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第110話 終幕の鎮魂歌

 雨が屋上のコンクリートを容赦なく打ち続けていた。


 激しい雨音が夜の静寂を破り、街灯の光が水滴に反射して無数の光の粒を作り出している。僕はゆっくりと笑い声を止め、濡れた髪から雨粒を払いながら深く息を吐いた。


 心地よい高揚感が胸の奥で静かに燃えている。


「愚かな奴だ……」


 独り言のように呟きながら、僕は雨に煙る夜景を見下ろした。啓という名の障害物は、ついに取り除かれた。あんなに簡単に片付くとは思わなかったが、結果的には拍子抜けするほどあっけなかった。


「自分から向かってきておいて、この有様だ……」


 口元に浮かんだ笑みを押し殺すように、唇を噛む。雨が頬を伝って落ちるのも構わず、僕はもう一度深呼吸をした。


 どいつもこいつも、あんな奴のどこに惹かれていたのか理解に苦しむ。優柔不断で、何の取り柄もない平凡な男。それなのに雅は彼を選び、他の女たちも皆、彼の周りに群がっていた。


 本当に馬鹿馬鹿しい。


「ふん……まあいい。奴はもうこの世にいない」


 そう口にした途端、胸の奥で何かが弾けるような快感が走った。堪えていた笑いが、ついに漏れ出してしまう。


 邪魔者は消えた。これで全てが僕の思い通りになる。


 時間が経てば、僕を取り巻く噂なんてものも自然と消えるだろう。所詮、噂は噂に過ぎない。人の記憶なんて曖昧で頼りないものだ。時間という名の薬が、全てを癒してくれる。


 それまでは海外にでも滞在していればいい。以前のように、表面的には反省した振りを見せておけばいいのだ。周囲の人間は単純な奴らばかりだ。上辺しか見ようとしない。適当に頭を下げて見せれば、すぐに同情してくれる。


 人間の愚かさを利用するのは、実に簡単なことだった。


 そして、ほとぼりが冷めた頃には……


 啓の女たちを、僕の思うがままに支配してやる。雅も、あの生意気な立花葵も、映画に出ていた女優どもも、全て僕のものにしてやる。


 今度は鈴のように中途半端なことはしない。徹底的に、完全に僕の支配下に置いてやる。僕に逆らうことなど夢にも思わないような、完璧な従属関係を築き上げてやる。


 想像するだけで全身に震えが走る。特に雅……あの高慢な態度を完全に打ち砕いてやりたい。


「くくく……」


 抑えきれない笑いが喉の奥から湧き上がってきた。


「あははははっ!!」


 僕は雨空を見上げて高らかに笑った。雨粒が顔に当たるのも気にならない。むしろ、この冷たさが心地よかった。全身を洗い流してくれるような、浄化の雨だ。


 しかし、現実的な問題がある。


 逃走経路は事前に確保してある。警備員の巡回時間も調べてあるし、防犯カメラの死角も把握済みだ。早くこの場を去らなければならない。


 だが……。


 せっかくの機会だ。奴の無様な最後の姿を記録しておくのも悪くない。


 いつか、あの女どもに見せてやるのも面白いかもしれない。「これがお前たちが愛した男の末路だよ」とでも言ってやろうか。きっと絶望に歪んだ顔を見せてくれるだろう。


 僕は手すりに近づき、身を乗り出して下を覗き込んだ。暗闇の中、微かな街灯の光に照らされて、血にまみれ、地面に横たわる啓の姿が見えた。


 ピクリとも動かない。完全に事切れている。


 興奮が再び湧き上がる。手が震えるのを抑えながら、僕はスマートフォンを取り出した。カメラ機能を起動し、小刻みに震える手でなんとかズームを調整する。


 シャッター音が雨音に混じって響く。一枚、二枚、三枚……様々な角度から撮影し続ける。完璧な構図だ。まさに奴にふさわしい、惨めで哀れな最後の姿。


「奴にふさわしい最後だな……」


 満足げに呟きながら、僕はスマートフォンをポケットにしまった。もう用はない。あとは静かにここから立ち去るだけだ。


 振り返りながら、僕は既に次の段階へと思考を向けていた。計画は順調に進んでいる。


 雨の中を歩きながら、僕の心は既に明日のことを考えていた。


         




