予想がつかず、不安でいっぱいだった。


「意外と似合うじゃないか。啓はやっぱり可愛い系だから、こういう制服映えるな」


 響姉は腕組みしながら満足そうに僕を眺めている。褒められて嬉しい反面、男として微妙な気分だった。


 その時、ドアがノックされ、真凛と神楽が入ってきた。


「啓くん、着替え終わりましたか?」


 真凛は優しく微笑みながら近づいてきて、僕を見て少し目を見張った。


「わあ……啓くん、本当に可愛いです!」


「うん、予想以上かも。これは素質あるわね」


 神楽も笑顔で頷きながら、楽しげに僕を観察する。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……早くメイクしないと」


 僕が冷静に戻そうとすると、神楽が不敵に笑った。


「そうね、ここからが本番。どうせやるなら、啓をとびっきりの美少女にしてあげる」


「任せてください、啓くん!」


 真凛は嬉しそうに微笑んだ後、丁寧に化粧道具を並べ始めた。僕の前に鏡をセットし、化粧水やらパウダーやらを慎重に選び出す。神楽が興味深げにその様子を眺めている。僕は鏡に映る自分の姿をぼんやり見つめながら、小さくため息を吐いた。


「啓くん、顔をもう少し上げてください」


 真凛が柔らかな口調で指示を出し、僕は素直に従った。真凛の指先がそっと僕の肌に触れ、ひんやりとしたクリームが頬に広がっていく。


「ちょっと冷たいですけど我慢してくださいね」


「う、うん……」


 僕がぎこちなく頷くと、真凛は微笑みを浮かべて再び化粧に集中した。彼女の手が滑らかに動き、ファンデーションやらアイシャドウやらが次々に僕の顔に施されていく。その繊細な感触に戸惑いつつも、次第に不安よりも好奇心が勝り始めていることに自分でも気が付いた。


「啓、まつ毛も上げるから目を閉じて」


「う、うん」


 僕は再び言われた通りに目を閉じる。神楽の優しい呼吸が間近に感じられ、甘い香りが鼻をくすぐる。数分が過ぎた頃、真凛と神楽が小さく息を吐いた。


「……よし、出来ました!」


 真凛が嬉しそうに声を上げた瞬間、響姉と神楽が同時に歓声を上げた。


「啓、凄く可愛いぞ!これは永久保存版だな」


「ほんと、すごいわ。やればできるじゃない、啓くん」


 嬉しいけど、恥ずかしさも極限だった。


「……もう、ほんとにやめて……作戦に集中しようよ」


その時、ドアの向こうでノック音が響き、事前に頼んでいたルームサービスが届いた。


「私が出るわね」


 神楽が慣れた足取りでドアに向かい、丁寧にドアを開けた。従業員が丁寧に挨拶をしてワゴンを差し出すと、神楽は笑顔を返しながらそのままワゴンを部屋の中へ引き入れた。


「ありがとう、ここで大丈夫よ」


 従業員が一礼して立ち去るのを見届け、神楽が静かにドアを閉じた。


 これで全ての準備が整った……僕は深呼吸をしながら響姉たちの顔を見渡す。


「いい?もう一度簡単に説明するね。響姉は阿久津を引き離す役、真凛と神楽は地下駐車場で防犯ブザーを鳴らす役。そして僕がルームサービスを届けながら蘭子に接触する役。みんな、いいね……?」


 全員が真剣な顔で頷き返してくれた。


「よし、それじゃ、作戦開始!絶対に成功させよう!」


 僕自身を鼓舞するように告げると、みんなの瞳にも強い決意が灯った。

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