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第10話 噂の種、忍び寄る処刑時間

 教室にチャイムが鳴り響き、最後の授業が終わった。


 先生が黒板のチョークを置き、ゆっくりとこちらを見渡す。


「……では、今日はここまで。忘れ物がないようにな」


 誰かが「起立!」と号令をかけ、みんなが机を引く音が響く。


「礼!」


 担任は軽く頷くと、教室を出て行った。


 先生がいなくなった瞬間、教室の空気が一気に緩んだ。


 椅子を引く音、鞄を開ける音、友達同士の話し声があちこちで弾けるように広がる。


 ちらりと横目で雅を見る。彼女は机の上に頬杖をつきながら、難しい顔をしていた。葵も鞄を持ったまま、何か考え込んでいる様子だった。


 やっぱり、あの本のことが気になっているんだろうか。


「ねぇねぇ、雅ちゃん」


 そんな中、近くの席にいた女子が雅に声をかけた。


 興味津々といった様子で、顔を近づけている。


「この前さ、体育館の前で見ちゃったんだけど……最近、先輩と仲いいんでしょ?二人して何話してたの?」


 先輩。おそらく、三年の伍代先輩のことだ。


 学校一の美人と言われる雅と、イケメンの伍代先輩。話題にならないはずがない。


 そういえば雅はもう返事を返したのだろうか?もしそうなら二人はもう恋人同士という事になる。


 想像するだけで心がかき乱され胸がずきずきと痛む気がした。


 他の女子たちも興味津々に雅に詰め寄り始めた。


 雅は困ったように微笑んで。


「ん……そんな大した話じゃないわよ」


 そう言ってやんわりと話を濁していた。


「えぇ~、なにそれ! 気になる!」


 その光景を僕はただ静かに眺めていた。


「葵はどう思う?」


 不意に、クラスメイトの一人が葵に話を振った。


「え?」


 葵は机に肘をついたまま、少し驚いたように顔を上げた。


「雅と伍代先輩のことよ、幼馴染なんだから気にならない?」


「さあね、私は人の色恋にあんまり興味ないし」


「本当に~?じゃあ自分の色恋はどうなのよ」


 雅の話でひとしきり盛り上がったクラスメイトたちは、次のターゲットを見つけたらしい。


「そういえばさ、最近鷹松先輩が葵にちょっかいかけてるって噂、マジなの?」


 その言葉に、数人の女子が「えっ!」と食いつく。


「えぇ、そうなの!? まさか葵ちゃんも先輩といい感じとか?」


「それヤバくない? 雅と伍代先輩、葵と鷹松先輩とか、美男美女カップル誕生じゃん!」


 教室の熱がまた一気に高まる。


 鷹松先輩――三年生でサッカー部のエース。長身で派手な顔立ちをしていて、女の子に人気がある。正直、伍代先輩といい勝負になるくらいのモテ男だ。


 そんな人が葵に言い寄ってる、という噂。


 昨日、言っていた言葉通りなら、決して噂ではないのだろう。


 僕は、彼女の方をちらりと見た。


 一瞬目が合うと、葵はピクリと肩を揺らして顔を背けた。


 でも、すぐに興味なさそうに腕を組んで、ふぅっとため息をつく。


「はぁ……あのね、何もないから」


 冷めた口調でそう言い放つと、クラスメイトたちは。


「えー、絶対なんかあるでしょ」


「先輩、めっちゃ優しくし話しかけてたって聞いたけど?」


 と食い下がる。


「優しいのは、あの人のデフォルトでしょ。私だけ特別扱いされてるわけじゃないし」


 そう言って、葵はぷいっと教室の外に視線を向けた。


 何だかさっきから聞いていてだんだんと虚しくなってきた。


 改めて僕と彼女たちの関係は幼馴染から、ただの幼馴染という肩書に変わったんだと思い知らされる。


 本の事が気になり教室に残っていたが、居心地の悪さから僕は席を立ち教室を出ようとした、その時だ。


 葵の話題で盛り上がっていた女子たちの声が、突然別の騒ぎにかき消された。


「えっ!? マジで!?」


「ヤバいって! 本物!? なんでこんなとこに!?」


 今度は男子たちがざわめき始め、数人が窓際に駆け寄る。その様子に、教室の空気が一気に変わった。


「何? 何があったの?」


 女子の一人が男子たちに声をかけると、興奮したように叫んだ。


「校門の前に、香坂真凛と篠宮神楽がいる!!」


 その瞬間、教室が一気にどよめく。


「はぁ!? 嘘でしょ!?」


「なんであの二人がこんなとこに!?」


「いやいや、何かの間違いでしょ?」


「俺、さっきスマホで確認したけど、間違いなく本物だって!」


「マジで? じゃあ本物!?」


 男子たちのテンションは最高潮に達し、数人が「ちょっと見に行ってくる!」と荷物を放り投げて教室を飛び出していく。


「ちょ、待って! 本当にいるの!? 私も行く!」


 今度は女子たちも騒ぎ始め、教室の半分くらいの生徒が興奮しながら廊下へと駆け出した。


 やばい……!!


 慌てて制服の胸ポケットから携帯を取り出し確認すると、メッセージが届いていた。


 送り主は香坂真凛。そして、篠宮神楽。


 番号だけじゃなくメールアドレスまで流出してるのか……。


《はじめ先生、今朝の忘れ物、学校まで届けますね!》


《もうすぐ着くから、校門の前で待ってるね》


 詰んだ……本の事や雅たちの事に気を取られて、完全に忘れていた。


 絶望的な気持ちになり、一瞬めまいがした。


「はぁ」


 まるで死刑宣告を受けた気分だ。


 がくりと項垂れながら鞄を手に取ると、僕は席を立ち重い足取りで教室を後にした。

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