 自宅に戻ると、僕はすぐにシャワーを浴びた。


 熱い湯が全身を包み込み、今夜の緊張と興奮を洗い流してくれる。石鹸の泡がゆっくりと足元に流れていくのを眺めながら、僕は再び満足げに笑みを浮かべた。


 全てが完璧だった。計画通り、いや、計画以上の成果だったかもしれない。


 シャワーを止め、バスタオルを手に取る。鏡に映る自分の顔を見つめながら、頭を拭く。普段通りの、何事もなかったかのような表情。誰が見ても、ただの平凡な医大生だ。


 自室に戻り、いつものようにパソコンの前の椅子に腰を下ろした。部屋の明かりを落とし、モニターの光だけが顔を青白く照らしている。


 画面が明るく点灯し、デスクトップが表示される。さて、これからが本当の楽しみだ。


「最初は誰にするか……」


 指を顎に当てながら考える。選択肢はいくつもある。どの順番で料理してやろうか。


「雅……いや、あれはメインディッシュだな」


 彼女は特別だ。最後の最後まで取っておかなければならない。


「まずは……そう……」


 マウスを操作しながら、動画配信サイトを開く。お気に入りのチャンネル一覧が表示された。その中に、見覚えのある名前を見つける。


 レイラン。


 確か啓と共に僕の悪評を流した愚かな女だ。インフルエンサーとして多少の影響力はあるようだが、所詮はネットの中だけの存在。現実世界では何の力も持たない。


 まずは手始めに、この女から始めるのも悪くない。どんな顔をして配信しているのか、確認してやろう。


 僕が画面を眺めていると、ちょうどレイランの生放送が開始されたという通知が表示された。


 なんというタイミングだ。まるで運命が僕に微笑みかけているようではないか。これも今夜の成功の余韻というものだろう。


 僕は迷うことなくチャンネルを開いた。画面には例の金髪ツインテールのアバターが映し出される。相変わらず軽薄そうな笑顔を浮かべている。


 しかし何かが違った。いつもの能天気な雰囲気とは明らかに異なる、妙な緊張感。画面に映し出されたレイランの顔には、いつもの能天気さとは全く違う表情が浮かんでいた。緊張と興奮が入り混じったような、妙にそわそわした様子だ。


