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Prologue 3 21時からの速度《2》


〔4〕


 異世界時間。外へ出るのがめんどう。イラつく。


 マンションの5階に住む私。異世界変換された建物は変わらず10階建ての集合住宅だが、エレベーターは無い。

 そういうわけで、5階から階段を降りなければならない。そこで少しイラつく。


 現実世界で灰色だった道路は統一感のないオレンジ色のレンガで埋め尽くされた道になっている。でこぼこしていて、歩きづらくてイラつく。


 街を歩いていく。街を歩けば、やはりこの時間帯の世界は不思議だけど不便でイラつく。


 昼だからどうでもいいけど、街灯はない。

 背の高い木がたくさんある。信号機はもちろんない。線路があった所は谷になっていて、踏切のある所が橋になっている。

 公園は密林の迷宮。地下鉄の駅は地下ダンジョンになる。役所は神殿。ホテルは宿屋。


 ボロい木造だったり、良くて土造り。コンクリートは無い。建物はぜーんぶ、ゲームの世界観になっている。

 最初は目新しかったけど、まずスマホがない時点でしんどい。イライラする。異世界。


 そう思いながら、歩いて、なんとなくここだな、という場所に辿り着く。商店街の軒を連ねる建物のひとつに、ライブハウスがある。


「あれ、店長?」


 その場所に、蜂に刺されたような顔の男がいる。店長だ。異世界時間は、服装も異なるけれど、髪の毛と顔は一緒だ。すぐに分かる。


「あらら・・・ササラちゃんか。参ったなぁ」見つかっちゃったよ、という顔をしていた。

「参ってるのは私なんだけど」

 そう言いながら、私の右足はL字になって、店長のケツを蹴っていた。


「いやぁ、ごめんね・・・突然、店閉めちゃって」

 現実世界の味も知らないけど、異世界のタバコは美味しいのだろうか?店長はタバコに火をつけ始めた。


「やっぱ、儲からなかったわけ?」

「まあね」

「ふーん」


 かける言葉がない。ここは今、異世界だけど、経営が成り行かなくなった店長の現実はきっとしんどい。彼の現実は続くのだ。


「はーあ、この時間がずっと続けばいいのにねぇ」


 店長がそんな夢みたいな事を言うので、困る。あ、でも、なんかウワサで聞いたことあるな。ええっと・・・。


「店長、憂鬱連合って知ってる?」

「ああ、それ?」


 憂鬱連合。


 現実が憂鬱な奴らの連合。


 SNSを通じて、全国に点在するらしい、荒くれ者集団だ。


 連合の人間は、とある噂を信じている。その噂を信じて、活動を行っているのだ。


「異世界時間は多くの人間が望めば望むほど、延長するらしいよ」

「ほんとかなぁ?」

 普通なら、誰も信じないような話。いや、そもそもこの異世界時間だって、誰が信じるべきなのかも分からない。

 でも、そんなカルトみたいな話を、店長は信じそうな、そんな顔をしていた。病んでるなぁ、と思った。


「店長も入っちゃえば、憂鬱連合」

「冗談よしてよ」

 ちょっとの間が空いて、店長に声をかけようとしたら、またね、と言われて、彼はその場を去った。



〔5〕



 その帰り道だった。



「うーい、姉ちゃん?ひとり?」と小汚い格好の男がふたり。最悪だ。

「ふたりに見えんなら、隣のは幽霊かな」私は答える。キモいおっさんがふたり。


「うへへ」ヨダレを垂らして、右の男が近づいてきた。


 異世界には、秩序が無い。


 そもそも、異世界時間という概念の正体が判明していないから、確かにまぁ、仕方ないことなのだけれども、ここには明確な法律は無い。


 だからこそ、自警団がいるのだ。


 目の前の男ふたりは、今から二人がかりで私を悪戯しますよ、と顔に書いてあって気持ちが悪い。

 イラつく。


「じゃあさぁ、ほら、ちょっとだけガマンしてくれたら、殺さないから、ね?」

 ジリジリ近寄るおじさん。


 異世界時間は、死にさえしなければ、20時59分の身体の状態で現実に戻ることが出来る。


 これを理由に強姦を行う馬鹿がいるのだ。目の前に、馬鹿がふたり。

 この時間帯に何をしても、証拠は残らない。


 先手必勝。


「イラつくんだよキモ男ッ!」

 私の右足、そのつま先は、男の金的を直撃した。 キーーーン!という効果音が鳴っただろう。

 ひとりめのおじさんは倒れた。


「おいおい、乱暴じゃないかお嬢ちゃん!」

 両手を広げ、抱きつこうとするもうひとりのキモオヤジ。

 それを避けて、蹴ろうとした瞬間、倒れていたおじさんを踏んで、体制を崩す。


「うひひっ!」

 そのままキモオヤジの重い身体がのしかかる。下にはキモオヤジ、上にもキモオヤジ。キモオヤジサンド!臭い!イライラする!


 遠くから、蹄の音。

 蹄がレンガを蹴る音。


「何をしているーっ!」

 有難いけど、図ったようなタイミングで馬に乗った男が現れた。

 赤い羽飾りの帽子は、自警団の証だ。


 左手で手綱を引きながら、右手には槍を持って、上のキモオヤジを刺そうとする。


 すぐさま、キモ男達は逃げ出した。


 素直に、助かった、と思う。

 ・・・しかし。

 自警団の男は、正義感に満ち溢れた目で、こう言った。



「危ないじゃないか。こんなところで。女の子がひとり」



 あ?



 今思えば、それが私の異世界技能アナザータレントの発現だった。

 怒りが沸点に達し時、私は、音速以上、光速未満になる。


 女だから?

 女だから悪いのか?

 イラつく。

 何もかも、イラつく、

 エリート長男、エリート次男。父。母。常連。ライブハウス。店主。音楽。ギター。


 異世界時間。ムカつく。


 何もかもうまくいかない人生。

 親に買い与えられたマンションを出れない私。

 生活は確保したい私。


 なんなの?

 私は音楽で食っていくつもりだったのに、気が付けばアマチュアのショボいライブハウスで燻っていた。

 それすらも取り上げられて、私はどうすればいいの?

 

 ねぇ、私は一体。

 私は煤理ささら。

 オンナ、で一括りにしないで。


「おい、てめぇ、一括りにすんじゃねーよ」


 イラつく。イラつく。

 助けてくれたのはいいけど、私はこの自警団の男へ、これまでの全ての怒りを込めて、それを右足に込めた。


 そして、蹴り上げた。


 ・・・それに。


「女は関係ねぇだろ!ボケッ!」



 男は、乗っていた馬からかなり遠い場所で、倒れていた。あり得ない速度の蹴りが炸裂していたようだ。



〔6〕



 それから、しばらく経つ。

 相変わらず、私は私で燻っていたし、店主にはもう会うことも無かった。

 ギターにも触れていない。


 単純で平凡な日々。


 現実ってイラつく。


 そろそろ、仕事探そうかな。

 そう、思えた事がきっと、ちょっとずつ私の日常を面白くしたのだ。



 冴えない男と、魔法使いの少年と。

 私たち3人は巻き込まれていく。

 この世界に関わっていく事件に。


 

【Prologue 3 21時からの速度 おわり】




プロローグ おわり


第一部(全13回・5エピソード)につづく。

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