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第65話 新章・Sweet Seduction

ラブホテルの室内は、どこか非現実的な空間だった。


 柔らかな間接照明が壁に映り、ほんのりと甘い香りが漂っている。淡いピンク色のベッドカバー、シャンデリア風の照明。艶やかな赤いソファが窓際に置かれ、壁には妙に艶かしいデザインの絵画まで飾られている。


 場違いすぎる。


 そんな場所のベッドの端に腰を下ろし、僕は肩を落としていた。


「体調、悪いんじゃなかったのか……」


 バスルームから漏れ聞こえてくる鼻歌が、妙に軽やかで楽しそうで、余計に頭を抱えたくなる。神楽らしいといえばそれまでだけど、さっきまでのあの弱々しい表情はどこへ消えたんだ。


 気が抜ける。


 いや、そういうことじゃない。


 まさか……いや、考えすぎだろ。


 この部屋の雰囲気、神楽の大胆な行動、あの甘えた声。

全部が繋がって、僕の胸はありえないほど高鳴っていた。


 シャワーの音が止まる。


 扉が開く。


 そして、そこに立っていたのは――


「……っ!」


 バスタオル一枚をふわりと巻きつけ、濡れた髪をタオルで拭きながら現れた神楽。


 しっとり濡れた肌、艶やかな髪の雫が鎖骨を伝い落ちる。


 僕は息を呑んだ。


「どうしたの?そんなに見つめちゃって」


 ドライヤーもかけていない濡れた髪が、肩や胸元に張り付いている。わずかに上気した頬と、湿った肌が室内の光を受けて艶めいて見える。


「いや……その……着替えとか、ないの……?」


 目を逸らしながら絞り出すように言う僕に、神楽は楽しげに笑った。


「あるけど、別にいいじゃん。すぐ乾くし」


 バスタオルの裾を指先でつまんで軽く揺らしながら、神楽は色っぽく首を傾げる。その仕草ひとつひとつが、僕の理性を危うくしていく。


「啓もシャワー浴びてきたら?スッキリするよ?」


「な、なんで僕が?」


「ん~?別に啓の匂い好きだから、浴びなくてもいいけど」


 神楽は悪戯っぽく目を細めながら、僕の首筋へ顔を近づける。わざと深く息を吸い込む仕草を見せると、鼻先がほんのりと僕の首に触れた。


「ちょっ……神楽……!」


 思わず後ろへ下がろうとしたけど、背中に感じる柔らかいベッドの感触が、逃げ場がないことを思い出させる。


「もしかして、誘ってる?」


 神楽は僕の真上で、にやりと唇の端を上げる。からかい混じりの視線は、僕の動揺を楽しんでいるようだった。


「ち、違う!そんなわけ……!」


 僕は必死に否定しながら、神楽の肩に手を置いた。触れた肌は、シャワー上がりの熱を残していて、妙に柔らかく感じる。


「神楽、こういうのは一時的な気の迷いでやるもんじゃないんだよ?もっと自分を大事にしないと……ちゃんと、好きな人と……」


 震える声で諭すように伝えたつもりだった。でも、神楽の目が変わる。


 さっきまでの戯けた色っぽさは消え、真っ直ぐで真剣な瞳が僕を捉えた。


「好きだよ……」


 あまりに真っ直ぐで、心臓が跳ね上がる。


「……え?」


「啓のこと……好き」


 一切の迷いも飾りもない、真っ直ぐな告白。


「最初は、こんな小説を書く人がどんな人か知りたくて。ギャップが面白くて。

それに、啓が恥ずかしがる顔、すっごく可愛くて……でも、気づいたら可愛いだけじゃなくなってた」


「神楽……」


「啓に触れたくて、もっと知りたくて、気づいたらどんどん……止まらなくなってた。こんな気持ちになるなんて、初めて。ここまで本気で好きになったのも、こんなことしたいって思ったのも、啓が初めて」


「レイランの生放送でさ、啓が楽しそうに話してるの見た時、胸がギュってなった。別に啓の小説のファンがいるのはわかってるけど……あんなふうに、他の女の子と特別な感じで話してるの見るの、すごくイヤだった」


 神楽の声が少し震える。


「でもね、私って本当はそんなに独占欲強いわけじゃないの。好きな人がモテるのは嬉しいし、正直、浮気だって許せちゃうタイプなんだよ」


 ふっと苦笑する神楽。


「でも、啓だけは違う。最初に会った時から、何かが違ってた。こんなふうに、誰かに夢中になって、誰にも渡したくないって思ったの、初めてだから」


 僕の手を握る神楽の指が、わずかに震えている。


「だから、もし他の誰かにフラフラしても、私の事愛してくれるなら、全部許してあげる。でも……それもこれも、啓が私をちゃんと好きでいてくれるっていう前提があるなら」


 少しだけ涙を滲ませたような笑顔を浮かべる神楽は、いつもの小悪魔な顔とは違って、まるで普通の女の子みたいに見えた。


「私ね、啓にだけはずっと真剣なの。だから、ちゃんとわかってほしい」


 言葉に合わせるように、神楽の指先がバスタオルの端にかかる。


「だからわかって、こんな事するの、生まれて初めてなんだから……」


 ふわりとタオルが滑り落ちる。


 薄暗い部屋の中、淡い光を放つ室内灯が、何も隠さない神楽の肌を照らす。


 息をするのも忘れるほど、美しかった……。


「ねぇ、どうする?」


 声は震えていたけど、目だけは真剣で。


 僕の心臓の音が、部屋に響き渡るほど大きくなっていた。

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