 興味深い。一体何が起こるというのだろうか。


『こんばんランラン!は~い、今日もレイランの配信始まりま~す!』


 相変わらず軽薄な声だが、どこか上ずっている。僕は眉をひそめながら画面を見つめた。


『あ、でも今日はちょっといつもと違うかもしれません……』


 レイランが髪をくるくると指に巻きつけながら、カメラに向かって不安そうな笑顔を向ける。


『っていうか、下手したらBANされちゃうかも!』


 彼女の声が一段と高くなる。コメント欄が一気に盛り上がり、疑問符や驚きのスタンプが流れていく。


『え?いやいや、マジマジ!割とマジだって!それぐらいショッキングな内容だから……』


 何を馬鹿なことを言っているのだろう。僕は鼻で笑いながら、彼女の慌てた様子を眺めていた。どうせいつものように、大げさに騒いでいるだけだろう。


『そういうのが苦手な人は、今すぐブラウザバックしてくださいね!』


 レイランが深呼吸をするように胸に手を当てる。その表情に、僕は違和感を覚えた。演技にしては、妙にリアルすぎる緊張感だった。


『では……まずは、こちらをご覧ください』


 彼女の声が急に低くなる。今まで見たことのないほど真剣な表情だった。


『覚悟してくださいね……』


 その瞬間、画面が切り替わった。


 薄暗い映像が流れ始める。最初は何が映っているのか分からなかった。夜の闇の中、雨に濡れた何かの建物が見える。


「なんだ……これは……?」


 僕は思わず画面に顔を近づけた。映像の画質は思ったより鮮明で、プロが撮影したもののような精度がある。


 カメラがゆっくりとズームアップしていく。すると、見覚えのある場所が映し出された。


 学校の屋上。


 そして、そこに立つ二つの人影。


 僕の心臓が激しく跳ね始めた。まさか、そんなはずは……


 しかし、映像は容赦なく現実を突きつけてくる。


 そこには間違いなく、僕自身の姿があった。黒いレインコートを着た僕が、啓に詰め寄っている光景が、鮮明に映し出されている。


「な……なんで……」


 声が震えて、うまく言葉にならない。画面の中で、僕は啓の胸ぐらを掴んでいる。そして、手すりに向かって押し付けている。


 それは、つい先ほどの出来事そのものだった。


 理解が追いつかない。どうして、なぜ、一体誰が……


 映像の中の僕が、狂ったように笑いながら啓を突き落とそうとしている。その顔は、まさに悪魔のような表情だった。


「嘘だ……」


 僕は震える手で椅子の肘掛けを掴んだ。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ!」


 立ち上がった瞬間、机の上にあった書類が全て床に散らばった。ペン立ても倒れ、中身が音を立てて転がっていく。


「ありえない!こんなのありえないはずだ!!」


 僕は頭を抱えながら部屋の中を歩き回った。呼吸が浅くなり、胸が苦しい。心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動している。


 誰が撮影したのか。どこから撮ったのか。なぜ僕は気づかなかったのか。


 

 隠し撮りをしてないか、予め設置できる範囲を予測してくまなく確認した。周囲にそんなものはなかったはずだ……。しかもあんな高画質に……有り得ない……。


 様々な疑問が頭の中でぐるぐると回り、まとまらない。


 その時、スマートフォンの着信音が響いた。


 僕は飛び上がるように肩を震わせ、音の方向を見た。テーブルの上で、スマートフォンが光っている。


 知らない番号だった。


 手が震えて、うまくボタンを押せない。何度も失敗しながら、ようやく通話ボタンをタップする。


「も……もしもし……」


 声が上ずって、自分でも情けないほど震えていた。


『先ほどぶりですね……瑞樹さん』


 その声を聞いた瞬間、僕の全身が氷のように冷たくなった。


 聞き覚えがある。間違いない。


 啓の声だった。


 ありえない……あいつは死んだはずだ。確かに僕がこの手で突き落としたんだ。地面に倒れている姿も、この目で確認した。写真だって撮った。


 なんだ?一体何が起こっているんだ?なぜあいつがこの番号を知っている?雅から聞いたのか?


