Episode 1 自警団狩り《1》
第一部 全13回 5エピソード
[1]天成零士
能力なし。
魅力なし。
彼女なし。
そんな3ナシの俺の休日は・・・パチンコ屋に行くぐらいしかない。
ナイナイ。無いものだらけの25歳。
あっ・・・もうひとつ、ないものが増えた。
財布に金なし。
負けた。
そもそも、金がないのに、なんでまたギャンブルなんてしちまうんだ!俺!
頭で考えていても、
身体が勝手に動いちまう。
それが俺だ。
諦めた俺は敗走のように、足早にパチンコ屋を出る。
スマホを見る。土曜日の13時。
まだまだ時間はある。
・・・が、そういう時に限って、金はない。
「おーい、天成零士くん?」
は?俺の名前?
俺は名前を呼ばれて、振り返る。
タバコを吸った日焼けした男がいた。
こんな奴、知り合いにいたか?
「えっと・・・オッサン、誰だ?」
何故、俺の名前を知ってる?
「ただのオジサンだよ、俺ァな」
そう言いながら、自らをオジサンと名乗る男が、俺にそれを見せつけてきた。財布・・・あ!俺の財布じゃん!
いつの間にか、落としたのか?
こいつ、免許証の名前を見て、俺の名前を呼んだのか・・・なんだろう、パワー系に見えて頭の冴える男なのかもしれない。
「拾ってくれたのか、オッサン」
「金が入ってたら、抜き取って逃げてたンだけどもよォ」
がはは、と笑うオジサン。
なーんも、入ってねーじゃねえかよ、そう言いながら、財布を渡してくる。
悪いヤツなのか、良いヤツなのか、コイツ?
「あんがとな、オッサン」
「なぁ、レイジぃ。現実ってクソだよなぁ」
馴れ馴れしく俺の名を呼ぶオジサン。
・・・現実がクソ?何でそんなこと、聞いてくるんだ?
コイツもパチンコに負けたのだろうか。
まぁ、でも、答えは違いない。
「まー、クソっすねぇ」と答えた。
「だよなぁ?そう思うならよぉ、いいもん見せてやるよ」
「なんだよそれ?」
「異世界時間にここに来るといい」
そう、言い残して、オジサンは消えた。
そして、オジサンは自らの名を小雀と名乗った。
財布を落としただけの事、そんなたまたまの出会い。
日焼けした肌、筋骨隆々の身体。絵に描いたような海賊がいるとすれば、コイツの事だ。
それが俺とコガラの出会い。
この時はまだ、思ってもいなかった。
コイツがすげー悪人だって事。
【Episode 1 自警団狩り】
[2]
無駄に時間を過ごして家に帰る。
19時にカップラーメンを食べる。
19時30分から、15分間隔で政府広報が流れ始める。
21時まで、どのチャンネルも同じ番組だ。
ー〝このあと21時より異世界時間となります。20時45分以降の外出は法律で禁止されております。また、異世界時間では不要不急の外出は避け、室内でお過ごしください〟ー
もう、何度も見た、ありふれた映像だ。
つまらないから、テレビは消して、動画を見る。
いつから、こうなったのか。
それは実は、誰にも分からない。
突如、俺たちの世界・・・日常生活の21時から0時までは、違う世界で過ごすことになっている。
21時から異世界時間。
それは集団催眠の一種であるとか、そういった説もある。
異世界時間になると、俺たちの世界のものは全て、異世界変換される。
監視カメラは別のモノになって、21時から0時の映像記録はない。それが催眠ではなく、物理的にも実在する現象であることを裏付けている、という研究結果もある。
とにかく、訳のわからない現象。
21時からの異世界時間。
でも、皆はそれを受け入れている。
ベッドに横たわっていた俺だが、起き上がって、窓を開けた。
もうすぐ21時になる。外は暗くて、街灯は頼りなさげに灯っている。
時間が来た。
[3]
21時の空の色は、白く明るく、塗り替わる。
昼間の景色。
太陽が昇っている。現実のそれと変わらない気もするが、少し小さいと論じる学者もいた。
コンクリートのグレーの道路は、レンガの敷き詰められた道になる。車は馬になる。電信柱や信号は木になる。
コンビニは道具屋。
服屋は防具屋。
そんな感じで、RPGの世界のように〝異世界変換〟されていくのだ。俺のチープなビニルの折りたたみ傘は剣になる。
軽くて使いやすいんだ。この剣は。少し前に、この剣で、本気で上司を斬ろうとしたことがあった。計画は失敗に終わったけど。その時も使った。
ビニール傘の剣、ビニ剣を持った。護身用のビニ剣を持って外へ出る。
大抵の建物が異世界変換でショボくなるが、俺のボロアパートは逆に良い感じになっていた。
家を出て、見慣れた構図の道路・・・Y字の分岐の右を歩いていく。
そこから、密林の迷路・・・公園が異世界変換されたその敷地を抜けていく。
もうちょっと歩けば、パチンコ屋だ。
俺は、吸い寄せられるように昼間負けたパチンコ屋に向かっていた。あの、コガラという男が良いものを見せてやる、というからだ。
そこに近づこうとした時、その場所に20人ぐらいの人間がいるのを見つける。
何かの集会か?