『驚きすぎて、声も出ませんか?』


 電話の向こうで、啓が静かに笑っているのが分かった。いつもの穏やかな声色だが、その奥に何か冷たいものが混じっている。


「ふざけるな!」


 僕は思わず叫んでいた。


「なぜだ!?あの時、確かにお前は……!!」


『死んでませんよ』


 啓の声が、淡々と返ってくる。


『まあ、ある意味賭けでしたけどね……痛い思いはしましたが』


「賭けだと!?」


 僕はなりふり構わず叫んだ。もう冷静でいることなどできない。


『3Dトリックアートってご存知ですか……?』


 啓の問いかけに、僕の思考が一瞬止まった。


「3Dトリック……アート……まさか……」


 まさか、そんな馬鹿な。


『知り合いに映画関係者がいるんです』


 啓の説明が続く。その声は相変わらず穏やかだが、僕にとっては悪魔の囁きのように聞こえた。


『その人たちに頼んで、美術監督さんにお願いしてもらいました。すごいですよね。あんな精巧なものが、三週間足らずでできちゃうんですから』


 僕の頭の中で、様々な記憶の断片が繋がり始める。


 あの建設資材。ブルーシート。妙に整然と積まれていた鉄骨。


『ブルーシートは夜でも目立つし、飛び込みやすかったんですけど……正直、すごく勇気が要りましたよ』


 啓の声に、わずかな苦笑いが混じる。


『でも、それもこれも全て……鈴ちゃんのおかげです。いや、みんながくれた勇気のおかげかな……』


「ふざけるな!」


 僕は画面に向かって怒鳴った。


「貴様はさっきから何を言っているんだ!あの映像は……あの映像は何だ!!」


 パソコンのモニターを指差しながら、僕は声を張り上げる。画面にはまだレイランの配信が映し出されており、コメント欄は完全に炎上状態になっていた。


 同接続者数の表示が、見る見るうちに増えていく。


『ああ……もうご覧になったんですね』


 電話の向こうで、啓が静かに息をついた。


『なら話が早いです』


「話が早いだと……!?」


 僕は画面を見ながら叫んだ。コメント欄は完全に制御不能状態になっており、驚きと非難の言葉が滝のように流れている。


「あんな鮮明な映像、どうやって撮れるというんだ!一体誰が……どこから……!」


『知りませんでしたか?あの場所が映画のロケ地だということを』


 啓の声に、僕の血の気が引いた。


「映画……ロケ……まさか……」


 唇がわなわなと震え始める。そういえば、学校では映画の撮影が行われていた。『二人と一人』という、あの忌々しい小説の映画化……


『察しがいいですね』


 啓の声が、まるで教師が生徒を褒めるような口調になった。


『ええ、監督さんにお願いして、一日だけ無理を言って機材をお借りしたんですよ』


 僕の頭の中で、パズルのピースが恐ろしい速さで組み合わさっていく。


『あなたのことですから、事前に周辺に怪しいものがないかチェックされることは想像できました。だから、最初から設置されている撮影機材を使わせてもらったんです』


「そんな……馬鹿な……」


『かなり離れた場所に設置された、望遠用のシネマカメラです。あなたの顔がはっきり分からないと意味がありませんからね。通常のカメラとは違って、フレームレートも高精度ですし……くっきりとあなただと分かったでしょう?』


 僕の足に力が入らなくなった。椅子にもたれかからなければ、その場に崩れ落ちていただろう。


『よかったですね。今、レイランさんからメッセージが来ましたけど……同時接続者数、十四万人を超えたそうですよ』


 十四万人。その数字が、僕の脳裏で何度も反響した。十四万人が、僕の犯行の一部始終を見ている。録画している。拡散している。


 声が出ない。喉が完全に詰まって、呼吸すらままならない。


『無能……でしたっけ』


 啓の声が、急に優しい調子になった。


『あなたが僕に言った言葉。確かにその通りです。僕はこれまでも、これからも、自分の力だけじゃ何もできない人間です』


 なぜ、そんなことを……


『自分の弱さが、本当に嫌になりますよ……情けなくて、みじめで、一人じゃ何もできなくて』


 啓の声に、かすかな苦笑いが混じる。


『でもね……もう僕は、それでいいと思っているんです』


「何を……」


 ようやく声が出た。かすれて、震えて、惨めな声だった。


『弱い自分も、情けない自分も、全部僕なんです。否定しても仕方がない。でも……』


 啓の声が、確信に満ちた響きを帯びた。


『僕には仲間がいる。信頼で繋がった、多くの仲間たちが。支えて、支えられて……そうやって培ったものが、僕の本当の力なんだ』


「力……だと……」


 僕は机を思い切り殴った。拳に激痛が走ったが、構わなかった。


「結局、誰かがいないと何もできない、不完全な奴じゃないか!!」


『ええ……一人では何もできない、不完全な人間ですよ、僕は』


 啓は僕の言葉を否定しなかった。


『でも……それでも、仲間がいれば、その力は何倍にも増すんです。そして、あなたのような人間を止めることだってできる』


 電話の向こうで、啓が深く息をついた。


『残念ですが、あなたには理解できないでしょうね。でも、これだけは言っておきます……』


 その声が、今まで聞いたことのないほど強く、冷たくなった。


『仲間を……僕の大切な人たちを……舐めるな!』


 その瞬間、僕の膝から完全に力が抜けた。


 椅子から滑り落ち、床に膝をついた。呼吸が浅くなり、視界がぼやけてくる。


 そして、遠くから微かに聞こえてくる音があった。


 サイレンの音。


 聞き慣れた警察車両の音が、だんだんと近づいてくる。


 僕はハッとして顔を上げた。


『お迎えが来たようですね……』


 啓の声が、まるで悪魔の囁きのように聞こえた。


『では……』


「待て!」


 僕は必死に叫んだ。プライドも何もかも捨てて、ただひたすら懇願した。


「待ってくれ!これは誤解なんだ!そうだ、全て君の誤解なんだよ!」


 涙が頬を伝って落ちる。自分でも信じられないほど、みじめで情けない声だった。


「頼む!君の方から説明してくれ!!君なら、きっと何とかできるだろう!?」


 しかし、啓の声は冷たいままだった。


『鈴ちゃんは……もっと生きたかったはずだ』


 その言葉が、僕の胸を鋭く突き刺した。


『生きて、もう一度僕と再会することを夢見ていたはずだ……あなたは、その気持ちを踏みにじった』


「そんな……僕は……」


『けなげに生きていた少女の命の灯を、あなたが消し去ったんだ』


 啓の声が、怒りに震えていた。


『支配?笑わせるな……お前は誰も支配できない。今までも、これからも。永遠にな……』


 プツッという音とともに、通話が切れた。


 虚しいコール音が、僕の耳元で反響する。


 その時、玄関からインターホンの音が響いた。冷たい機械的な音が、部屋の静寂を破る。


 僕は肩を震わせながら、玄関の方向を見つめた。


「嫌だ……嫌だ……」


 声が子供のように震える。


「僕は……僕は支配する側の人間なんだ……支配なんてされたくない……されたくない……」


 涙が止まらない。鼻水も垂れてくる。


「されたくないよぉぉぉっ!誰かぁっ!?」


 僕は天井に向かって叫んだ。


「いるのは分かっているんだ!今すぐドアを開けなさい!」


 外から、男性の怒鳴り声が聞こえてくる。警察官の声だった。


 窓の外に、赤い回転灯の光が見える。薄暗い部屋を、不気味に照らしていた。


「誰か助けてよぉぉっ!誰でもいいからぁぁぁ!!」


 僕は顔をくしゃくしゃにしながら泣き叫んだ。


 その瞬間、啓の言葉が頭の中でこだました。


 『僕には仲間がいる。信頼で繋がった、多くの仲間たちが。支えて、支えられて……そうやって培ったものが、僕の力なんだ』


 仲間……信頼……支え合い……


 僕には、そんなものが一つもなかった。


 誰も僕を助けてくれない。誰も僕の味方をしてくれない。


「大切な……ああ、そうか……そうだったのか……」


 僕は部屋の中央で、子供のように嗚咽を漏らしながら蹲った。


「不完全なのは……僕だったのか……」


 外から、ガラスが砕ける音がしたかと思うと、複数の乱暴な足音が家の中に響いてきた。


 僕は壁に貼られた少女たちの写真を、虚ろな目で見上げた。


「みんな……ごめん、ごめんよ……許してくれ……」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、僕は写真に向かって謝った。


「ごめんよぉぉ……鈴……うぅぅぅっ……」


 部屋のドアが勢いよく開かれ、懐中電灯の明かりが僕の顔を照らした。


 外では雨が静かに降り続いている。雷鳴が轟いているはずなのに、その音すらも聞こえない。


 無音の世界。どこまでも広がる暗闇の世界が、僕の目の前に広がっていた……。

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