小高い位置から、声を荒げて、周りの人間に語りかけている人間がいる。・・・あれは、コガラだ。俺の財布を拾ったオッサン。
今は山賊みたいな姿をしている。
コガラは聴衆に向けて、騒いでいる。
「皆ァッ!現実はクソだと思わんか?」
その問いかけに、聴衆達はコクコクと首を縦に振っている。どうやら、そういう集まりらしい。だから呼ばれたのか。
「じゃあ、異世界時間は最高か?」
その問いかけには、少しの人間だけが首を縦に振る。
「だよなぁ?せっかくの異世界時間なのによぉ!?どうして楽しめないンだよ!俺ェたちはよぉ!?」その問いかけに誰かが手をあげて、発言した。
「自警団が・・・っ!自警団が憎い!この異世界時間にルールなんてないはずなのに、奴らは勝手に取り締まって、俺たちの自由を奪っているんだ!許せねーよ!」
その言葉が聴衆達をヒートアップさせた。そうだそうだ。自警団め。学級委員長かよ。死ねよ。と騒いでいる。
その時、俺とコガラの目が合う。コガラは、お前も集会に参加しろ、と目で訴えかけてきた。
仕方なく俺はその集まりに参加する。俺みてーな、冴えない奴らの集まりだ。泣けるぜ。
異世界時間。
それは、自由な世界。自由な時間。
剣と魔法の世界。幻想の時間。
本当は、楽しいはずなのに。
上司に怒られまくる、現実を忘れられる時間のはずなのに・・・。
確かに、つまんねーよ。異世界。
この前、俺はパワハラ上司を討とうとして、未遂に終わった。それは自警団のせいだ。自警団さえいなければ、あの日俺はパワハラクソ上司の辺戸ヶ崎をブッ殺して、楽しい日々を過ごせていたのかもしれない。
「いいか!俺たちの時間を邪魔する、自警団の奴らはブッ殺さなきゃなんねぇ!」
聴衆の声は次第に大きくなる。
自警団が邪魔。それは分かる。けど、殺すってのは、飛躍しすぎな・・・。
「これより!自警団狩りを行うぞ!」
[4]
成り行きって、怖い!
俺は今、175センチはありそうな長い男、細長い男と歩いている。
2人1組でペアを組み、自警団と戦う。
そういう流れになっていた。
いつの間にか俺は、この自警団狩りというイベントに参加させられていたのである。俺と長身の男で、街を歩く。
「レイジくんはさぁ、現実の何が嫌いなわけ?」
「え?俺?仕事かな」
「へぇ・・・仕事ねぇ」
隣のこの細長い男の名はヒヅメ。俺の相棒。
彼の顔はカマキリみたいな感じで、年齢はわからない。ただ、幼くも見える。大学生、といった感じだろうか?
「ヒヅメは、現実の何が嫌なんだ?」
・・・俺のその問いかけに、ヒヅメは待ってました、と言わんばかりに語りだす。
「オンナってクソっすよねぇ」
「えっ・・・うんまぁ・・・」
女がクソ、と言われても、女に無縁の俺には判断する物差しを持ってはいない。
ヒヅメが饒舌に語りだす。
語りすぎて身長が低くなるのではないか。そう思うくらいに、その身体から、女に対する不満がたくさん飛び出していた。
女という生き物は金と顔の事しか考えていない。飲み屋の女は嘘つき。マチアプの女は詐欺。大学の女は頭の悪そうな男ばかりとつるんでいてダサい。
などなど、要約すると、このヒヅメという男が女にモテないが故に、現実が嫌い、という事だった。
「異世界なら本来はハーレム!エロスキル!そうなる筈だったのに・・・」悲しそうに語るヒヅメ。
「まぁ、ちょっとわかるかもなぁ」
俺だってドスケベ異世界を楽しみたかったけれど、どうやら、この異世界時間は、異世界であり、現実なのだ。本質が違う。
とはいえ・・・もし、目の前にグラマーな女の子がいたとして、飛び込んで抱きついたとしても、現実の法律には問われない。
異世界は最高なはずなのに、それをしないのは俺の倫理観のお陰か、それとも自警団が機能しているからなのか・・・
「おい!レイジ!あれ!」
ヒヅメがピタリと足を止める。
遠くに・・・赤い羽飾りの帽子をつけた人間の姿が見える。
・・・自警団の人間だ!
自警団の人間は赤い羽根飾りをつけた帽子を被っている。誰が決めたのかは分からないが、そういう事になっていた。
「おいおい、あれは・・・」
そう言いながら、ヒヅメは走り出した。
「ちょ!待てよっ!」追いかける俺。
距離が近づけば、近づくほど、自警団の人間の輪郭が浮き彫りになっていく。
え?女?
しかも、巨乳だ!
「うああああっ!おっぱい揉ませろぉっ!」とヒヅメが叫びながら、剣を手に取り、自警団の女に向かっていく。
女は突如現れた変態に呆気を取られている。驚きと恐怖の混じった顔。
「ここはぁ!異世界ィ!ボインちゃんの身体を遊びたい放題だイヒヒヒィッ!」
おい!さっきまで、女はクソだと喋っていたはずだろ、この男は。俺は呆れる。でも、これって、一石二鳥じゃね?
巨乳のおっぱいを揉めるし、狩りも出来る!
一石二鳥だ!
俺も剣を持って、走り始めた。
「君ィ!可愛いねぇ!処女!?何カップ!?」とヒヅメ。さっきから、下品な言葉ばっかり。
よく見りゃ、いい女だ。
なんで、自警団なんてやってるんだ?
そんな事、まぁ、どうでもいいか。
神様。
異世界時間に神様・・・。
いや、現実でさえ、神様がいるかわからないけど。
神様。
今日ぐらい、許して欲しい。
現実はクソ。
社会はクソ。
労働もクソ。
俺を怒鳴りつけてくるクソ上司。
理不尽な事で怒るクソ上司。
現実はクソなんだ!
神様!許してくれ!
「うおおおお!!!」
俺は足に力を込めて、より早く走る。
そして、手に力を込め、剣を強く握った。
「ハラスメント!ダメ!絶対!」
俺は、ヒヅメの背中に斬撃を入れる。
頭で考えていても、
身体が勝手に動いちまう。
それが俺だ。